金のハート、愛の尺度 -2-






「不潔だと思った?」
「…ぇ、」
「悪いけど、俺はお前が思ってるよりずっと『男』なのよ」
「……何…当たり前のこと言ってるネ…」


首を傾げる神楽に、ホントにわかってんのかねェ、と少し笑って、それでも銀時は優しく彼女を見つめ返した。
それがいかにもお子ちゃま扱いされたように思えて神楽は悲しくなる。
だいたいがさっきの質問にしたって、別にそのことを問い質したかったわけではない。
過去のことを責めるつもりなど毛頭ないのだから。…だってしかたないと思ってる。
今さら過去に嫉妬したって、意味の無い事だってちゃんとわかってる。

過去は、過去として流せばいい。
後ろばかり振り向いていたって、前には真っ直ぐ進めない。

たとえば、過去だけじゃなく、何年か先の未来だって同じことが言えるのだ。
過去は書き換えられないし、未来だって予想できない。そんなことは不可能だ。わかっている。
大人になりきれない自分を対等に見てくれとは言わないし、言えない。
でも、こんな風にいつまでも子ども扱いされるのは、酷く傷つく事だけはわかって欲しかった。


反対に銀時のほうも、口では悪態をつきながら心の深いところではいつまでも自分を神聖視したがる神楽に、とまどってしまう。
それとなく銀時の過去を知りつつも、神楽は、やはり彼が最後には誠実な人間であったと心底信じているのだ。
銀時に、神楽には死んでも言えない過去がたくさんあるなどとは、思ってもいない。
今でこそ、そんな過去のそぶりもみせないで振る舞ってはいるが、攘夷戦争に参加していた仲間は、彼の過去を知っている。
手がつけられないほど破目を外した人生を、銀時は十代の後半で、いやというほど歩いてきた。
世の中に怖いものは何もなかったし、死ぬことも苦痛ではなかった。
彼の過去を知る者は、現在の銀時を見て、よく落ち着いたなと口を揃えて言う。
しかし、銀時自身は、立ち直ったのではなく卒業できたのだと思っている。
彼にとっては、無頼に送った日々も、放蕩を尽くした女遊びも、人生の一部だった。
乗り越えねばならない坂道を、彼は自分の力で乗り越えたにすぎない。
ただ、過去を恥じてはいないが、それらを臆面もなく、今、目の前にいるこの少女に告げることは躊躇われた。
たとえもう処女ではなくなったとしても、神楽にはいまだ少女の潔癖さというものが根強く残っていたりする。
だからこそ、より慎重にならざるを得ないとも思う。
別に綺麗ごとだけを並べ立て、聖人君子のふりをしてやるつもりは毛頭ない。
故に、先ほどの問いには、正直に答えてみせたのだ。
だいたい、ほとんどが玄人の女だったわけで、神楽がいうような行きずりの素人など、面倒臭いだけだ。
それでも、この程度で壊れるような関係ならこちらから願い下げだ…ともどうしても強く出れないのだからしかたない。
自分でもかなり臆病になっているとは思う。彼女と付き合うことに常に不安が付き纏っているからだろうか…。
ようやく手に入れた大切すぎる存在は、あまりに無垢な瞳と清らかな魂の泉を持っていた。


それにしても、自分の生涯で女にこれほどの情熱を傾ける日が来ようとは、彼自身、考えてもみなかった。
神楽が家にやってきた当初は、たかが、餓鬼。くそガキ一匹だと思っていたのに…。
素性も知れない天人のガキに夢中になるほど、自分は落ちぶれてはいないと、心の中でふんぞり返ってみたりもした。
だが、結局、無駄だった。
自分の内部に、どうしてこんな純粋で、ひたむきなものが残っていたのかと自嘲したくらいだ。


「銀ちゃんは……」
「ん?」
「銀ちゃんは、浮気はしないの?」









「…………………………………は?」



言われたことを咄嗟に理解できなくて、聞き間違いかもしれない。そう思った。
純粋で、ひたむきな『自分』もそう言っている。
なのでもう一度聞きなおしてみたのだが――─


「だから浮気ヨ、浮気。 …しないアルか?」
「………なに…神楽…、…俺に浮気して欲しいの?」


かろうじてそう返すのが精一杯。
いまだ彼女が何を言いたいのか、理解できないままに。


「欲望には素直になるべきアル」
「……はい?」
「だから…、」
「あのさ!」
「…何ネ」
「たまに、お前って物分りのいい大人みたいなこと言うよな」
「銀ちゃんと恋人になって気づいたアルヨ」
「何に?」
「不幸だってことにヨ」
「…え…ちょっ…ここで嫌味ィィィ!? つーかマジそれ?…だったら泣くぞ!!」



「…ちょっとだけネ」


「……いや、…ほんっとマジなわけ!? …え…これマジ話…?」
「だからちょっとだけだって。気にすることないネ」
「おまっ…そんなこと言われて気にならないわけないだろォが!!」
「じゃぁ幻聴ってことで」
「おいィィィ!」







「………なぁ、神楽。……俺は、お前を不幸になんてしたくないんだけど」
「へー、だったら幸せにしてくれるアルか?」
「女を不幸にしたがる男なんかいねーよ」
「一般論に興味ないアル。今は銀ちゃんに聞いてるのヨ?」
「……」


愛は相手の責任や誠意を問い始めたときから、自然さと純粋さを失っていくのだ。
そして男女の平等の立場も消えてしまう。
映画の主人公の女は、未練がましいことは一言も言わず、短い思い出だけを秘めて去っていった。
相手に何も求めないが故に、その恋は純粋で対等なものとして終わった。
だけどそれは恋に終わりがあると知っているからだ…。
どれだけの人が自らの責任において、恋に終わりがあると割り切って、誰かと付き合えるのだろうか。
終わりを見つめて恋するなんて、自分にはできない。そんなこと悲しすぎる。
だったら、終わりなんていらない。そう思う。
もし終わりが訪れるのが恋だというなら、


どうやったら続かせることができるのか。


終わりにすることは簡単で。
続けることが、維持することが、何よりも難しい。
だから、本当はずっと、不安でしかたないのだろう。






「………不幸になんかぜってーしねえっつうの」


ああもうっ…と、照れた仕草で頭をかきむしる銀時に神楽は目を見張る。
だいたいお前が不幸なら俺だって不幸ってことじゃねーか。神楽に跨られたまま、観念したようにまだブツブツ言っている。
そうして・・・




「あとさァ……誓えって言うんなら、もっと他の場所で誓ってもいいけど?」



そう提案してきた彼に、神楽はすこし首をかしげた。


その提案が大勢の前で盛大に成し遂げられることになるのは、まさかの数ヵ月後。











fin


more
03/02 18:30
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-