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頬の涙は本物だった



「はい、はい、……土曜日までですね。はい、分かりました。……失礼します」
 電話が切られるのを待って、受話器を置いた。電話横のメモパッド一番上をはがしとる。味気ない真っ白な紙の上に、自分の崩れた字が不揃いに並んでいる。
『父母どちらについていくか
 土曜日までに連絡
 090-XXXX-XXXX』
 ずん、と体が重くなったような気がした。振り返って見渡した部屋はがらんとしていて、暖かさとかいうものが、きっと欠けているのだろう。寒かった。
 お母さんが切らすことなく季節の花を飾っていた出窓には、空っぽの花瓶と水差しがある。お父さんがいつも新聞を読みながら座っていたソファはもうなく、そこだけが褪せる前の色をしている日焼けしたカーペットがソファの存在をなんとか繋ぎ止めている。飾られていた風景画も、散らかっていたテーブル上の本も、編みかけだったセーターも、作りかけだったボトルシップも、何も見当たらなかった。
 お母さんとお父さんが、消えていた。
 ふ、と思い出して、胸ポケットから定期入れを取り出す。最寄りの駅から学校近くの駅までの区間が表記された定期の裏に入れて持ち歩いている、写真。強ばった指先で、それを引っ張り出した。
 中学校入学式の日、校門前で撮った写真。お母さんと、お父さんと、私が、照れくさそうに、幸せそうに、笑っている。この時はこんなに寂しい部屋でひとりこの写真をながめる時がくるなんて、どうして思うことが出来ただろうか。思いもしなかった。二人がいることが当たり前だった頃の私が二人と繋いでいる手を、そっと指でなぞる。分かってはいたけど、暖かさなんか感じとることは出来なくて。ただ思い出が泉のように湧き出でて、切り裂くような胸の痛みをつれてきただけだ。暖かさが欲しかった、浅はかな考えだったと、今さら思った。
「ねえ、」
 私は語りかける。
「あんたの隣には二人がいるのに、なんで私の側には今誰もいないの? ねえ、なんで二人は別々に行っちゃうの? なんで私は、私が、どちらかを選ばなきゃいけないのよ」
 はにかんでいるその顔が歪む。なんて、妬ましい。嫉妬によくにた感情で、どうにかなってしまいそうだ。
「あんたはいいよね。選ぶ必要なくて。その狭い世界で、ずっと一緒なんでしょ? 私は、そんなの……」
 叶わない、のに。どれほど願っても意味がないのに。
 その狭い世界が、羨ましくて仕方がないのだ。去年の春に、私も閉じ込めてしまって欲しいと思った。
 つう、と何かが頬を伝ったのを皮切りに、蛇口の壊れた水道管のように、拭っても拭っても止まることなくそれは両目から溢れていく。遅れて、ひきつったような嗚咽が漏れる。体や頭の中でぐちゃぐちゃになってしまった色んな現実とか考えとか感情とか全部が、痛い、悲しい、苦しいと牙を剥いて、まるでピラニアのように水中に溺れた肉片の私を喰らっていった。
 足元がぐらぐら揺れるような感覚がしていた。立っていることが出来ない。糸を切られたマリオネットのような動作でその場に崩れた。
「ど、して……やだ、っよ……」
 メモをぎゅっと握りしめながら、写真を抱き込むように体を縮こめる。他人の電話番号なんてどうでもよかった。すがるように……否、私は私の過去の時間を抱き込んで、すがりついたのだ。
 どうか、ねえ春。この寒い部屋を、この冷たい両手を、この静かな空気を、降り積もった灰の雪と一緒に溶かしてください。
 こんな、寂しさ……じゃない。もっと複雑で、難解で、切り裂かれるように、染み入るように、ぼろ雑巾の私を追いつめる、この泣きたくなるような感情、は、冬が見せている夢なのだと。その暖かいかいなで包んで、私にすべてを返してください。
「帰って、きてよ……!」
 二人の笑った顔も、思い出せないのに。ねえ、春? 私を夢の水から掬い上げて、お願いだから、私が感情に喰らいつくされてしまう前に。


頬の涙は本物だった

(土曜日まで、あと二日。)






すみ

Thank you!





更新



ヒストリー

0405 作品公開開始
0315 作品提出期限日(未提出御二方)
0217 参加締め切り
0210 二名様御迎え
0205 二名様御迎え
0131 二名様御迎え
0122 一名様御迎え
0116 一名様御迎え
0115 二名様御迎え
0114 一名様御迎え
0113 二名様御迎え
0112 企画始動



神崎


口から出任せの甘い嘘





「君のこと忘れない、忘れるはずがない。いつか必ず迎えにくるよ、」

愛してる。

最後にそう付け足す。
彼女は笑って頷き、俺は後悔した。

今どきこんなセリフ、どんな二流映画でだって聞けやしない。こんなに煙草ばかり吸う口からよくもまあこんなにも甘い言葉が吐けるものだ。我ながら感心してしまう。高校時代は軽音部なんかじゃなくて演劇部にでも入ればよかった。そうすりゃ、彼女とも出会わなかったのに。

なにが、"忘れない"だ?
――忘れるために、ここを去るのに。"迎えにくる"?
――それができるのならば、そもそもここを去ったりなんてしない。

"愛してる"?
――畜生。馬鹿だ、俺は。

煙草を灰皿で押し潰し、最後の一本に火をつけ、静かに立ち上がる。

「俺、」

口を開いてしまってから、何を言おうとしていたのか、わからなくなり何もないところへ視線を泳がせる。
答えなんてどこにもない。

重たい沈黙の中、俺の口から吐き出されたのは溜め息と紫煙だけだった。
さっさと出て行けばよかった。

「大丈夫。」

視線を上げると、彼女は優しく、寂しそうに微笑んでいた。

「わかるから、わかってるから、もう、行っていいよ。行って」

笑うしか、ない。
本当に馬鹿だ、俺は。

「そっか」

ああ、そうだ、君はいつだってそうだった。

俺のことなんて全部お見通しで、俺のことを全部許して、決して、俺のことを責めたりしない。

コートを羽尾り、冷たいドアノブに触れた時、彼女が独り言のように呟いた。

「だけどね、」

俺は振り返らなかった。
振り返ることなんてできなかった。

「これはちょっと、ひどいわ」

本当に、その通りだ。

優しい君を幸せにできるのは、やっぱり俺なんかじゃない。俺は傷つけるだけのひどい男だ。それも全部君はわかっているだろうけど。

「愛してる、っていうのは嘘じゃない」

――馬鹿だ、俺は。

神崎一弥



小森

今更叫んだ君への想い



 俺はヒーローだ。
 宇宙から着た侵略者たちから日本を守るため、全身を(おそらく)金属の装甲で包んだ、人間の等身大の二足歩行ロボットのような姿に変身して戦っている。
 変身した俺はやたら強くて、透明な身体の人間に似た外見の侵略者たちを、パンチ一発あるいは一蹴りで水風船のように破裂させることができる。
 どんな攻撃でさえもゲル状の体組織で衝撃を殺し、無効化してしまう侵略者たちに対して、俺という存在は人類が持ち得る唯一の武器であり、抵抗手段だった。

 今や日本中のだれもが知っている、文字通り国民的ヒーローな俺だが、ふだんはごくふつうの大学生にすぎない。
 うっかり専門科目の単位を落として留年しそうになったとき、怪しげな教授に「実験台になれば単位をやろう」と言われたのが、ヒーローになったきっかけだ。
 おかげでレポートにデートに変身に侵略者たちの撃退にと、非常に忙しい毎日を送っている。

 そんな俺の唯一とはいえないが最大の弱点は、正体がバレたら消滅してしまうということ。
 まあ、一介のぼんくら大学生によって日本が救われているなんてことが知られたら、この国は絶望と脱力の海に沈んでしまうかもしれない。
 どのみち、俺は正体を明かすわけにはいかないのだ。



 とかいいつつ、俺は軽く存在の危機にさらされていた。
 原因は、俺の恋人。
 講義中に侵略者の攻撃に遭い、あわてて変身して彼女だけを助け出した。
 今、崩れ落ちた大学の図書館の前で、彼女と向かいあっている。
 周りにはすでに、俺と彼女以外に動いている人間はいなかった。

「ヒーロー……さん?」
 彼女は俺の姿をじっくりと見回し、やがて小さくつぶやいた。
 俺はだまってうなずく。
 こんなメタリックでスマートな宇宙服みたいな格好をする男は、ヒーロー以外にいないと思うのだが。

「なんで、私だけ……助けて、くれたの?」
 彼女は目を伏せ、へその前あたりで組んだ手をじっと見つめた。
 きつく結ばれた口元は、本当は理由を知っているけれど言えない、ということを、語っているように思える。
 俺は、彼女に対してなにも答えることができなかった。
 変身後は顔をすっぽりと覆うマスクによって音声が変わるが、それでもしゃべり方の雰囲気によって、俺であることを悟られてしまうかもしれないからだ。

 心配性すぎるのかもしれないが、彼女には妙に勘のいいところがあり、俺はそんな彼女をおそれていた。
 侵略者たちを撃退するために、何度デートをドタキャンしたかわからない。
 そのたびに平謝りする俺を、彼女は笑顔で「いいよいいよ」と許してくれた。
 もしかしたら、彼女は俺がヒーローであることに、薄々気づいているのかもしれない。
 そして、今回彼女だけを助けてしまったことが、俺=ヒーローだと確信させる、決定打になってしまったような気がする。

「ねえ、ヒーローさんは、もしかして……」
 俺の予想どおり、彼女は顔をあげ、ゆっくりと言葉をつなげていく。
 その先に続くだろう名前が口にされるとき、俺は――。
 だけど、なぜか彼女の台詞をさえぎる気には、なれなかった。
 もう、これ以上、彼女に正体を隠し続けるのが嫌だったのかもしれない。

 俺が消えゆく覚悟を決め、仮面の下で目を閉じたときだった。
 すぐそばで、砂袋が地面に落ちたときのような鈍い音がした。
 あわてて目を開くと、透明なマネキンのような侵略者たちが砕けたコンクリートの上を這いつくばり、俺たちの方に迫ってくるところだった。
 その数、数十、いや数百……?
 いや、数えるのはやめよう。

 俺は彼女を背中にかばいながら、触手のようにぶよぶよとした両手を振りあげて襲いかかってきた侵略者を、力いっぱい蹴り飛ばした。
 一瞬にして、内圧に耐えきれなくなったかのようにして侵略者は破裂する。
 最初の一体がやられたのを確認するかしないかの内に、他の侵略者たちも俺に向かって襲撃を始めた。

 俺は両手両足を使って侵略者たちを壊しながら、振り返り彼女に向かって叫ぶ。
「逃げろ!」
 彼女は大きく目を見開いて、なにか言いたげに俺を見た。
 だけど、俺が「君がいたところでなにも変わらない!」と怒鳴ると、はっとしたような顔をし、どこかに向かって走っていった。

 彼女が視界から消えたのを確認すると、俺は全身で侵略者たちと向かい合った。
 これで、存分に侵略者をつぶせる。
 俺は四肢を振り回し、次から次へと侵略者たちを破壊していった。

 侵略者たちは、倒しても倒してもなかなか減らなかった。
 彼女を助けている間に、侵略者たちは仲間を呼んだのか、あるいは分裂したのかしたらしく、今までにないくらいの大群となって、構内を攻めにきたらしい。
 あるいは、この大学が俺の拠点だということに気づいて、敵も全力投球してきたのかもしれない。


 なにはともあれ、俺は一日中戦って、星の数ほどいると思えた侵略者たちを、なんとか撃退した。
 そして、この襲撃による犠牲者・行方不明者は、五百人以上にのぼった。

 結局、彼女も二度と見つからなかった。



 俺は、激化しつつある侵略者たちの襲撃の合間をぬって、たびたび大学跡地を訪れた。
 弔いの花束なんて、持っていかない。
 ただ、瓦礫の山に向かって、彼女の名前を叫び、返事を待つのだ。
 そして、もし彼女が現れたら、ヒーローは俺だと、今度こそ明かそうと思う。

 たぶん、彼女はもういないと確信しているから、そんなふうに思えるのだろうが。



小森




黒い人々、君はただ白い


「はぁ……はっ…」

もつれる足で階段を一段飛ばしながら駆け登る。
微かに光がもれている扉にすがるように駆け込むと、低い段差につまずき転がり込むように倒れた。
しかし焦るように立ち上がり、扉を閉めて気休めの鍵をかける、深い溜め息と共に崩れるように座り込んだ。


体が酸素を欲しがっているのを感じたが、そんなことを言っている場合ではない。

「はぁ…っ…何なんだよ」

昔から、俺には運がなかった。
一度道を歩けば10回を軽く越えるトラブルに出会う。
水溜まりにはまる事から始まり頭上から植木鉢が落ちてくる事まで……一度、鉄筋が落ちてきた時はさすがに生命の危機を感じた。

そして今回は、ただ歩いていただけなのに不良さまに絡まれてしまった。
理由は……あーっと、足踏んだとか?知らねぇよってゆう
人に絡まれるなんて事は初めてで、思わず謝って駆け出してしまったわけだが、年々トラブルの危険率が上がっているのはきっと気のせいじゃない。
それに比例して瞬発力が上がっているのもきっと気のせいじゃない。
……考えるのはやめよう……目をそっと閉じる、音にならない音を立てて

「だっ」

頭になにか当たった
ホント、勘弁して欲しい。

ぶつかったモノを見ようと目を向けると缶が落ちていた、犯人はコイツらしい。
しっかし

「“いちごみるく”ねぇ」

やけにピンク色が可愛い

「わりぃ、人がいたのか、大丈夫か?」

上から声が聞こえた、どうやら落とした真犯人のようだ、悪気は無いようで、まぁ普通そうか

「あ、はい、大丈夫で……す」

最悪だ
返事をしようと上を向けば

「中川洋次……」
「俺のこと知ってんのか?」

学校最強の問題児さまがコチラを覗きこんでらっしゃる

「おい」
「はい!?」

早く戻りたい、何事も無かったことにしてしまいたい

「大丈夫かお前」

くすくすと笑う姿はとてもじゃないけど凶悪な人間には見えなくて、それに……さっきのいちごみるく

「ぷっ」
「んだよ」

怪訝そうに眉をしかめる

「伝説の問題児が、いちごみるく……はぁっ、やべっ」

イメージ総崩れじゃないか

「はぁ?お前も登ってこいよ、名前は?」
「……相沢、満流」

関わってみないとわからないこともあるってことか



「そんな噂があんのかよ、最近の学生はこえーな」
「自分だってそうだろ」

出会って3日目、今日もいちごみるく……と言いたい所だが、今日はミルクティーの気分らしい。

一緒にいるほど、一個一個、噂が否定されていく。
元のイメージなんて見た目以外ひとっ欠片も残っちゃいない
ただの人当たりが良い、見た目不良な男子学生……いや、それは違うな、サボリ魔だ。

昼休み中、寝転がっている中川の隣に体育座りして時間を潰すのが日課になりかけている。

「よっと」

中川が思い立ったように立ち上がった、真っ白く脱色された髪が太陽の光に反射して、キラキラ光っている。
ミルクティーを一口飲むと、ポツリと呟いた

「屋上ってさ、良いよな」

そんなことを言った中川が少し可笑しくて、笑ってしまった
すると中川が不機嫌そうな顔で振り返った

「失礼な奴だな、直ぐ笑いやがって」
「ごめんごめん、で?」

溜め息を吐いて今度は真上を向く

「屋上にいりゃさ、空の一番近くにいられんだろ?」
「なんとかと煙は高いとこが好きだもんな」
「……うるせぇ」

俺も立ち上がって、すっかりすねてしまった中川の隣に立つ

「俺ってさ、トラブルに好かれてんだ」
「はぁ?いきなり何だよ」
「例えば、道を歩けばあら不思議、10回はモノが飛んでくる…見たいな」
「……ぷっ、はっ、す、好かれてんな!……マトリッ〇ス!?」

吹き出したと思うとしゃがみ込んでしまう……マトリッ〇ス?

「そんなに面白いか?」
「おまっ、そんな目で見るなよ、ふっ」

冷たい目で見ていることに気付いたらしい、俺も人のこと言えないのでそのまま続ける。

「だ・か・ら、ちゃんと空を見たこと無かったんだよ」

今、目の前に広がっている当たり前な空でさえ、しっかりと目にした記憶が無かった。
すでに笑いが止まっていた中川が俺の頭を小突く

「良かったじゃねーか、堪能出来て」
「おう」

目があって思わず笑った



曇ってる空を仰いで、屋上の扉から丁度死角になっているフェンスにもたれ掛かる。
暫くして中川が来て目の前に立つ。

「よぉ、なんで下にいんだよ」
「気分」

ふーんと呟くとカフェオレを口に運ぶ

「やっぱりお前か中川!」声がした方を向くと生活指導の教師がいた

「最近、お前が人を連れ込んでると聞いてな、相沢、お前使いっぱしりにされてるんだろ?」
「は?なにいって」
「だったらどうなわけ、せーんせ」
「中川!?」
「うるせぇよ」

缶の落ちる音して、それと同時に頬に衝撃が走って、倒れ込むのがわかった。
ようやく殴られたと理解した瞬間、追い打ちをかけるように腹に蹴りを入れられた

「黙れ、相沢」
「かはっ」

空いた缶の口から、止めどなく溢れるカフェオレを悲しそうに見ている中川は、ちらりと俺を見て、
やっぱり悲しそうに笑った

「お前やっぱり……!理由は後で聞いてやる、生徒指導室へ来い」
「はぁ?腕、離せよ、体罰でもすんの?せんせ」
「無駄口叩くな!早く行くぞ」

半分強制的に中川を引きずっていく

「なかがわっ……」

中川がこちらを見た

『   』

薄れていく意識の中
俺は黙って見ていたくないのに、叫ぶことすら許してもらえなかった。



目を開くと俺は保健室のベットに寝ていた。
あの教師が運んだらしい

『ク・ル・ナ』

そして確かに、中川はそう言った。
仲が良いと教師達に知られたら俺も目をつけられるのは目に見えてる、そうじゃなくても、見た目は不良と優等生だ、教師が聞く耳を持たない時点で結果は今と同じ……
だけど、自分から選択肢を潰して悪役になった、俺を、庇った。

「くっそ」

腹の痛みを無視して生徒指導室に向かうため保健室を飛び出す、保険医がなにか言っていたのも聞こえなかった。


「先生!」
「相沢か、大丈夫か?」
「中川は!あいつは俺を使いっぱしりになんか……」
「お前は良い奴だな、あんな奴を庇うなんて」
「違っ」
「でももう遅い」

ぐいっと俺の鼻先に紙を突き付ける

「何……退学届?」
「自主退学だ、いま出ていった、良かったな相沢」

教師は、楽しそうに笑った

初めて見た奴の字は、妙に弱々しくて、目の前にいる教師が憎くなった。
睨み付けて、生徒指導室をでる。
最初、初めて会った時のようになりふりかまわず走った。

屋上へ出た時、すでに外は真っ暗で時がたったのが感じられた。

でも暗闇の中に中川の姿はない、フェンスに乗り掛かって校門の方を覗き見る。

「中川!!」

後ろ姿が目にうつり、思わず叫ぶ。
中川は少し立ち止まって、俺の方に振り返らず、右手を上げて2、3回振るとまた前に進み始めた。
左手にはいちごみるく

「……」

カツンと小さな音を立てて、カフェオレの缶が足に当たった



あれから、中川と会うことは無かった。
何となく、そんな気はしていた
たった何日の付き合いで連絡先なんて知らないし、必死こいて捜すつもりもない。

ただ、一瞬の夢の様なのに、思い出は酷く強烈で、真っ白な残像を残していった。

あの時俺を庇ったあいつをあれ以上追いかける勇気も、止める勇気もなくて
現状をただただ受け入れてしまった。

悪いことはしていないのに、何故責められなくちゃいけないんだろう。
真っ黒な制服に包まれた生徒の中で、異様なくらい真っ白なあいつをそんなに気に入らなかったのか

止められなかった事が今更悔しくて、ぎゅっと目を閉じた。

──本当は、アイツが正しくて。俺らが間違っているんじゃないのか


ゆっくりと深呼吸して、目を開く。




俺は


空に一番近かった



黒い人々、君はただ白い



弥々



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