サウダージ







夏は夜。


昼の荒々しい熱が去って、風がそよ吹きはじめる頃。
あるいは、夕立の後のみずみずしい空気が、まだあたりに漂っている頃。
やっと涼しくなって気持ちよく過ごしているはずなのに、なぜか、昼間のかっと照りつける太陽が思いだされたりする。吹き出る汗を拭いながら歩いた、木陰すらない道が脳裏をよぎったりする。
夜の余裕がそうさせるんだろうか。
あるいは失ったものを想う、といったニュアンスが強いのかもしれない。ベクトルは過去を向いているが、それは決してべたべたとナルシスティックに涙する類のものじゃない。
夏の夜に 「昼」 を想う感覚は、それに近い。酒のグラスを傾けていればなおのことそうだ。



淹れたての緑茶、とれたての山菜、渓流のワサビ、魚のはらわたのあら煮、雨がすぎたあとの深い森に漂う苔の匂い、
辛酸をなめた男のふとした微笑。

そして、そんな男と今日も一緒にずっといた、一人の少女の幸福そうな舌鼓。



野性的な狩りから帰ってきた。漁ってきた自然の恵みの数々を堪能しながら、銀時は神楽のワイルドな「昼」を思い出し、いずれも渋好みの通な味のわかる様子にさえいま満足感をおぼえた。
舌の感覚というものは、まず甘味から出発し、大人になるにしたがって苦味に行き着くといわれている。
それだけで何を況やするわけではないが、そーいう味がわかる日が必ずやってくるのが人生の面白いところだ。
銀時は神楽のシンプルな嗜好が好きである。これと決めた好きなものを全力で愛するところも可愛いし、誰の意見もおよびじゃない、一途で一度ハマったらそれだけでずっと満足してしまえる単純さもまだまだ安心する。
そういえば自分はどうだっただろうとふと考えた。
大の甘党だが、大人になり酒の味を知り、その酒に関していえば自分はキリッとした辛口が好みだった。
今飲んでいる大吟醸もお登勢のところからくすねてきた辛口のものだ。
程よい疲労のなかで、山菜とワサビをつつきながら飲む今日の酒はやっぱり美味い。酒は苦味と辛味があってこそだなとあらためて感じた。そして唐突に、いやむしろすとんと落ちてきた覚悟のように、こんなことを思った。ただ酔っているだけかもしれない。でもそれでもよかった。


この苦味を育て、それに身を任せたい。


銀時はまるで何か恐ろしいもののように、この苦しみから目をそらすように仕向け、今までは自己保存の本能を憎む気持ちになってきた。
避けようとしないで、いつでも何でも避けようとしないで、少しは苦しもうと試みたらどうなのだ。
そうだ、自分はまだ若い。
そうやってなぐさめるように酒を煽る。
でもそれは無益なことではないのだ。
自分が幸福になろうと努力することが、自分を不幸のままほっておくことと同じくらい無益なことだと思っていたが、そうではないと信じたかった。
神楽に見放されたら間違いなく終わるだろう自分のこういう魂を、銀時は恥じてきたが、眼前の若々しい神楽の輝きを一度だって見て見ぬふりなどできなかった。
銀時はこれからもあらゆる辛酸の罰を受け続けるだろうが、神楽の幸福のために、自分が苦しまずに立ち去ることを、それでいいと、孤独に言い聞かせるだけの怪物にはなりたくないと心底思った。
そういう地獄に居るだけの人間にはなりたくなかった。


いま「昼」の神楽の不在にさえ、何か苦しいものがあるという気がするほど、銀時は愚かな自尊心をもって、自分が神楽を愛していると避けず認めた。
神楽を愛さない「夜」はないし、神楽を愛さない「昼」はないということに、自分が辱められたと感じなければいけないことなどないのだ。
そんなことはどう足掻いてもうんざりさせるべきことだった。
現在の自分を勝ちほこるように、銀時は盃を神楽に掲げた。
神楽は嬉しそうにそれに気づいて見ていたが、はっとして自分の湯呑を持ち上げ銀時に乾杯してみせた。
雰囲気とノリの良さに流されただけの単純な同意だったが、それでも銀時には十分な価値を与えた。


窓から心地のよい風が入ってきた。
それに吹かれ、少し後ろを振り返ったが、一筋の水脈を眺めるように神楽をもう一度見つめて、銀時はもう二度と目は逸らさなかった。









fin



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08/23 00:45
[銀魂]




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