いずれも美しい毛皮と、毟られたウサギの毛







わかい梨の木の下に あなたは立った
あなたはうっとりして しなやかな指で
なりたての小さな青い実にさわった
残っている花が あなたの傍でひらひらした

わかい梨の木の下に ぼくも立った
ぼくのかたい手は ちいさな
青いなりたての実にはさわらなかった
残っている花が ぼくの傍でひらひらした

───R・デーメル















ベッドの前の姿見つきの服箪笥
これは断頭台!
罪深い二人の頭蓋を映して。











銀時は神楽にとって、短い間だが“地球での大好きなお父さん?”、“お兄ちゃん?”、“ケジラミ”であり、“甘える対象”でもあった。
だが、神楽が十五歳になった頃から、銀時は神楽の中にはっきり、逃げられない愛情と、執着と、蜜の甘えとの対象として姿を現すようになった。
その日は、神楽の生まれた日で、その夜から神楽の塒(ねぐら)が銀時の和室だった部屋に移されたのだ。
あの日、朝起きて和室に入ると、部屋の端にほっそりと楕円に仕切られたデザインの欅の鏡台がさりげなく置かれてあった。淵の上下に曲がりくねった樹や鳥、花などが繊細に彫ってある、非常に上質で美しい鏡だった。
神楽はポカンと、半ば唇を開け、みるみる頬から耳にかけて紅潮して立ち止まった。目が潤んだようになって、唇のあたりが締まりない赤子のような微笑いに弛んだ。窓のある壁際に立って、何か話していた銀時と新八とが同時にふり返り、神楽を見ていた。


「よかったね、神楽ちゃん! 銀さんからのプレゼントだよ」


銀時が神楽を歓ばせようとして、神楽には黙って姿見を誂えていたのだ。


「神楽、おいで。 ここに来てちょっと立ってみ?」


銀時は着流しの胸の下あたりに掌をやり、うっすらと微笑っていた。
楕円形の鏡を、神楽の背の高さに合わせて掛け直すので、新八が呼ばれていたのだ。その時の、控え目に立って自分をやわらかく眩しげに見ていた新八と、頬の内側にゆるい微笑を溜めながら、暗い額の下から、静かな、だがどこか苦しげな目を自分に向けていた銀時の姿とは、不思議に神楽の記憶の中に鮮やかに、はっきりと残っていた。今思えば、あれも神楽の一種の予感だったのだろう。


銀時は、神楽に対して抱いている切ないものを、あまり表面には出さないようにしていたが、満十五歳の神楽は、銀時の変化をずっと何かしら感じとっていた。はっきりとは分からなくても、何か暑苦しく、時に蒸されたようになる、秘密のはずの、おそろしく大きくて執拗で鋭い塊のようなものを漠然と常に浴びて、受け取ってきた。
神楽は実の兄や、銀時や新八との間にある出逢った頃からの親愛の歴史や、遊び仲間の少年たち、銀時の古馴染や、腐れ縁の真選組、自分を厭な眼で見てくる男たちとの奇妙な経験──、熱烈ラブコールを受けた巨人族の青年など、じっさい多少関わりの出来た不思議な関係によって、身近にいる男との間にある接触的なものには馴らされている。だが、周囲の人間が、銀時と神楽について、当然起こるべきことが起こったように想っていたのとは──違った深みと無傷さで、いつしか、自分の秘密(擒)が一つ増えたことに、(無意識にも)肉食獣の喜びを持っていて、密かに銀時を偸み見ていた。銀時はそんな神楽の中に、可哀らしい悪魔を、読み取っていた。
あの頃から、スリットを深くあけただけの、何の飾りもないシンプルな、ひどく颯爽としたチャイナドレスを鮮やかに着こなしていた神楽は、身動きをする度に、スモモのような小高い乳房の影がすでに感じられ、尻も丸く持ち上がっていて、どこかに少女の体を熟させる春の萌しがみえていた。それが銀時の胸を更に切なくさせ、その頃から彼の額には時おり、暗いものが纏わりつくようになったのだ。
神楽が微笑いを消し、幽かに体を固くして、無自覚にも、そのいくらでも愛情を喰いたがる貪婪な目で、銀時の表情の中にあるものをじっと看る時。
そうしてあの日も、いくら舐めても舐め足りることのない甘い蜜のようなものを、母の乳房をむさぼり吸う強い赤子のようにして吸い取り、その目を銀時に移して見つめあっている時、新八はもう背中を見せて、鏡を下ろしにかかっていた。
銀時の神楽に対する感情を、新八は気づいていたが、新八の銀時にむかう時の自然な様子は変わらなかった。


いつとはなしに、新八も銀時の変化を感じ取っていた。
それまで新八は、銀時への信頼と憧れから、地味ながら控えめに誠実に振る舞っていたが、だがそうやっている中でも、少女に対して、時おり異様なほど生の男を感じさせる銀時に、密かな浅ましさ──軽蔑のようなものを抱かなかったといえばたぶん嘘になる。
本来なら、生ぐささを洗い落としていって、よほどのことがないかぎり節制の誓いを破る羽目に陥らない大人の男が、その生なものを、時に体から漲り出して、ぬらぬらギラギラとさせているのだ。思春期の新八にとってそれは衝撃だった。
愛情というものが、これほど圧倒的な質量となって、一人の男の中に存在し得ることにも驚愕だが、もはや再起不能なほど、息詰まるような閉塞感が周囲の者にまで重くのしかかってくる。
一人の女、それもまだ年若い少女に向かう、渾身の男の愛情を見せつけられて、新八は改めて面食らった。
盲目的な感情というものは、それがいかに激しく生と死を一貫して貫いても、そこまで立派だと言えないし、かえってそのヒステリー的な過剰な情熱に濁りを感じ、不快を覚えることもある。
ちょっと偏屈で、しかもいつまでも不良の危うさと、それを蒸留した大人の粋をあわせもつ、そんな不思議な奥行きのある男だとばかり思っていたのだ。
悩み苦しんだあとのつくられた笑顔は、確かに銀時をはるかに道徳的にさせたが、下種な勘ぐり──不潔であろうがむしろそれが正常な男というものだが、オスの非道徳性が映し出される──男の破廉恥とは比較にならない律儀さで、新八ははるかに道徳的だった。
狂暴な愛に酔いしれる素質が神楽にあろうがなかろうが関係なかった。
新八は、『立派な侍として生きよう』という、少年の頃からの誓いを立て貫こうと思っていたし、父のように誠実に、勇気のある侍として生きて死のう、という決心も持っていた。
新八は銀時を視て、周囲の者のように憐みを持つことはなかったが、神楽への切ない愛情を抑制することを出来ない男に、秘かな誓いを立てていた。銀時の様子が逆に新八の神楽への愛情と、兄のような守護精神を深めていった。
新八は神楽を圧倒的に愛しているわけではないが、彼はやさしくて誠実である。
その新八の、隠された感情のせめぎと、銀時の神楽への抑えきれない生な愛情、その二つの感情の交流が、神楽の鏡が運ばれた日、壁際に立っていた二人の様子の中に図らずも滲み出ていて、その立像が神楽の心に、強く印象されたのだ。



銀時の神楽を見やる目には例によって、生気のない、それでいてどろりとした柔らかさがある。苦しみを抑えている、優しい目だ。
銀時が神楽を愛しはじめた時から身についている、目遣いでもある。


(まだパーティーに行かないの?)

と言っている神楽の目を吸い取るように掬い入れ、睫毛をしばたたいた銀時の、その哀しいまでに愛に溺れた姿に、新八は見て見ぬフリで溜飲の目をあてていた。






※続きは少しR18表現を含みます。


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04/09 22:42
[銀魂]




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