なまいきシャルロット







「……あ、多串くんだ」


隣にいた銀時が、自分が名付けた男の名前をぼそっと呟いた。
銀時の視線を追うようにして神楽が右前方を見ると、確かに黒い隊服の暑苦しい男がひとり、団子屋の店先に座っている。朱い和布を敷いた長椅子でぼんやりタバコをふかしている。


「マヨー!」
「ぁ…おい、神楽!」


ニヤリと笑って神楽が駆け寄っていく。持っていた荷物は当然のごとく銀時に預けて、小走りで。


「…チッ」


思わず銀時の口から舌打ちが出た。新八にたのまれたセール品の買出しをようやく終えて、万事屋への帰路を二人ぶらぶら散歩がてらに歩いていた途中だったのに…。我知らず口走った自分の一言に神楽が反応してしまった。タイミング悪いったらねーわ。
呼ばれたと同時に振り向いた土方が、神楽を見て、思わず渋った顔をあらわにするのが遠目からもはっきりと見てとれる。
ついでにこちらの存在にも気づいたんだろう、土方は銀時と同じく苦みばしった口もとを引き攣らせた。
巡回中の一時の安らかな休憩までもを邪魔されるのかと、そう思えば眉間の皺だって増える。
とくに神楽の後ろから歩いてくる銀時を見咎めてからは、土方の気分はさらに悪化したといっていい。
駆け寄ってくる小動物に、『寄るんじゃねー、寄るんじゃねー、寄るんじゃねー』とどれだけ胸中で唱えようとも、無駄な足掻きでしかないのだから。



「マヨ、団子おごって」


ほらみろ… しょっぱなからこれだ……。


「い・や・だ」


土方は向こうから歩いてくる銀時からいったん目を逸らし、そして神楽とも目を合わさず、そっぽを向いて煙を吐きだした。


「じゃあ、あん蜜でいいアル」


立ったまま彼を見下ろしてくる神楽は、いっそ健気なまでに、めげない。
頼む、めげてくれ、たまには。
土方は心中で真剣に懇願しつつ彼女を睨むしかなかった。


「……頼むから、俺にタカるな。 タカるなら俺以外にしろ」
「知らない人におごってもらったら駄目だって、銀ちゃんが言ってたネ」
「 …あのな、知ってる人にもそうそうおごってもらえるもんじゃねーから」
「えー」
「おま…知ってる人なら誰でもおごってくれるとか思ってんの?」
「ウン」


自信満々でうなずいた神楽に、土方は煙草を携帯灰皿の中でぐしゃりともみ消した。
さもそれが当たり前、おごってくれない奴のほうがおかしいー、みたいな言い方されては、常識という世間一般の 『へ理屈』 さえいかにこの少女に通じないかが悲しくなるぐらい偲ばれるというものだ。…ああ、疲れる。


「おばちゃん、あん蜜ふたつネ!」
「おいィィィ!」


元気よく手をあげて勝手に注文し終えた神楽に、土方のツッコミ虚しく、「はいよ〜」と店の奥から声が請け負ってしまった。
神楽は土方の隣にトスンと座って、ニシシと笑った。


「もう注文しちゃったアル」
「お前なァァ!これ強請りだろーが!」
「違うヨ。 おねだりだモン」


〜モン〜モン〜モン〜モン……。 一瞬、土方の脳内で神楽の凶悪な語尾がリフレーズする。


「っ…っ…万事屋───ッ!」


土方は何かを振り切るように近くまで来ていた銀時をねめつけた。


「お前っ、見てんなら注意しろよっ!!」
「…あん?」


この上なく癪にさわる声だ。大荷物を抱えた銀時が鼻をほじくりながらうっとうしそうに返事したのに土方はがなり立てた。


「だからッ、こいつが! 俺という他人様から強請りよろしくタカってんの見てただろォがテメーッ!」
「まさか、うちの神楽ちゃんはそんなことしませんよ〜?」
「してただろォォォオ!? いまっ、ここでっ、目の前でッ!」


銀時はよっこらしょと荷物を置いて神楽の横に座った。これでも仕方なく、である。面白そうに自分たちを見ている神楽を挟んで、彼は土方に仕方なくヘラリと笑ってやる。


「いやいや、多串くん。 うちの神楽ちゃんにはさ、知らない他人様? …とくに男とは仲良くしちゃ駄目よ、っていつも腋がすっぱくなるほど言ってっからね、俺」
「まったく効果が発揮されてねェじゃねーか」
「だからぁ、知らない他人の男とは駄目だって注意してるって。 な、神楽?」
「ウン。 知らない人にはおごってもらったことないアルヨ?」
「俺とお前は、ほぼ 知 ら な い 他 人 同 士 なんですけど」
「違うヨ。他人とは私喋らないアル。マヨは数少ない貴重な知り合いヨ?」


『貴重?』 土方と銀時は思わず間に挟んだ神楽を見下ろした。
「あん蜜まだアルか〜」と店の奥に顔だけ向けながら足をぷらぷら揺らす神楽は、そんな二人の視線にはまったく無頓着だ。


「……貴重って……なに神楽、 土方くんは特別扱い?」


銀時のくすんだ声がして神楽は「ん?」と首を仰け反らせる。 拍子にキランと斜陽で光を帯びたスミレ色が、死にかけた───それでも一瞬光ったような───死んだ魚の目を見上げる。


「マヨ? 当たり前ダロ。特別も特別ヨ、ブルーコードアル♪」
「なにそれ、超極秘扱いってこと?」
「違う違う、貴重っていうのはぁ、フリークって意味ネ。 超めずらしー変態アルヨ、トッシーは。変態でオタクでもうどうしようもないネ」
「…な〜る」


ほっとしたような声でポンと手を叩いた銀時のフリに、土方がうんざりした声を地に這わせた。


「い゛ぃ〜〜加減にしろよ、お前ら?」










fin


more
02/17 18:28
[銀魂]




・・・・


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