永久ノ恋


2016.12.5(Mon)11:18










手の首のアザ(一)では、吉岡のために自分用に高級なセーターと、破れた靴下を裏返しにはいていた吉岡に靴下をプレゼントしようと夜勤を10回してやっと千円を稼ぐ。しかしセーターを買いに行く途中でアルバイト先の中年作業員・田口()と子供を連れた妻とが金のことで口論になっているのを目撃する。一度はその親子を見捨て、先を急ごうとするが、子どもと母親とがまた口論になり始める。
〈風がミツの眼にゴミを入れる。風がミツの心を吹きぬえる。それはミツではない別の声を運んでくる。赤ん坊の泣声。駄々をこねる男の子。それを叱る母の声。吉岡さんと行った渋谷の旅館、湿った布団、坂道をだるそうに登る女。雨。それらの人間の人生を悲しそうにじっと眺めているひとつのくたびれた顔がミツに囁くのだ。
(ねえ、引き返してくれないか……おまえの持っているそのお金があの子と母親とを助けるんだよ。)
(でも、あたしは毎日、働いたんだもん。一生懸命、働いたんだもん。)
(わかってるよ。)と悲しそうにいう。(わたしはお前がどんなにカーディガンがほしいか、どんなに働いたかもみんな知っているよ。だからそのお前にたのむのだ。カーディガンのかわりに、あの子と母親とにお前がその千円を使ってくれるようにたのむのだよ。)(イヤだなア。だってそれは田口さんの責任でしょ。)(責任なんかより、もっと大切なことがあるよ。この人生で必要なのはお前の悲しみを人の悲しみに結びあわすことなのだ。そしてわたしの十字架はそのためにある。) 〉(遠藤周作・わたしが、棄てた、女・手の首のアザ)
ついにミツは千円札を渡してしまう。
自分の悲しみと人の悲しみを結びあわせ、彼女は祈ったのだ。憐憫の情に動かされ、自分の幸せを捨て去り、母親とその子の生活のことを思った。



吉岡は次第にミツのことを忘れてゆくが、ふと思いだしミツを訪ねるが、電話でハンセン病にかかった疑いで病棟へ移ることを告げられる。ハンセン病の疑いが晴れたミツだったが、結局患者のためにその病棟で働くことを申し出る。吉岡は出世のために取り入った恋人マリ子と過ごしている間、ミツは交通事故で事故死する。



 

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