解剖台の上での雨傘とミシンの出会い









──それが見知らぬ他人であっても、知り合いであっても、腐れ縁であっても、同年代の友達であっても、同性の女であっても。


神楽と接触したものを、神楽が関心をひくものを、神楽が嫌がらないものを、神楽が嫌悪するものを、銀時は逐一覚えていた。
神楽を不快にさせたり、傷つけたり、悲しませたり、略奪しようとするものたちにおいては、覚えているだけでなく、後に必ず仕返しをしたりもした。もしくはそういう機会を虎視眈々と狙っていた。黙って父親のようなぬるい眼で見守るだけなんてことは、昔からしない。陰険なまでに、神楽に近づくものたちに、銀時は警戒的で残酷だった。
神楽を掠奪したい欲望を銀時が抑えられないように、同じ目で神楽を見るものに対しては、魂に誓って野放しにはしておかないと肝に銘じている。
神楽は、掠奪される娘に生まれているのだと、銀時はどこかで身勝手に想ってきたが…──。
掠奪してきて、どうするか?
銀時の場合は、今までも、神楽を自分のテリトリーに閉じ籠め、逃げられないようにしておいて、神楽がこれまでに接触した(捉まえた)奴の名を探ってきた。
いつ、どこで、どうやって接し(虜にし)たかを。どういう関わり合いの男だったかを、ときには吐かせた。そうして、銀時は神楽の特別か、それを確かめたかった。
だが、今はそれを、神楽の口から吐かせたいのだ。
自分が神楽にとって、こういったことを唯一許すに値する男だと信じていたかった。神楽が生涯で許す男が自分だけだと、認めてほしかった。
神楽に恋や愛のような銀時ほどの明確な意思表示がないからこそ、銀時はときに不安に駆られたりするが、不安に駆られるまま突っ走って失敗するほど青く……というか失敗するのが怖いので、銀時はこれに関しては地道に頑張る誓いも立てている。
ただただ今も銀時は、自分以外の対象に、それを赦すつもりは死んでも無いだけである。


今日の対象はとくにわかりやすい。
しかもすでに確認して自分で判断できたので、銀時は神楽に問い質しはしなかった。少し自分でも整理しなければならない考え事もできて、神楽が話したければそれを聞くスタンスで、待っていた。
神楽は沖田のことをあまりよく思っていないし、口にするのも躊躇われるぐらいに毛嫌いしているので、銀時はそれに関しては安心している。
沖田もある時期から、神楽と喧嘩をしたり、暴れたりすることを控えていたので、今日のふたりは別段珍しくもなかったが、神楽の不動のふてぶてしさにはやはり感心した。
興味なく、無関心に、他人を足蹴にする時の神楽は、銀時にとっては撫でくりまわしたくなるふてこい可愛いらしさがあって、溺愛を傾けずにはいられない。そのふてぶてしさが自分に向いても、銀時は不屈の精神で今までも立ち上がり、渾身の愛情で神楽を可愛がってきた男だが、卑しいのは承知で、神楽に無関心や嫌悪を向けられる対象(それが男なら尚更素晴らしい)に、優越感を抱いてきた。
気紛れな猫のようにドライな神楽に、仔犬のように無心に慕われる自分が誇らしかった。


だが、神楽を追う沖田の眼の中には、やはり無視できないものも潜んでいる。
今日はそれもとくにわかりやすかった。
沖田は、目の中の熱く暗いものを消す間もなく振り返って、銀時を見た。
遠目からだったが、銀時にはそれが直感的に解って、嬉しくも走り寄ってきた神楽の肩をことさら囲うように抱き寄せたが、しばらく監視するように見ていた沖田の気配が遠ざかるのを境に、警戒は解いた。
銀時を見る沖田の目には、いつもわかりやすいぐらいに憐みと蔑みが淡々と灯っていた。
だが、どこかに親しみのような飄々としたものも確かにあって、あるいは、敵でない限り、そんなようにして一貫した男なのかも知れないとも銀時は評価してきたのだ。
神楽に対しても淡々としているようで、同年代の誰よりも扱いが上手かった。
銀時や新八には及びもしないが、沖田なりに、神楽を深く考察し、理解したいと思っているようで、それがまた銀時の吝嗇に抵触したりもしたが、概ね銀時は、沖田に対しては憎悪ほどの嫉妬を覚えたことはない。
嫉妬というより、本能的な危機感のほうが大きかった。
たぶん、自分と同じ種類の人間であることは否めない。


だが今日は、正直、苛立ったのも事実だ。
走り出した途中で、神楽が沖田を振り返ったのにもびっくりしたし、それに軽く腕を挙げてみせた沖田が手をひらひら振るのは、銀時を必要以上に苛立たせた。
たったこれだけのふたりのやりとりで、この様である。
神楽が駄菓子屋に寄って酢昆布をねだってきた時も、ふたりの間に絡んだやりとりがあった事を知った銀時は、言いようのない恐怖感を、覚えてしまった。
少し拗ねているように神楽には見えたのか、銀時をきょとんと見上げた後、やや貪婪な目になって無心に見つめてきた。
銀時は神楽の肩を抱き寄せたまま歩きながらも、その貪婪な目を、可哀くてならないと見返し、万事屋に帰る道すがら、我慢できず神楽のくちびるを奪った。
それには神楽がむっとして、銀時は懇願するように早く帰ろうとお願いした。
神楽は答えもせずに顔をむっつりと横にし、それからまた上目遣いに銀時を見て、何やら予感のようなものを感じたのか、「いいヨ」、と小さくうなずいた。
いくら油断していたからといって、沖田との接触と、その大まかな内容は(神楽はたぶん全部を銀時に話したわけではない)、銀時を不幸にしたのも同然だった。
沖田の発言はある意味、“人攫い”のような響きがあり、あの沖田が言うところがぞっとさせる。
それは沖田が神楽を、自分のテリトリーに浚って来ることに、目の眩むような欲望を覚えているからだ。欲望を覚えているというより、沖田にはそれ以外にない。沖田は、男友達として、神楽の前に現れるなどということが、精神が弛緩するほど莫迦げて、退屈な気がするばかりでなく、そんなことは自分のすることではないと信じているようだった。神楽にもそんな場面は似合わないと信じているようだ。
それならまだ腐れ縁のライバルのほうがましだと、だからこその、あの頃の態度だったのかもしれない。
立派な保護者などより、そんなものより以上に、立派な略奪者なのだと、銀時が自分を評価したように、沖田も自分へのプライドを燃え上がらせたようにも見えた。
現実には、神楽が沖田のテリトリーに来れば、沖田はただ黙って眺めているだけかも知れない。と銀時は嘲笑ったりもするが、あまり放置もできないと思った。これからはもう少し、神楽を自由にさせる銀時のテリトリーを狭めるべきだとも思った。
正直、公園にやるのも嫌だなぁと一瞬思ったが、そこまで制限すると神楽がどう出るか怖いので、見極めが必要だ。
女と付き合うというのは、駆け引きがいるものなんだなと、銀時はトンチンカンな見当違いなことも思ったが、これは駆け引きなんて甘い余裕のあるものではなく、確実なプロセスの一環だった。
がっちり掴んで捕らえた獲物を自分のテリトリーで放し飼いにしながら、気づかれないうちに徐々にその面積を狭くしていく、そういった卑怯な計算高い手段でもある。


暑苦しさに耐えかねて、疲れ果てて眠ってしまった神楽を尚もがっちりと抱き寄せ、腕まくらしてやりながら、銀時は少しのあいだ満たされていたが、またじくじくと渇いていく自分も感じていた。
調子にのって、何時間も繰り返した前戯と後戯のあいだも、「好き、好き」と何度も神楽に言わせて、最後は癇癪のように叫ばせてしまった。
暑苦しいのが苦手な神楽に、さらに大量の汗をかかせ、何度も性感帯をいじくって、イカせまくった。クリトリスだけで、合計二十回はイカせたように思う。真冬だというのに、ふたりともまるでバケツの水でも被ってサウナに入った状態だった。
乳首など、あまりに執拗に可愛がりすぎたせいか、乳輪からぷっくりと腫れ上がってしまっている。スモモのような小高い乳房のなかで、そこだけが異様に発達 した、いやらしい色情を放ち、透き通るピンク色をキレイに濃くしたなかで、クリトリスのようにぬめって尖ってしまっていた。
乳首だけでイカすのが夢でもある。
というか、性感帯に限らず、神楽の身体の中で名称のつくもの一つ残らず、そのすべてに、ひとつひとつ絶頂を植え付けて、覚えさせてやりたい。
もはや元には戻れない自分を知らしめてやりたかった。
そうして、銀時なくしては生きられない身体にしてやりたいのだ。
銀時だけでイク身体に…──。
銀時だけでイッて、生きて、逝く身体に。
銀時以外の者が掠奪する気さえ起きないほど、神楽を自分だけのものに作り替えたかった。


(……そうか、それだ。)


まるで天命のように、そこに気づいて、銀時はようやく薄っすらと嗤うことが出来た。
いい考えだと、ものすごく良案だと、答えを得た弥勒菩薩のごとく銀時にはそう思えて、まるで賢者にでもなった気分で目の前が明るく、鮮明に、クリアに開けた気がした。
神楽が変わらないのなら、そうやっていくまでだと。
そう仕向けるまでもなく、実力行使で変えていけばいいだけだと。
コレを唯一許された銀時だけにできる、神楽への道筋だった。
神楽のような娘に必要なのは、優しさや正義ではない、残酷なまでの忍耐強さと、生涯をかける膨大な愛情だった。
それはどこか赤子に対する母親の愛にも似ているが、銀時にそんな考えはなく、ただひたすら神楽が欲しくて可哀いだけである。
手に入れたことが奇跡ではなく、ここからの道のりがまた奇跡のように遠いからこそ、やり遂げなければならない。
そんなキチガイじみた妄想も、妄想ではなく、本当にやり遂げたい銀時のささやかな夢になった瞬間だった。


部屋中を神楽のミルク色のアロマで満たされ、それが酷く心地いいとうっとりしながら、銀時は今日の契機に少しだけ感謝した。
神楽の綺麗で花のような香りのする蜜の身体が、今日見た沖田の、烈しさを潜めた表情に関係のあることを、事実として意識した。
神楽がいまだに厭なものとしか意識していない沖田の激情を、それがかえって強い香気のように、花の蜜のように、神楽の中から発していて、神楽を誰よりも理解している銀時に、可哀くてならないようにさせる効果もあるのだ。
その香気でさえ、殆ど銀時の中の男を誘惑するばかりだった。
酷い、魔モノだと思う。
けれど、神楽の無自覚な残酷さえ銀時は酷く愛していた。


そう、愛さずにはいられないのだ。










fin

呪いはきかない。














裏の『メーテルリンクの温室』 から数時間後にこれですよ…。感情の起伏が一気に暗転してて躁鬱みたい。笑
しかしエロすくね。
裏に置くには微妙というより、完全に前後設定のメーテルリンクと温度差ありすぎるのもあっちに置けなかった理由です。何故こうなった…。
鍵つきが増えそうでやばいです。というか裏ばっかになりそう。でも楽しいw



Avicii/Wake Me Up
どこで始まったかは知っている
愛はそのご褒美さ



01/27 06:50
[銀魂]




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-エムブロ-