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黒い人々、君はただ白い


「はぁ……はっ…」

もつれる足で階段を一段飛ばしながら駆け登る。
微かに光がもれている扉にすがるように駆け込むと、低い段差につまずき転がり込むように倒れた。
しかし焦るように立ち上がり、扉を閉めて気休めの鍵をかける、深い溜め息と共に崩れるように座り込んだ。


体が酸素を欲しがっているのを感じたが、そんなことを言っている場合ではない。

「はぁ…っ…何なんだよ」

昔から、俺には運がなかった。
一度道を歩けば10回を軽く越えるトラブルに出会う。
水溜まりにはまる事から始まり頭上から植木鉢が落ちてくる事まで……一度、鉄筋が落ちてきた時はさすがに生命の危機を感じた。

そして今回は、ただ歩いていただけなのに不良さまに絡まれてしまった。
理由は……あーっと、足踏んだとか?知らねぇよってゆう
人に絡まれるなんて事は初めてで、思わず謝って駆け出してしまったわけだが、年々トラブルの危険率が上がっているのはきっと気のせいじゃない。
それに比例して瞬発力が上がっているのもきっと気のせいじゃない。
……考えるのはやめよう……目をそっと閉じる、音にならない音を立てて

「だっ」

頭になにか当たった
ホント、勘弁して欲しい。

ぶつかったモノを見ようと目を向けると缶が落ちていた、犯人はコイツらしい。
しっかし

「“いちごみるく”ねぇ」

やけにピンク色が可愛い

「わりぃ、人がいたのか、大丈夫か?」

上から声が聞こえた、どうやら落とした真犯人のようだ、悪気は無いようで、まぁ普通そうか

「あ、はい、大丈夫で……す」

最悪だ
返事をしようと上を向けば

「中川洋次……」
「俺のこと知ってんのか?」

学校最強の問題児さまがコチラを覗きこんでらっしゃる

「おい」
「はい!?」

早く戻りたい、何事も無かったことにしてしまいたい

「大丈夫かお前」

くすくすと笑う姿はとてもじゃないけど凶悪な人間には見えなくて、それに……さっきのいちごみるく

「ぷっ」
「んだよ」

怪訝そうに眉をしかめる

「伝説の問題児が、いちごみるく……はぁっ、やべっ」

イメージ総崩れじゃないか

「はぁ?お前も登ってこいよ、名前は?」
「……相沢、満流」

関わってみないとわからないこともあるってことか



「そんな噂があんのかよ、最近の学生はこえーな」
「自分だってそうだろ」

出会って3日目、今日もいちごみるく……と言いたい所だが、今日はミルクティーの気分らしい。

一緒にいるほど、一個一個、噂が否定されていく。
元のイメージなんて見た目以外ひとっ欠片も残っちゃいない
ただの人当たりが良い、見た目不良な男子学生……いや、それは違うな、サボリ魔だ。

昼休み中、寝転がっている中川の隣に体育座りして時間を潰すのが日課になりかけている。

「よっと」

中川が思い立ったように立ち上がった、真っ白く脱色された髪が太陽の光に反射して、キラキラ光っている。
ミルクティーを一口飲むと、ポツリと呟いた

「屋上ってさ、良いよな」

そんなことを言った中川が少し可笑しくて、笑ってしまった
すると中川が不機嫌そうな顔で振り返った

「失礼な奴だな、直ぐ笑いやがって」
「ごめんごめん、で?」

溜め息を吐いて今度は真上を向く

「屋上にいりゃさ、空の一番近くにいられんだろ?」
「なんとかと煙は高いとこが好きだもんな」
「……うるせぇ」

俺も立ち上がって、すっかりすねてしまった中川の隣に立つ

「俺ってさ、トラブルに好かれてんだ」
「はぁ?いきなり何だよ」
「例えば、道を歩けばあら不思議、10回はモノが飛んでくる…見たいな」
「……ぷっ、はっ、す、好かれてんな!……マトリッ〇ス!?」

吹き出したと思うとしゃがみ込んでしまう……マトリッ〇ス?

「そんなに面白いか?」
「おまっ、そんな目で見るなよ、ふっ」

冷たい目で見ていることに気付いたらしい、俺も人のこと言えないのでそのまま続ける。

「だ・か・ら、ちゃんと空を見たこと無かったんだよ」

今、目の前に広がっている当たり前な空でさえ、しっかりと目にした記憶が無かった。
すでに笑いが止まっていた中川が俺の頭を小突く

「良かったじゃねーか、堪能出来て」
「おう」

目があって思わず笑った



曇ってる空を仰いで、屋上の扉から丁度死角になっているフェンスにもたれ掛かる。
暫くして中川が来て目の前に立つ。

「よぉ、なんで下にいんだよ」
「気分」

ふーんと呟くとカフェオレを口に運ぶ

「やっぱりお前か中川!」声がした方を向くと生活指導の教師がいた

「最近、お前が人を連れ込んでると聞いてな、相沢、お前使いっぱしりにされてるんだろ?」
「は?なにいって」
「だったらどうなわけ、せーんせ」
「中川!?」
「うるせぇよ」

缶の落ちる音して、それと同時に頬に衝撃が走って、倒れ込むのがわかった。
ようやく殴られたと理解した瞬間、追い打ちをかけるように腹に蹴りを入れられた

「黙れ、相沢」
「かはっ」

空いた缶の口から、止めどなく溢れるカフェオレを悲しそうに見ている中川は、ちらりと俺を見て、
やっぱり悲しそうに笑った

「お前やっぱり……!理由は後で聞いてやる、生徒指導室へ来い」
「はぁ?腕、離せよ、体罰でもすんの?せんせ」
「無駄口叩くな!早く行くぞ」

半分強制的に中川を引きずっていく

「なかがわっ……」

中川がこちらを見た

『   』

薄れていく意識の中
俺は黙って見ていたくないのに、叫ぶことすら許してもらえなかった。



目を開くと俺は保健室のベットに寝ていた。
あの教師が運んだらしい

『ク・ル・ナ』

そして確かに、中川はそう言った。
仲が良いと教師達に知られたら俺も目をつけられるのは目に見えてる、そうじゃなくても、見た目は不良と優等生だ、教師が聞く耳を持たない時点で結果は今と同じ……
だけど、自分から選択肢を潰して悪役になった、俺を、庇った。

「くっそ」

腹の痛みを無視して生徒指導室に向かうため保健室を飛び出す、保険医がなにか言っていたのも聞こえなかった。


「先生!」
「相沢か、大丈夫か?」
「中川は!あいつは俺を使いっぱしりになんか……」
「お前は良い奴だな、あんな奴を庇うなんて」
「違っ」
「でももう遅い」

ぐいっと俺の鼻先に紙を突き付ける

「何……退学届?」
「自主退学だ、いま出ていった、良かったな相沢」

教師は、楽しそうに笑った

初めて見た奴の字は、妙に弱々しくて、目の前にいる教師が憎くなった。
睨み付けて、生徒指導室をでる。
最初、初めて会った時のようになりふりかまわず走った。

屋上へ出た時、すでに外は真っ暗で時がたったのが感じられた。

でも暗闇の中に中川の姿はない、フェンスに乗り掛かって校門の方を覗き見る。

「中川!!」

後ろ姿が目にうつり、思わず叫ぶ。
中川は少し立ち止まって、俺の方に振り返らず、右手を上げて2、3回振るとまた前に進み始めた。
左手にはいちごみるく

「……」

カツンと小さな音を立てて、カフェオレの缶が足に当たった



あれから、中川と会うことは無かった。
何となく、そんな気はしていた
たった何日の付き合いで連絡先なんて知らないし、必死こいて捜すつもりもない。

ただ、一瞬の夢の様なのに、思い出は酷く強烈で、真っ白な残像を残していった。

あの時俺を庇ったあいつをあれ以上追いかける勇気も、止める勇気もなくて
現状をただただ受け入れてしまった。

悪いことはしていないのに、何故責められなくちゃいけないんだろう。
真っ黒な制服に包まれた生徒の中で、異様なくらい真っ白なあいつをそんなに気に入らなかったのか

止められなかった事が今更悔しくて、ぎゅっと目を閉じた。

──本当は、アイツが正しくて。俺らが間違っているんじゃないのか


ゆっくりと深呼吸して、目を開く。




俺は


空に一番近かった



黒い人々、君はただ白い



弥々



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