「いないって言ってヨ」


門の前で佇んでいる男を見て、神楽はやっぱりかとタメ息をついてきた。それは土方も似たようなものだったが、玄関まで来てバレないよう土方の後ろに慌てて隠れてしまった神楽は小声で言う。
土方が部下に目配せすると、彼は門まで歩いていって男に直接言い渡した。


「悪いが、いねーよ。それに、ここは彼女の家じゃない。実家に帰ってるんじゃないか」
「……でもさっき、ここから縁側に立ってるのが見えたんですけど…。玄関はひとつだし、まだそっちにいるはずじゃないっスか?」


土方は神楽を見下ろしてやれやれと軽く睨んだ。どうやら男が神楽を追いかけてきたらしい。もしかして男から逃げるためにしばらく屯所に隠れていたとか──? …実にあやしい。


「でも、本当にさっき呼びにいった時は、居なかったんだよもう。今日のところはお引取り願える?」


かわいそうだが、神楽が会いたくないと言っているからには、そう言うしかない。
バンダナは男を追い払って、玄関まで戻ってきた。


「あれでも、建設会社の御曹司らしいアル。次期社長なんだって」


松平のとっつぁんの愛娘・栗子の件で見知っていた男とはいえ…、あんなんでも家柄は良かったとは…。さすがに警視総監の娘が通う学校の同級生といったところか。
土方が先を促すと、神楽はさすがに言いにくそうにしてイキサツを話し出した。


「この前、銀ちゃんと、“親子で特盛カレー三分で完食できたらタダ”、っていう大食いメニューのある店で、それに挑戦してたアルヨ。『親子』ってことで、本格的に『パパと娘ごっこ』してたアル。したら、アイツ、それ見て私に一目惚れしちゃったらしいネ。なんか今度こそ真実の愛だァァ…とか叫んで、その日にプロポーズヨ? 銀ちゃんのことも本当のパピーだと思い込んでるし…。信じらんないネ」


高価なチャイナドレスや装飾品もプレゼントされた。あまりに熱心なので、いい金蔓だと思って神楽は、『ごっこ遊びでなら、婚約してやってもいいヨ』と、それこそシャレにならないダメ押し発言をして男をその気にさせてしまった。すると、毎週、週末になるとやってくるようになり、結納だとか、結婚式の話だとか、勝手に言い出しはじめたらしい。…。

自業自得じゃねーか…。


「思ったより冗談が通じない奴でうんざりヨ。粋な遊び方を知らない奴ネ」


まさかあの悪趣味なママゴトが粋な遊びだと言いたいのか…? 粋とは180度かけ離れてるんですけどっ!


「で、つい三日前、とうとうウェディングドレスの雑誌持ってくるようになったアル。参ったアル」


………。


部下ともども黙りこんでしまったわけだが、土方はあの栗子の事件より悲惨な末路を辿りそうな男に少し…いやかなり同情して言った。


「参るつったって……お前、自分で蒔いた種だろーが。真剣になってる奴をカモにするたァ、ちょっと酷いんじゃねーのか」
「だって! 私まだ子供ヨ!? 十四歳アルヨ? 本気でプロポーズしてくる奴なんかいるって思わないネ」


しかもストーカー化してしまった男に今はつけ狙われるまでになっている。せっかく屯所に隠れていたというのに、それも馬鹿なバンダナのせいでバレてしまった…。
反省はしつつも、バンダナを睨む神楽の頭を土方はコツンとたたいた。


「いたぁい!」


痛いわけねーだろ。ほとんど力は入れていない。それでも非難がましく睨む神楽に、土方と部下のバンダナは、苦笑いを洩らすしかない。
だいたい、おっかない警察の本拠地とわかってまでここにやって来た男が、そうやすやすと退散するはずがないだろう。


「パパラッチなみに、しつこいかもな」
「パパラッコ?」


神楽のつっこみを無視した土方に、彼女が頬をふくらませた。


「オメーが悪いんだろーが」
「わかってるヨ!」


"稚い悪性”=“天使の残忍性”。


そんな強烈な快楽主義的・破壊表現を持つ神楽も、本来はことさら奇をてらったり、必要以上にドラマ仕立てにせずとも、愛することの切なさと素晴らしさを、イノセントに訴えかけてくる美質を持っている。
だからこそ、こんなにも……抗えないのかもしれないが。


「そうだ、沖田に助けてもらうネ。SMがいいアル」


神楽はストーカーを諦めさせる意外な方法を考えついたようだが、その内容を聞いた土方は耳を疑った。
しかも、ちょうどその時、沖田が巡回から帰ってきた。


「門の前に変な男がいましたぜィ。チャイナ、おめーの知り合いじゃねーだろうなァ」


沖田はすっかり以前脅した男の顔を忘れている。


「知り合いなら会いにいってるネ」


七兵衛だとわかったが、神楽はすっとぼけた。というより、やっぱりこの男に頼むのは危険すぎると、とどまってくれたようだ。土方を見上げて、意味深な目線を送ってくる。


「土方さん……また恨みでも買ったんですかィ? あんなチャラ男にまで…。どこの女寝取ったんでィ。メス豚になりそーなら俺にも紹介してくだせェよ」
「人聞きの悪いことを言うな!」


沖田は七兵衛を、神楽の『ストーカー』とは思っていない。 …まぁ、ことがややこしくなる前に、この件は自分が片付けるに限るだろう。そうは思うものの土方はうんざりした。


「ちょっと外に行ってくる。 お前らはまだ仕事中だろーが。 こいつの遊びに振り回されたりするんじゃねーぞ。わかったな」


自分は振り回されておいてそれはないだろう、というバンダナの白けた視線をギロリッと睨みかえして、土方は靴を履きにかかる。


「でも俺、今からおやつタイムなんで」


背中にかかるふざけた沖田の声を聞きながら、土方は一歩踏み出した。


「…それ喰ったら、ちゃんと仕事しとけよ。お前が処理しなきゃなんねェ書類、今日じゅうだからな」
「締め切りは明日だったでしょーが」


土方は玄関先で振り返った。


「俺が目を通さなきゃなんねーだろうが。お前の締め切りは今日までだ」
「わかりやしたよ。…クソが」
「何っ?」

ハイハイと返事しておけばいいものを、逐一この部下たちは揃いも揃って上司をコケにしてくれる。ストーカー男を片づけたら、一度、マジに神楽を家に帰そうと土方は心に誓った。いつまでも居られると、本当にどうなるかわからないのだ。ある意味、これも『仕事』か……。
土方は、鬼の副長と呼ばれる自分の存在さえ眼中に入らないほど、中にいる神楽の存在に気を飛ばしているストーカーに近づいていった。
いくら何でも暴力で解決する気はなかったが、聞き分けがないならある程度のことは覚悟しなければならない。
決してそれも、神楽のためだとは思いたくない。
が、邪魔者はひとりでも多く排除して然るべきだと、どこかでそう思ってしまっているからもう手遅れなのかもしれない。









これも、大昔に書いたものです。
フォルダ整理してたら出てきたのでこっちに隔離しておきます。




06/19 14:57
[銀魂]




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