「行方不明の師匠を見付けだすこと」
──今年の目標は何ですか?
きっぱりと、迷いの無い口調でコルトが答えた。
「そして、逢えたら思いっきり、ぶん殴ってやるの」
これもまた迷いの無い口調で言い放った為に、フルールとリコリスが同時に目を丸くした。
クルーエルだけは無表情のままだったが、その眉間には僅かに皺が寄っている。
「ぶん殴るだニャんて、新年から物騒すぎるのニャー!」
「別にいいでしょ。1年以上何の連絡も寄越さない、師匠が悪いんだから」
ティーカップに注がれた紅茶を飲み干すコルト。
フルールが故郷から取り寄せたという、特製の茶葉を使って淹れたものだ。ほんのりと口内に広がる甘みに、ほっと息を吐く。
苦笑を浮かべるフルールに、不審そうな顔のリコリス、相変わらず仏頂面のクルーエル。
新年早々、妙な組み合わせでティータイムを過ごす事になってしまった、と秘かにコルトは思った。
しかしここは傭兵の集い場「Bar Blue Kid's」である。この場所ではままある光景なので、誰も口に出して突っ込むような真似はしない。
あのクルーエルでさえも慣れてしまったらしく、不機嫌そうな顔をしながらも、特に文句を口にしたりはしなかった。
「でも、心配なのよね、師匠さんのことが」
「……当たり前でしょ。年中のほほんお花畑の師匠が、余所様に迷惑掛けてるんじゃないかと思うとね」
「フニャー。素直じゃないニャ」
「分かったような口聞かないでよ」
誤魔化すようにティーカップを口許に運ぶコルトだが、既に空である事に気付く。
その様子を見ていたクルーエルが鼻で笑った。大方リコリスと言いたい事は同じなのだろう。
その余裕ぶった顔を何とか壊してやろうと、コルトの口から飛び出したのは憎まれ口。
「素直じゃないのは、あんただって同じでしょ」
「……何が言いたい」
「まぁまぁ、お二人とも。新年だし仲良くしましょう、ね?」
にこにこ微笑んでいるフルールも、コルトに言わせれば師匠と同じ、のほほんお花畑っ子である。
「うふふ。コルトちゃんも、自分で言っちゃったわね。素直じゃないのは同じ、って」
「……!」
──そのお花畑に思いがけない形で反撃され、言葉を詰まらせたコルトであった。
以前、フルールと共にリゾットを作った時も覚えた既視感が蘇る。
このお花畑にはかなわない……なんてコルトが考えているなどと、きっとフルールは夢にも思っていない。
穏やかな空気に絆されて、自然と素直な想いが、コルトの口を吐いて出た。
「……あたしは、師匠に逢いたいの」
あの時の不思議な暖かさを思い出し、コルトの表情が少しだけ綻む。
「逢えたら、思いっきりぶん殴って……それで、許したらまた一緒に、地味に暮らしていくの」
「コルトちゃん……」
「ぶん殴るのは譲らない。あたしの気が済まないから」
「そうね、それも、いいんじゃないかしら。師匠さんもきっと、笑って許してくれるわ」
コルトの物騒とも言える台詞に、さらっと同意を示すフルールだが、それが激励であることは、リコリスもクルーエルも十分に承知していた。
「力になれる事があったら、何でも言ってね、コルトちゃん」
「ニャー! 我輩も協力するのニャ!」
「手を貸してやらんでもない……あの時の借りは、必ず返す」
あの時──Dr.JK絡みの性格逆転事件を、クルーエルはまだ水に流せないらしい。
リゾットの材料費を出させたことだし、コルトとしては片付いたつもりだったのだが、向こうがその気ならば、せいぜい利用させてもらう事にしよう。
思いがけない形で励まされてしまって、コルトの顔に少しだけこそばゆそうな微笑が浮かんだ。
「…………ありがと」
「ニャ? 何か言ったかニャ?」
「何でもない。遠慮なく頼らせてもらうから、今後ともよろしくね」
(新年のスタートとしては、悪くないかもね)
微かな紅茶の残り香が、コルトの鼻腔を心地よく刺激した。