トスカ








───この…一同を連行するのも何度目だ、と土方はげっそりタメ息をついた。


ヤケになった運転をしないためにも、生来の無頓着さをありったけ発揮する必要があったが、ふてぶてしく後部座席にそっくりかえっている三人組のうちの二人、この反省のかけらもないふたり組の口許には、ほとんど狎れあいといってもいい笑いが浮かんでいるのだ。それもそんな、公共道徳をいちじるしく無視した格好で……。


「考えてもみてよ、土方くん」


大声で弁解をはじめようとする銀髪の男に、彼はうんざりした視線をバックミラー越しに投げた。


「これはれっきとしたバイトなんですよ。れっきとした僕らの仕事なんデス。何を勘違いしてるのか知らないけども、そりゃちょこぉ〜と、いかがわしいかもしんねーよ? でも別にブチ込まれるようなことはビタ一文してないからね!」
「──当たり前だ!!」
「だったら別にいいじゃねーかァァ! 俺たち悪いことはしてねーんだからよー」
「そういう問題じゃねェェ!!おまえはそれでも保護者か!?」


放っておきたいのはこっちとしても山々で、しかしそれでも仕事がら無視できないのだから果てしなく不幸だ。
だいたい年ごろの娘にそんな格好をさせて人前に出るほうがおかしい…。
しかもほとんど見世物小屋じゃねーかッ。グダグダだし、いくら潰れかけの劇場──というかサーカス小屋か?──でのレビューとはいえ、漫才に芝居に踊りにと、新宿二丁目あたりのゲイバーだってもう少しマシな奴を集めてくるだろう。
めぼしい芸人が召集でも受けているのか、座頭と眼鏡のほか笑えることにマトモな奴がひとりもいない。むやみに正気と未熟をさらす芸風は、非常にお粗末、入口にブラ下がっていたビラからして胡散くさい。
案の定、通報があって入ってみると、いっさいの芸を知らないチンピラばかりで、あげくの果てには和服の熟女が突然着物を尻までまくりあげる踊りなど、ほとんど風俗にちかい。むしろテカテカのオイルを塗るためにパンツいっちょで舞台へ上がって、筋肉ショーまがいのコントを繰りひろげる変態二人組までいた。

その中で、この三人組がしていたことといえば、サーカスばりの空中ブランコで・・・。

もちろん真剣にやってはいないから、半分ぐらい飛び移りそこね───といってもほとんど眼鏡のパートだったが───墜落してもケラケラ笑っている。落ちて、落ちて、そうして、再チャレンジ、また、登って落ちる。ピンク色の照明のなか、全身レオタードの、どこぞのアニメで見たような(しかしよく総悟が見ている女子プロの悪役が着ていそうな仮面&首輪がセットになった)格好をさせられて、やる気なく舞う小娘は、何かとんでもなく猥褻な感じがして、見たくないような感じだった。
だいたいああいった見世物小屋では、ストリップや売春じみたことも日常茶飯事に行われているはずだ。調べればきっと芋づる式に悪いことが出てくるかもしれない。いっせい捜査が入る前に、連れ出してやったことを感謝してもらっても、グチグチ言い訳を垂れられるなどお門違いもいいとこだった。



「おっ……でもちょうど良かったわ。 雨も降ってきたしなー」



調子のいい銀髪の言葉どおり、外では運よく本当に雨が降りだした。
結局、アシ代を得したとでも思っているのか、いけすかないふたり組はのほほんと窓の外に目を向けている。
遠くの空で雷が光るのが見え、遅れて響いてきた雷鳴に土方の舌打ちは見事にかき消されてしまった。


(まじで三日間ぐらいブタ箱でまずいメシでも食わせてやろうかなァァ、オイ゛)


どしゃぶりになりつつある道路を慎重なスピードで走らせながら、むしろこのまま奉行所に引き渡せば、間違いなく拘留されるだろう三人組を思って、屯所に連れて行くまでもなく事情徴収もそこでしてもらおうかと考える。
唯一反省の色が見えていた眼鏡にしたって、今では大したものだ。先ほど血走った目で懇願され渋々かけてやった車内のラジオに懇々と聞き入っている。オタク根性まるだしでアイドルの生トークをむさぼっている。
そんな中でも…


「ぁ、」


と小さな声を土方は我知らず拾っていた。
仔どもが「銀ちゃん」と、手で窓越しに何かを男に指し示しているような様子に、続くひそやかな笑い声───。

土方はその聞きたくもない声が、聞こえづらいことに知らず知らず眼をしばたかせた。
黒いピチピチのレオタードを着て笑う少女のその異様さ、不逞さ、親密さ、そしてハードゲイの格好をした保護者の男の背後にいたっては、いったい何があるんだろうと考えることがあった。

仔どもの「銀ちゃん」と言う時の、声の中には甘えと自信が、色濃く滲んで籠っているように思えて仕方なかった。
その幼く、多少舌ったらずな声の中には、『自分のもの』というような、一種のアクセントが強く響いてもいた。
男の様子にもまた、父親のような兄のような細やかさが見え、眠れずにいるわが子をあやしてやったり、もしや湯にも入れてやったりしているのではないかと疑うような──絶えず何かしてやっている密接な関係が思い浮かぶ──。


二度目の雷が光って、土方はふと陥っていたその思考に眉間をしかめた。
バックミラーを覗くと、瑠璃色に曇った半濁の空を見上げる小娘の、湿気を含んで水に濡れた青い蛇のような首筋が透きとおっている。
──何かをじっと視るのを止めて、ぼんやりどこかを見ている時の少女の眼は、とうてい罪のないものに思えた。ややだらしなく開いた薄桃色の唇が弛み、むしろうっとりとしているようにも見える。
雷鳴がとどろいたと同時に、少し固く蕾んだそこの様子も見咎めてしまい、思わずラジオの音を大きくするか眼鏡に聞いてやった。「お願いします」と後ろからうなずかれるのにどこかホッとし、ひとりで内心無意味な言い訳を蹴散らかす。


雨が舞い、枯葉が舞う。 土方は運転に注意を集中しなければならなかったが、ライトやワイパーの操作、エンジンの音などが、彼と他の三人とのあいだに決して不愉快でない、一種の壁を形成しだしているのにウンザリした。


いつものように土方は、自分が責任を担う者であること、いっそブタ箱に放り込んでやろうかと思う三人組を、このまま何事も無かったように帰してしまおうかと、タイミングをはかるように屯所へと近づく道のりに感じていた。
彼はハンドルをきり、アクセルをふみ、ブレーキをかけながら、手馴れた安全運転とともに自分もふくめて四人の生命を握っている。カーヴは水で滑る道路のせいで非常にあやうく、しかもだんだん辺りは真っ暗になっていた。
左右から落ち葉やゴミなどそれに下水の溢れた急流まで迫っていた。闇を眺めている少女の横では、男ふたりがアイドルの歌につっこむもう一方に激しく怒りだしている。
警察のパトカーに乗せられて、ここまでくつろげる者もまぁ、珍しい。 まったくイヤになる。


「オメーら、」


いい加減にしろよ、と言いかけて。ラジオからあふれる世紀末アイドルの途方もない掛け声に眼鏡が絶叫した。
……───。
車じゅうを占拠されるその酷い歌いっぷりに土方は絶句する。ブチンと切ってやっても良かったのだが、それはそれで大人気ない。タイミングよくまた光った雷鳴と共に、ため息を吐いた。
だいたい、その意味不明な、眼鏡いわく魂の叫びとやらを聞いているうちに、土方は自分でも驚くことに気分がだらけてくるのを感じるのだ。思わずワイパーを動かしはじめたが、彼の視界を曇らせているのは相変わらずのどしゃ降りだった。
土方は、心に思っていることを表現したり話したりすることがいったいに稀で、自分自身に向かってよりは他人に対してはさらに少ない男でもある。仲間うちでは彼は単純な、ほとんど粗野な男だと思われていたが、このとき土方はひとり静かになってしまっている少女の様子をふとまた気にかけて、言葉をかけたい衝動にかられた。アイドルの声がいちだんと高まり、サビに入った演奏はその声に惹きつけられるかのように後から付いていく──。
土方は思わず、ほとんど無意識に、バックミラーを傾けて少女のほうに視線を投げた。彼はこのふてぶてしい小娘が、よく人前でもそんな様子をするように、身動きひとつせず、じっとその大きな眼を見ひらいている姿を予期していたが、あまりにも乱暴にバックミラーを下に向けすぎたため、彼の眼に入ったのは保護者の男の大きくふしばった手が、掌をぴったりと合わせて少女の手に押し当てられている光景だった。土方はすぐさま鏡を上に向けたが、音楽はとつぜん不可解で支離滅裂な本来の音の連続、たけり立つ気違い女が叫ぶおぞましい音の氾濫となった。
一瞬、土方は道路も舗道の銀杏の木立も次のカーヴも見わけがつかなくなった。
しかし次の瞬間、彼のなかの責任ある行動がハンドルの逸れを修正し軽くブレーキをふみ、そして同じ冷静さで、あの背後にいる湿気た銀髪と死んだ魚のような眼の男、暗闇の中で庇護対象の仔どもといっしょにうずくまっている男、要するにそいつ が明日にも逮捕されること、それも自分の手でそうしてやろうとひらめく妄想にまでとり憑かれていた。
けれど問題の男は彼のジグザグ運転に気づいたらしく、土方は自分の顔の近くに、腐れ縁の、いまや正しく嫌悪の対象である男の顔を感じた。


「ちょっとちょっとー、どうしたの多串くん」


銀髪が乱暴な運転を笑いながら指摘する。


「お通ちゃんの歌にノリノリなのも結構だけどさぁ、安全運転でおねがいね」
「……え!? やっぱりトッシーじゃない土方さんもお通ちゃんが好きなんですか?」


トッシーじゃない土方さんって何だよ。
反応した眼鏡のツッコミに、


「何ネ、やっぱりオタク仲間アルか。 お前もホントはお通ちゃんのファンだったアルか」


おもしろそうに笑った仔どもまで口を挟む。


「あのなぁ、」
とようやく口を出しかけた土方に、


「このダメダメな彼氏がネ、嫉妬して勘違いから友だちに鼻フックするサビなんて最高アルヨね〜」
「そうさなー」
「ほんとお通ちゃんの歌詞は年々レベルアップしてますよ。かなりのストーリーテラーですよ、やっぱりお通ちゃんですよ♪」
「まったくだ」


三人組が笑いながらうんうん頷き合っている。
そうしてやや起き上がりぎみだった保護者が、一種鼻持ちならないゆるんだ顔つきで少女のそばに坐りなおすと、またバックシートに身を沈めた。


「奴は正しい。 ね、そうは思わない? 土方くん」


土方はすっかり気持ちが落ち着くのを感じた。ラジオの気違いじみた歌声も静まってゆき、彼は堪えきれず笑いを浮かべていた。



「───要は、やるべきことをやる男の歌だろ?」




まさに、やるべきことはそれだけなのだ。











fin


寵姫シリーズに入れようか迷っています。。。


more
08/22 23:40
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-