今更叫んだ君への想い
俺はヒーローだ。
宇宙から着た侵略者たちから日本を守るため、全身を(おそらく)金属の装甲で包んだ、人間の等身大の二足歩行ロボットのような姿に変身して戦っている。
変身した俺はやたら強くて、透明な身体の人間に似た外見の侵略者たちを、パンチ一発あるいは一蹴りで水風船のように破裂させることができる。
どんな攻撃でさえもゲル状の体組織で衝撃を殺し、無効化してしまう侵略者たちに対して、俺という存在は人類が持ち得る唯一の武器であり、抵抗手段だった。
今や日本中のだれもが知っている、文字通り国民的ヒーローな俺だが、ふだんはごくふつうの大学生にすぎない。
うっかり専門科目の単位を落として留年しそうになったとき、怪しげな教授に「実験台になれば単位をやろう」と言われたのが、ヒーローになったきっかけだ。
おかげでレポートにデートに変身に侵略者たちの撃退にと、非常に忙しい毎日を送っている。
そんな俺の唯一とはいえないが最大の弱点は、正体がバレたら消滅してしまうということ。
まあ、一介のぼんくら大学生によって日本が救われているなんてことが知られたら、この国は絶望と脱力の海に沈んでしまうかもしれない。
どのみち、俺は正体を明かすわけにはいかないのだ。
とかいいつつ、俺は軽く存在の危機にさらされていた。
原因は、俺の恋人。
講義中に侵略者の攻撃に遭い、あわてて変身して彼女だけを助け出した。
今、崩れ落ちた大学の図書館の前で、彼女と向かいあっている。
周りにはすでに、俺と彼女以外に動いている人間はいなかった。
「ヒーロー……さん?」
彼女は俺の姿をじっくりと見回し、やがて小さくつぶやいた。
俺はだまってうなずく。
こんなメタリックでスマートな宇宙服みたいな格好をする男は、ヒーロー以外にいないと思うのだが。
「なんで、私だけ……助けて、くれたの?」
彼女は目を伏せ、へその前あたりで組んだ手をじっと見つめた。
きつく結ばれた口元は、本当は理由を知っているけれど言えない、ということを、語っているように思える。
俺は、彼女に対してなにも答えることができなかった。
変身後は顔をすっぽりと覆うマスクによって音声が変わるが、それでもしゃべり方の雰囲気によって、俺であることを悟られてしまうかもしれないからだ。
心配性すぎるのかもしれないが、彼女には妙に勘のいいところがあり、俺はそんな彼女をおそれていた。
侵略者たちを撃退するために、何度デートをドタキャンしたかわからない。
そのたびに平謝りする俺を、彼女は笑顔で「いいよいいよ」と許してくれた。
もしかしたら、彼女は俺がヒーローであることに、薄々気づいているのかもしれない。
そして、今回彼女だけを助けてしまったことが、俺=ヒーローだと確信させる、決定打になってしまったような気がする。
「ねえ、ヒーローさんは、もしかして……」
俺の予想どおり、彼女は顔をあげ、ゆっくりと言葉をつなげていく。
その先に続くだろう名前が口にされるとき、俺は――。
だけど、なぜか彼女の台詞をさえぎる気には、なれなかった。
もう、これ以上、彼女に正体を隠し続けるのが嫌だったのかもしれない。
俺が消えゆく覚悟を決め、仮面の下で目を閉じたときだった。
すぐそばで、砂袋が地面に落ちたときのような鈍い音がした。
あわてて目を開くと、透明なマネキンのような侵略者たちが砕けたコンクリートの上を這いつくばり、俺たちの方に迫ってくるところだった。
その数、数十、いや数百……?
いや、数えるのはやめよう。
俺は彼女を背中にかばいながら、触手のようにぶよぶよとした両手を振りあげて襲いかかってきた侵略者を、力いっぱい蹴り飛ばした。
一瞬にして、内圧に耐えきれなくなったかのようにして侵略者は破裂する。
最初の一体がやられたのを確認するかしないかの内に、他の侵略者たちも俺に向かって襲撃を始めた。
俺は両手両足を使って侵略者たちを壊しながら、振り返り彼女に向かって叫ぶ。
「逃げろ!」
彼女は大きく目を見開いて、なにか言いたげに俺を見た。
だけど、俺が「君がいたところでなにも変わらない!」と怒鳴ると、はっとしたような顔をし、どこかに向かって走っていった。
彼女が視界から消えたのを確認すると、俺は全身で侵略者たちと向かい合った。
これで、存分に侵略者をつぶせる。
俺は四肢を振り回し、次から次へと侵略者たちを破壊していった。
侵略者たちは、倒しても倒してもなかなか減らなかった。
彼女を助けている間に、侵略者たちは仲間を呼んだのか、あるいは分裂したのかしたらしく、今までにないくらいの大群となって、構内を攻めにきたらしい。
あるいは、この大学が俺の拠点だということに気づいて、敵も全力投球してきたのかもしれない。
なにはともあれ、俺は一日中戦って、星の数ほどいると思えた侵略者たちを、なんとか撃退した。
そして、この襲撃による犠牲者・行方不明者は、五百人以上にのぼった。
結局、彼女も二度と見つからなかった。
俺は、激化しつつある侵略者たちの襲撃の合間をぬって、たびたび大学跡地を訪れた。
弔いの花束なんて、持っていかない。
ただ、瓦礫の山に向かって、彼女の名前を叫び、返事を待つのだ。
そして、もし彼女が現れたら、ヒーローは俺だと、今度こそ明かそうと思う。
たぶん、彼女はもういないと確信しているから、そんなふうに思えるのだろうが。
小森