蛇比礼







美と醜が背中あわせに共存するもの、グロテスクなものこそ高杉の“美”である。
江戸の一角には、同じ都市や吉原のように街娼地区がある。
船着場からほど近い種々雑多な通りは今日でもよく知られた歓楽街だが、その裏通りに屯する女たちを彼は子飼いの情報源として取りあげていた。
高杉の美への執着は、女の体への憧れと嫌悪を物語っている。
その生涯を通じて、登場する女たちの数は計り知れない。
彼には尽くす女が次々と現われ、彼女たちを利用したきわめてインティメイトな契約も結んでいる。
しかしその関係は常に長くは続かなかった。


彼の気に入る若い女の特徴は、みなどこかいっこうに不満な目をした痩せ型の、どことなく少女画家が描くふてぶてしい童顔さを思わせる。
誰を連想したかはあながちにこじつけではない。私事にわたるが、古典的な娼婦の原形ともいうべき被虐モデルは、唯一彼が手放さない実在の少女だった。


少女は高杉を恨み、どこまでも足蹴な態度で鼻白む。
まして尽くすなど夢のまた夢、むしろ彼のほうが彼女に尽くしているのだといわんばかりの待遇を与えている。
しかしそれでも、やはり言葉どおり彼のモノでもあった。


たとえば広重の東海道名所図絵をズタズタに引き裂いて、国芳を下敷きにした春画のごとく、局所を拡大してみせる歌麿春画の弄いにならった女遊びでも随所にご覧に入れようと、少女を引き連れ朱檻の中を遊びまわっても、彼女はその目に不満を滾らせながら附いてくる。
なんといってもしかし、最大の刺激源は、少女の世界からくることだ。






高杉はその日も、遊郭にいて、ふと連れてきた神楽の幼い姿に満足した。
この酒楼には、広間から別の広間に通ずる二間ほどの廊下がある。そこのまん中に、境内にある太鼓橋のように高く急な勾配になった渡り廊下があった。以前から、高杉は神楽にその上を渡らせて、気色ばむ顔を(もしくは嫌がる顔を)見ようとたくらんでいた。


肩にとどく薄紅色のお河童に蒼いリボンをつけ、白絹の下着を重ねた──蒼と白の染め分けに模様をおいた友禅の着物に、緋無地の紋縮緬の袖なし、木履(ぼっくり)を履かせた神楽は、彼女のお相手にと傍につききりにした女中に手をひかれ、いくらか退屈そうに橋を渡りはじめた。
だが頂上の辺りで磨き上げた”とろこ”に足を滑らせてしまう。
女中が慌ててひいた手を引きあげるようにしたので、半吊りのようになって、三文半の白足袋の小さな片足が不様に宙に上がった。
橋廊下の脇に立って、少女の人形のような姿を見上げていた高杉は微笑い、彼に付いてきていた東雲という花魁は「アレ、」とさけんだ。思わず知らず細長い枝のような両腕を前に差し延べかけたのだ。




「クク… 橋も上手に渡れねーのか、オメェさんは」



高杉の薄い微笑いに気づいた神楽は、むっつりと睨んだだけだ。
そのふてくされた表情を、いやに可哀く思い、高杉は神楽を呼び寄せる。頭の上の蒼いリボンが解けかかっている。


とりあえず座敷に戻って、黒松の縮緬の座布団の上に鳶足に座った高杉は、またクク…と微笑いを噛みしめた。
女中がリボンを直しているので首を据えじっと上目遣いになっている神楽の顔を、つくづくと眺め入っていた東雲の表情を、彼は盃を手に、おもしろいものを見るように眺めていた。
高杉みずからが足を運んで選んできた、五,六重ねの着物は神楽に非常によく似合い、高杉はそれらを取っ替えひっ替え着せて、料亭や茶屋にもよく少女を連れて行った。
そんなところの、半玄人の女たちや、来合わせた芸者などが神楽によく目を止めるのだ。
女将などの顔には、これが買い入れることの出来る子だったら、下地っ子から仕上げてみたいという表情がありありと見て取れた。
それを見ることがまた、高杉の一つの悦びだったのだ。


「蛇は寸にしてっていうのは、あのお仔のようなのを言うんだろうねぇ」


と、吐息まじりに言ったのは、ある茶屋の女将の蔭の言葉である。
そんな空気を神楽は、幼いながらどこかに揃えていた。
そして高杉の、自分のモノへの美、醜への周囲の反応を捉える触角というものは恐るべきものがあった。
誰もが不思議に思う、少女の持つふてぶてしさはこんなところにも胚胎しているのだ。
高杉はそこに、たんに偏った情を呼び覚ましただけではなかった。むしろ、それは、初めて観るもののようにいつも新鮮であり、その反時代的な戯れの集積は、あえて流行から迷子になって、ごく私的に彼の旧懐をつむぎだし、それらが全体として錯綜する不動の繭玉(コクーン)と化していることをあらためて確認させてくれた。
過剰なまでに雄弁かつ豊穣に、時代を疾駆する彼の操る複数の糸は、いままさに目の前で生まれつつあるようなある種のグロテスクさであり、新しさ/古さという範疇ではけっして捉えることができない。まして美/醜という範疇でも…。


『わしゃぁ、商品を廉価で手放してしまうきに。そうすれば、商品には埃は積もらんとぉ』


知り合いの男のお気に入りのモットーにこういうのがあるが、その商人ならではの豪胆な言葉を思い浮かべて高杉は、頬の窪みの陰をいっそう昏くした。
めまぐるしいまでに次々と時代は生み出され、彼の計画も、頭のなかではゆうに百を超えている。大局を見据える彼の隻眼にはいつも、膨大な知略が見開かれているが、自ら手を汚さないのが高杉の流儀でもあった。
自分の手元に女を置いておくことに執着したことは、高杉の場合ほとんどないのだ。
多くはそのものに契約がもたらされたように、廉価で取り引きしてきたものたちばかりだった。無償で贈られたものなどない。


高杉は、ガラスの中にあるもののように、ぼんやりと胚胎する魔をひそめた神楽の目を、窺い見た。
彼は、神楽が周囲を裏切って、また彼女の保護者、彼の昔馴染みを裏切ることをしているいま、その神楽のしつづけていることがある名で呼ばれるものだということを、彼女に教えることはせずにいる。
少女はその呼び名の意味を知ったとしても、また法律に触れるということの厳しさを教えてやったとしても、さして動じることはないだろう。それを高杉は知っているからだ。
それを知ったからといって、彼の部屋に連れて行かれることをやめることはあるまい。
神楽が高杉に夢中になって、高杉の許に足しげく通うということもあり得ない。 夢中になっているのは─────




「ほんに、綺麗なお仔だこと」


はっ、と高杉は東雲の言葉に我にかえった。
女中が神楽のリボンを直し終わって、その場の締め括りにと選んだ言葉だろうが、神楽の不満には当然、わかり得なかった。
可哀らしい彼の人形は、高杉を見ていて、こう言った時の高杉が、今度はほんとうに、ふざけてうなずいているのを感じとっただけである。





蛇比礼










fin

三千世界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい.


愛こそ露と消えにける
ひとは儚く散りゆくものと知りて
逢魔ヶ時に出逢いましょう
月夜の晩 舞ふ黒きてふてふ




more
02/18 19:29
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-