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(二次夢:刀;歌仙)

※一次創作ブログなので一定期間後非公開にします。
※単語から飛んでいらした方は他のページには行かないでいただけると恥ずかしい思いをせずに済みます。私が。


・・・・・




 日が落ちるにつれて厚くなっていった雲が、ついに水滴を落とし始めた。額に最初の一滴を受け止めてしまえば、もう足を早めても意味はない。庇うように翳された左腕の向こう、歌仙が呟くのが聞こえた。

「間に合わなかったか」

彼の声に咎める響きはなかったが、思わず身をすくませてしまう。黄昏時、人気のない畦道、さらに雨まで。わたしがもう少し出来た審神者だったなら、こんなことにはならなかったのに。

 †

 その日は政府主催の会合があった。情報交換だの懇親だのを名目に、政府の担当官や協力者、他の審神者が多数集まる会合だ。駆け引きとか公の場とか、それ以前に外に出ることが苦手なわたしには、難易度が高すぎる催しだ。当然断ろうとしたが、「新人として顔を売っておけば本丸の待遇が良くなるかも」との噂を聞けば重い腰を上げざるを得ない。腹をくくって歌仙兼定に護衛もとい付き添いを頼み、留守を任せた面々に涙ながらに見送られてやってきた。が。

「無理」

情報交換とは名ばかりの自慢合戦も、懇親とは名ばかりの下心を透かしたやりとりも、嫌悪を通り越して身がすり減るような疲れを感じる。世間とはこんなものなのだろうか。昼時から始まって一晩泊まる予定になっていたが、とても耐えられそうにない。夕刻になって「帰ります」と弱々しく宣言したわたしに、歌仙は苦い顔ひとつせず、担当と話をつけてきてくれた。

 †

 手元の明かりを頼りに、地面を見つめてただただ歩く。雨とともに情けなさまで身体に染み込んでいくようだと気持ちを沈ませていると、ふいに歌仙が声をあげた。

「ああ、小屋がある。雨宿りさせてもらおう」

 農具が仕舞ってあるのか休憩所として使っているのか、木造の小屋がぽつんと立っていた。軒先に入ればとりあえず雨はしのげそうだ。手拭いを差し出しながら、歌仙がふうと息を吐いた。

「すまない、濡れてしまったろう」
「いえ、でも、わたしより歌仙が、」
「僕は大丈夫さ」

彼は事も無げに言ったが、見上げると、日頃はふわりと柔らかい藤の髪がぺたりと顔に張り付いてしまっている。それをわずらわしげにかきあげた様子は、なんだか、妙に色っぽく、っていやいや。浮かんだ感想を振り払うように慌てて目をそらして、わたしは重い口を開いた。

「今日は、ごめんなさい」
「……?」

歌仙ひとりの歩調なら、雨が降るより先に町に着いたはずだ。わたしがあの会合の場に馴染めていれば、明るい道を帰れた。こうして雨の夜道を行くはめになったのはすべてわたしのせいだ。そもそも今回のことだけでなく、わたしにもっと力があったなら、きっと皆の頑張りにも応えることが出来るのに。つらつらと言葉を連ねると、傍らの歌仙は目を丸くした。

「そんなことを気にしていたのか」

それから彼は目元を和らげ、優しい口調で、

「我が主に外交なんて最初から期待していないよ」

……うん?

「それに、あの場所は僕にとっても居心地のいい空間ではなかったからね。君から言い出さなかったら、無理にでも拐って帰ろうかと思っていたところだよ」

悪戯っぽく笑ってみせた。さらりと続けられた言葉の中には、いくつか聞き捨てならない箇所があったが。それもこんなわたしを励まそうという彼なりの配慮なのかと思えば。甘やかされている自覚に、急に気恥ずかしさを感じて、誤魔化すように暗い空を見上げる。

「雨、止まないね。少し中で休ませてもらえるかな」

身体の向きを変えて、小屋の戸に手をかけた。鍵などは掛かっていないようで、少しの抵抗のあとガタガタと音を立てて開いた闇の中から、キラリと何かが飛び出した。

「主ッ」

え、と声を上げる間もなかった。歌仙の鋭い声と、肩を掴んだ彼の強い手。目に焼き付いた白刃の残像の向こう、黒い靄がすうっと溶けるのが見えた気がした。一拍置いて鼓動が早まる。

「いまの、は……?」
「さあ、なんだろうね」

目を白黒させるわたしとは対称的に、歌仙は冷静に刀身を納めた。

「……もしかしたら、君を喰おうと待ち構えていたのかもしれないな」

その声は先ほどまでと打って変わって冷たく響いた。伏せられた瞳からも温度が感じられず、ぞくりと身体が震えてしまう。わたしは世間を知らないが、世間以上に、知らなければならいことがあるようだ。降りやまない雨の中、彼は文系を自称して不敵に笑った。

「僕は文系だけど、君を鬼なんかにくれてやるつもりはないからね」

――末永くよろしく頼むよ、主。





・・・・・


教科書にも夢が詰まっていたあの時代。
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