ルドルフと一杯アッテナ -2-








「なァ、サド丸……話があるアルヨ。トッシーがいると、できない話アル」


珍しく単体で話しかけてきた神楽に、沖田はドキッとした。
美しい姉を持った弟の宿命か、そんじょそこらの美人にはさして目もくれなかった彼だが、人間ばなれした美の基準にあるこの獣の仔、だけは、興味が尽きそうにない。…というより、たぶん、途方もなく惚れている。

だいたい、可愛いくせに上等な“悪ガキ”の面構えなのもイイ。

邪悪かと思えば無垢に、理由のない嘘を吐いて他人を困らせるところなど、律しがたく贅沢だと沖田は思う。そうして自分が、そんな神楽の、理由のない嘘を吐く癖を、ひどく可哀らしいものとして受けとっているということを、好ましく思っているのだ。
贅沢な毒の味を堪能できる瞬間の、なんとシャープで節度があって不吉なことか!
神楽が持つ魔的な嗜好、振る舞い、視線、声……。どれを取ってもこんな女はどこにもいない。


「私、実はずっと前から言おうかどうしようか、悩んでたアルヨ。他の奴らがいると言えないし……でも、こんなことオマエにしか無理だし。 …つーか……オマエ……」


当然、沖田のほうが体格がいいわけだから、お互い座っていても神楽が上目遣いになるのは自然なことで、チラチラと見つめる幼女の狡猾に、沖田は喉が鳴りそうになった。おかしな言い方だが、彼女はいつも大まじめな野心を抱いているのだ。そこに胸のすくような爽快感も感じてしまう。


「笑わないアルカ? なァ、笑うダロ」


神楽は沖田の胡坐をかいた姿勢に向かい合うようにして正座している。
白くぷにぷにした手の甲。赤子のような細い指。それが妙に妖しく桜色の膝小僧をにぎにぎしている。こんな手でアソコをしごかれたらどんな気分がするんだろう。沖田はそんな猥褻なことを、昼真っから脳裏に浮かべた。
屯所に潜りこんできたはいいが、生憎今日の午後はおちょくる対象の土方も、山崎も、近藤も、その他隊士も、ほとんど夕方まで帰ってこないだろう。おやつタイムで広間でごろんとしていた沖田は、この獣の仔に見つかった幸運を内心でほくそえんだ。誰もいないとなれば、神楽は仕方なく自分を構ってくれる。そういうシステムだ。悲しいことに。


「笑うかどうかって言われてもねィ…、具体的に言ってくれねーと。…でも、何を言われても笑いやせんよ。俺ァ……女を笑うようなことはしねェ。姉上にそう叩き込まれてきやしたからねィ」


それこそ嘘八百を並べながら、沖田はつい神楽の白い手に、自分の手を伸ばそうとして寸でで踏みとどまった。 下肢がちょっとヤバいことになりそうだった……。 そういや仕事仕事でずいぶん溜まってたなァ…と思い出す。


「私、オマエとおんなじS寄りだと思われてるかもしんないけどナ、実はMらしいネ」


………。


「……は?」


沖田はつい間抜けな声を出していた。


「ある奴にいろいろ教えこまれたんだけど、それからノーマルなSじゃいられなくなったアル」


Sがノーマルかどうかはさて置いといて…、『〜Mらしい』ということは、いったいどういうことだと考える。というか予想外の大ボラにさすがに沖田も呆れた。こいつが実はMだとしたら、とんでもなく今のこの瞬間が夢だと確定できるんじゃ……。


───つーかコレ、夢だろ…。


この前見た情けない夢の内容を思い出して、沖田はうんざりとした。
だいたい神楽が自分に話しかけてくるときは、こんなに近くに寄ったりしなかったはずだ。いつでも戦闘態勢を取れるよう、間合いを持って話してくる。こんな… 手がつい届きそうな距離でのほほんと(?)話すことなんざ、今まであっただろうか? いや、ないはずだ。ということは、やっぱり夢か…。


───はぁぁー…いい加減にしてくれよ。


いくら自分が要求不満の年ごろだからといって、別に夢で会いたいとかそんなキモイことを思ってるわけじゃない。会うなら現実に、だ。最低限のラインだろそれが。喧嘩でも何でもいいから、幻なんかで満足できる歳でもあるめーし。

沖田は自分自身に対していささか嗜虐的な気分になってきた。
神楽は黙りこんだ沖田を見て、「言わなければよかった」という面構えだ。
膝小僧をつかんだ小さな指がまだそこをにぎにぎしている。
露草色に小花の模様が入ったチャイナドレス。白い紗紬の腰帯。どこかオリエンタルな東南アジアの雰囲気も合わせ持つから、余計に今日は致命的に見えるのかも…。


でも……


そうか…夢なんだ、これは……。


だったら、夢らしく、何でもアリだろ。


「で、Sの俺にそれを言ってどうするつもりでェ」


部屋にある小道具を思い浮かべ、沖田は悪辣に哂いたい気分になる。


「とりあえず、ここじゃ誰かに聞かれるとアレなんで…」


有無を言わせず立ち上がると、夢の中の神楽はやはり少しは沖田に従順にできているようだ。この前の夢もそうだった。途中までは彼の思いどおりだ。


「俺の部屋に行くぜィ」


そう言った沖田の声は、震えそうになった。






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06/19 14:59
[銀魂]




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