ジョゼと虎と魚たち -2-







青い空。 青い海。 静かな波。
あちこちに点在する波に削られた小岩。浜辺に緑をそえはじめた昼顔の蔦の葉が初々しい。
江戸の町からせいぜい一時間半ほどで到着したちっぽけな入り江は、平日の正午を少しまわった時刻のせいか、ほかに人影はいない。


「ホントは、この前見つけた雑貨屋でネ、貝殻の形したおはじきが欲しかったアルヨ。でも、急に本物の貝殻のほうが欲しくなったネ。銀ちゃん、あとで一緒に探そう?」


白い砂に腰を下ろした神楽が傘をたたみながら、横に並んで胡坐をかいた銀時に言う。
大きな松の木のおかげで、少し日陰に入ることができた少女は、うなずいた男の粗野な横顔をしばらく眺め、また海に視線を戻した。


ほんのりと潮の匂いを含んだ風がやさしく頬をくすぐっていく。
波の音はまるで子守唄のようだ。


穏やかな風が目の前に広がる海の表面を優しく撫でるようにして吹けば、ユラリと揺らめく波が光に反射して銀色に光る。

8月の真夏の海は攻撃的だが、この時期の海はまだ少し穏やかで優しい。
この時期の海が一番好きかも……なんて神楽はぼんやりと思っていた。





「やっぱまだ、寒くねーか」


振り向くと、銀時が神楽のパフスリーブの半そでを見て、少しだけ心配そうにしていた。晴天だが、今日は海からの潮風が強いのか、7月の割りに冷夏に思える。
春夏秋冬、いつも普段着は同じ白の着流しに、黒のジャージの上下。生まれ持った色彩の豊かさでも目立つ神楽とは対照的に、白を基調とした銀時は、オシャレともいいがたいが、面倒なんだろう、年季の入った着流しはやや洗いざらしの感があり、無造作に兵児帯で留められたままだ。急いで着つけたのか袂も幾分だらしなく乱れている。


「こっちおいで」
「えー?」


ちょっとだけ嫌な顔をされても、銀時は右ひざの上に神楽を抱き上げて移動させた。
腕を背中に回して支えてあげると、背もたれが楽ちんだと気付いたのか体をあずけてきた。


「銀ちゃんは、寒いアルか…?」


と。そんな着物の袷に手を伸ばして乱れをなおす彼女の指先を、銀時は黙って見ている。


「私にはちょうどいい天気アル」


空気が澄んでいるのか、雲は少しだけ。遠くまで見わたせる空は江戸で見たときよりさらに青く感じてしまう。
銀時の片膝に深く腰を落ちつけ両足を伸ばす。小さな纏足を胡坐をかいた銀時の左膝の上に投げ出すと、金色の鈴がついたアンクレットに無骨な指先が触れてきた。


「解いちゃやーヨ」


自分で買ったのかと訊かれ首を振ると、
「また知らない奴にプレゼントされたの?」
と怒った顔をするので、それにも首を振る。
すると今度は、「みっちゃん達と買ったのか?」
なんて訊いてくるから面倒くさくなって頷いた。ついでに姉御に買ってもらったのだと言えば、へェ、と妙に安心した顔をする。
神楽はその横顔を見て、内心くすっと微笑った。
じっさいはちがうのだけれど、神楽は何となく嘘をついた。本当はヅラに買ってもらったものだ。昨日はこれを首につけて、一緒に朝も夜もエリザベスたちと散歩に行った。自分をときに愛玩ペットでも見るように可愛がる桂は、
「銀時が、鎖でもつけようかと言っていた意味が、分かる気がする…」
などと言って笑っていた。それならそれで、別にいい。 …と神楽は思った。実際銀時には飼われているようなものだし、『ペットごっこ』なら面白そうだ。そう言って笑うと、どうしてか変な顔をされたけれど…。


意味もなく嘘をつくのは神楽の可哀らしい悪癖でもある。
が、今のこの静かな場所では、ポツリポツリと交わす何気ない会話でも相手の声がいつもよりダイレクトに心に響く。
口端に特徴ある窪みが出ていることなどまったくもってわかっていない彼女は、自分に向いた銀時のまなざしを貪婪に味わっていた。戯れるように男の指へとリボンの巻かれた足首をこすりつけ、何度となくくすぐったがっている。



チリン…

チリン……



小さな鈴の音はまるで仔猫につけられた首輪のようだと、銀時はこの鈴のついた装飾品を神楽に買ってやった男の心境を思って、些かうんざりとした。顔には出さないでいるが、いったい今度は誰なんだと溜息を吐きたくもなる。












・・・ひっ・・・くしゅっ!













(ほらみろ、嘘つくからだ)


ふいに込み上げてきたクシャミに神楽が目をパチクリしていると、銀時が何かを言って立ち上がった。


「え…?」
「嘘つきめ」
「あ、……え?」


よっ、と抱えたままだった神楽を下ろした銀時は、砂をぱんぱんはたいて、行くぞ、と。
わけもわからず歩きだした銀時のあとを傘を持って追い、「貝殻は?」 そう聞くと、いきなり二の腕を掴まれた。



「銀ちゃん?」


別だん寒くも何ともないのにクシャミが出たからだろうか、少しむきだしの腕をこするようにして袖でふわりと抱きしめられる。


「別に寒くないヨ?」


……。


「……神楽ちゃんさぁ、 時々ほんっと、腹立つわ」


銀時は神楽の腰を両手で引き寄せ、自分よりもずっと低い少女の肩に顔を埋めた。何か隠し事をしている時や悪戯を思いつく時に吊りあがる、神楽の特徴的な口端の窪みに、自分が気づかないはず…ないのに。少女自身さえ知り得ないこの癖を他にあと何人が知っているのか、それを考えるだけでも時々いやな気分に陥る……。
抱きしめるとこんなにも柔らかく、このまま自分の腕の中で溶けてしまいそうなほど絶大な信頼を寄せられているくせに、どうしてこんな些細なことで、揺らぐ?


『できるだけ、許すから』


そう思っているのは、いつも本心なのに。





銀時はもといた日陰の松の根本まで引き返して、神楽を抱きしめたまま座りなおした。


「……何がしたいネ、いったい」


自分を抱きしめて目を閉じている男の銀髪に指を絡めて、そっと抱きかえしてみる。
すると、砂浜に寝転がるようにして、口を塞がれた。


「っ…!」


倒れた瞬間に浜に横顔を押しつけたのが悪かったのか、唇の端についた砂が口内に入ってくる。それでも気にもせず舌を絡められて、僅かに塩辛いざらざら感が歯のつけ根までもをジンジンとさせはじめた。その疼きが下肢に伝わり、神楽はかぁっと熱く火照る身体を誤魔化すように銀時の顔を両手で押しのけた。


「何す…───っ!?」


まさか手をスカートの中に入れられるとは思わない…、腰が条件反射的にヒクリとしてしまった。大きな掌が遠慮なく内腿を這い上がってくる。


「やめ……ちょっ!」


銀ちゃんっ! 悲鳴じみた声に銀時は一瞬、無表情に神楽の瞳を覗きこんだが、またすぐ接吻けて、湿った太腿から手は離さなかった。吸いつくような魔皮の感触も、コットンのショーツの感触もすでに彼の手に馴染んで久しい。ためらいもなく窪みのあたりをくっと押さえると、汗だけではなく、少し滲みだしてしまったものが混ざっているのがわかる。


「っ…やーヨっ!」


顔を激しく振った神楽がそのまま銀時の顎を両手で突っぱねて叫んだ。ここでなんてとんでもない…っ。圧し掛かって離れない男から必死にもがく。こんなところを人に見られたくないし、もし誰かに見られでもしたら、自分はもとより銀時だってヤバいはずだ。閉じた脚のつけ根に黙って指をねじ込んでくる銀時に、足をバタつかせて抵抗する───。
だが、ショーツごしに肉のまろみを撫でまわされて、思わず甘い声が出た。


「やぁん…」


腕の力が弛んだ瞬間またしても銀時が乱暴に接吻けてくる。
布越しに柔肉の割れめを指で行ったり来たりされる。その指の動かし方は、潔いほど何の躊躇もなく、いやらしすぎる動きで神楽を辱めてくる。


「っぅ…!」


スッ… と上に移った指が、ショーツに入りこんできた。息のできない苦しみのなか、必死に足を閉じてイヤイヤと銀時の肩口をそれでも傷つけないよう叩いていると、今度は脇のほうから直接指を入れて神楽の一番大切なところをいじくりまわしてくる。卑猥なことをされているのに、いっそう身体は熱く疼いた。この男の手によって一から教え込まれた快楽が、幼い性をこれでもかと虜にしている。
唇を離された瞬間、我慢できずに嬌声があふれた。


「ふぁぁ…っ……ア…ぁ……」


幼稚な縦割れの中にたどり着いた指が、ますますもって湿度の高くなった内部を探ってくる。


「くふぅぅ……!」


ふたたび唇を覆われて声を出せない神楽が、鼻から熱い息をこぼして喘いだ。割れめに指を入れられた瞬間、小さなお尻がヒクッと硬直し、銀時の優越感を刺激する。
自分以外の誰にも触れさせてはいないはずだ、そう思う反面、もしかしたら…。 そんな風に考え出すときりがないだろうに、神楽の“稚い悪性”に振り回されては…気づけば自分を失いかけていく。
───こんなところで何を考えてるんだ。 それはちゃんと頭の片隅にあるくせに、指が、唇が、止まらない。抵抗されればされるほど、昂ぶってしまう───。
想像以上に、熱く、濡れている少女の秘芯に、銀時は鼻息荒く小さな舌を吸い上げた。


「ぐぅ…」


ツルツルした二枚の花びらの周辺を指でいじりまわしていると、小さな宝石が充血し、だんだんと莢の中で大きくなってくるのがわかる。


「───はあっ……」


ようやく自分から息継ぎした銀時に呼吸を促され、神楽は海の匂いのする空気を懸命に吸いこんだ。だが動きつづける指の悪戯に、唾液に濡れた唇はいやおうなく戦慄いてしまう。男の胸の下で悶える自分の身体が哀しい。肩を叩いていた小さな拳はとうとうパタリと砂浜に落ち、ゆるく砂を掻き毟った。泣きそうになりながらも涙だけはこぼさず。
噎せこみながら、真っ赤になった顔で銀時を睨みあげた。 …が、


「なん…で…」


出てきた声はやはり頼りなかった。


「なんで……っ」


もう一度泣くのをこらえてくり返す───

ハァハァ と神楽と同じぐらい荒い息をついていた銀時が、突如ぐったりと隣に倒れこんできた。


「……悪い」


ショーツから指を抜いて砂浜に投げ出し、その濡れた指先に絡みつく粒子の感触をじぃっと確かめている。
それがちょうど、神楽の仰向けになったお腹の上に乗せられた腕の先での戯れだったから、自分の方を向いて息を整えている銀時からなるべく顔を合わせぬようにした彼女の視線の先に、映りこんでしまった。
背けた後頭部からは、どこか放心したような男の雰囲気も伝わってくる。
それでいて、放置した指だけはいやにリアルだ。

神楽はここにきてさらに赤面した。
なおさら銀時の方に向くわけにはいかなくて、呼吸には涙の熱が滲んでいく。


「酷ぃぃ……」


静かでおだやかな波の音も、そうそうこの無体を帳消しにしてはくれない。
静かになったふたりの頭上に、海カモメがゆっくりと空を舞っていた。








04/24 15:30
[銀魂]




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