金色魔







せっかくの鮮やかなエメラルドグリーンーのチャイナドレスのデザインと、花飾りのついたチャイナ靴だって台無しだと、少女は不機嫌なのだ。
スリットの下は、梅雨時だというのに蒸れる黒いスパッツが重ねられている。丈は太ももの中ほどもない。
もちろん日焼けをしないために穿いてるわけではないその状態も、神楽にいくらかのメランコリックと、甚大な無作法を植えつけている。
その理由に思い至るだけで、銀時は自分の心臓が薔薇色の羽毛で逆撫でされたように感じるが、いささか慎みを忘れすぎる神楽の手癖に、思わず慌ててまたその背後にぴたりとくっついた。
わがまま娘のご機嫌取りにと、連れだったデパートのエスカレーターで、その一段、一段を、のぼる仕草にもむっくりとしたメランコリーを滲ませる神楽の左手は、先ほどUFOキャッチャーで取ってやった大きなウサギのぬいぐるみを抱えている。そしてもう片方の手は、またか、と銀時がとっさに掴むまで、先刻からずっと続いてきたある仕草を繰り返した。
涼しい店内に、早急に引いた汗。外にいたときの気持ちの悪さはわからないでもないが、それさえ見過ごすことはできなかったのに…。
またしても白く細い指が、布地の上からショーツの線を直すように弾く仕草は──、やっぱりいただけなかった。



「こら、また…」


捕われた手首の拘束にジレた神楽が、たしなめる口調の銀時に身をねじる。
白くぷにぷにとした指先を握りこんで、銀時は「ダメだ」と今日何度目かの視線で訴える。背後から覗き込むような形で、耳もとでダメ出しされて、振り返った神楽のむっつりとした上目遣いを掬い入れる。
何でもないように戻ろうとする手を離してやると、ウサギを両手できゅっと抱きなおす仕草が拗ねていた。
なんとなく足のつけ根がまだモジモジしているのがわかったが、いい子いい子、と咄嗟に頭をなでた───。


……要は、紅い鬱血を隠すために穿いた黒いスパッツだった。
白く柔らかな魔の皮膚に無数に散ったそれが、一生消えなければいいと銀時は時おり願う。
けれど実際、その鬱血が消えてしまうと、神楽はズボンを脱ぎ、スパッツを脱ぎ、ほとんど中身が見えるのではないかと思うほど短いスカートや、深いスリットの入ったチャイナドレスでいることを好んだ。愛撫の痕が消えても、心に刻まれた鬱血が根深く神楽を苦しめることはなかった。だから新八が休む前日の夜からは、片時も離さず過ごすこんな一日は、そのことでずいぶんと銀時の呆れる執着心を満たした。
自分でも途方に暮れているこの所有慾。独占慾。
いっそ、あのみずみずしい太ももの内側には(もちろん内側だけじゃないが)、昨夜も、今朝も、銀時がところ狭しと捺し付けまくった鬱血の痕が蔓延しているのだと、他人に見せ付けてしまいたい衝動さえある。
これは俺だけに許された行為だと。俺だけの特権だと。見せしめて常に牽制していたい歪んだ葛藤がある。


(まだ子供なのに…)


誰もがそう蔑むような視線を送るなか、それでも堂々と親しみを込めて人外の美少女に跪き、自分はその手の甲に接吻けだって贈るだろうと。その、ひとつ突き抜けてしまった愛憎を糧に、銀時はそれまでの自分さえ放棄した。カッコをつけた己を保っていたとして、この娘が手に入ったかと言えばそれはNOだからだ。情けない自分を自覚し、どこまでもそんな銀時を貶める神楽の存在を認めたからこそ、全力で手を伸ばすことができた。欲しいと思った。自分を投げ擲ってでも。
そして手に入れた。
このちいさな唇が愛をささやき、この白く未成熟な身体が銀時の腕のなかで愛を乞う。彼のちいさな愛すべきモンスター。


『どうして待ってやれなかったんだ』


いつしか言われた周囲からの非難に、銀時は嗤い転げる。
それは何度も考えたことだった。それこそ手を伸ばす前にも。女なら他に、いくらでもいる。この娘の美貌は確かに惜しいが、世の中にはもっと楽に遊べる女はたくさんいる。『そちら』にしておけば、銀時はあるいは神楽に執着することで発生する様々な葛藤から逃れることが出来たかもしれない。
しかし、それが出来なかったから執着というのだ。
うぞり…、と自分のなかでまた昏く浅ましいものが蠢くのを感じた銀時に、何となく不穏な気配が伝わったのか、神楽が振り返ってきた。


「……」


何でもないように瞳を細めて、銀時は甘ったるく首をかしげる。
本来なら───銀時の和室から一歩も動けなくさせられるほど疲弊する若い身体は、今日のお出掛けのためにと、昨日銀時がセーブしてやっただけあって、調子は悪くない。
それでもエスカレーターの乗り降りにつまずいたりしないよう彼はそっと細い背中をかばって、神楽を降りさせると、可愛らしい花の足元からシニヨンのまとめ髪のてっぺんまでを見守った。


「あ……ここだったアルネ」


うなずくと、急に早足になるスピードに付いて歩き、よっぽど嬉しいのかスキップでも始めそうな勢いに、背後からピコピコ腕の外で揺れるぬいぐるみの耳に笑う。
エスカレーターを乗り継ぎ、十二階まで来たここは、オーダーメイドのチャイナドレスショップがある場所だった。
前々から頼んでいたドレスの仕上がりを確認するために、こうしてやってきたのだが、これで神楽の不機嫌が7割は晴れてくれるかと思うとこの後の予定も立てやすくなる。
あとはいつも通りお腹いっぱい食べさせて、眠くなる昼すぎの時間にはまた万事屋に連れ帰ればいいかと、いっそもう神楽がその頭の中を覗けばうんざりするようなことばかり考えていく。
なけなしの金で神楽に贅沢させることを銀時は殊のほか楽しんでいる。むしろ神楽がそうできる贅沢を愛していた。そのために自分の遊蕩代をケチってでも神楽に貢ぐことはすでに苦ではなかった。
高級そうな店のショーウィンドウの前で止まり、再びうかがうように振り仰ぐ神楽に目をすがめ、銀時はホラよと、金の扉の中に少女を導いた。


この娘を愛しているのだ。
それはもう黄金とも替えられないほどに。










fin


more
03/03 19:04
[銀魂]




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