※了佐とか知ってる人少ないだろうけど名だけでも広めたいと考えt(ry
こんな時代だ。薄情であることが正しい世論。
それを拒むのは恐らく愚か、だと思う。
(字が…思った通りに書けない。つもりはなくても無意識下の中で弛んでるのかなぁ、やっぱり)
自分の室内に、ましてや自分の目の前に黒田官兵衛がこうして座しているというのは怪奇的な現象であると安威城の城主である安威了佐は思った。こうしている今、了佐は官兵衛に長歌を綴っているわけだが、自分が思った以上に文字列に緩さを感じてしまう。つい先日、越前和紙を調達したというのにあまりにも紙に対し無礼だと自責の念に駆られた。
彼が城に訪れたのは二刻ほど前だ。正直、竹中半兵衛を介さずに官兵衛と交流する機会がなかったため、来客の珍しさに城内が騒いだのは言うまでもない。訪れて早々、"歌を書いてはもらえないか"と頼んでくる客も滅多にないだろう。了佐からしたらそれは嬉しいのが事実であるが。
「…シメオンさんは、何をしにこの城へ訪れたのでしょうか」
「切支丹の名で呼ぶのは控えよ、シモン。その嫌味な言葉遣いも気に障る」
「あ…ひどいな官兵衛さん。でもその名で返す――と、いうことは伴天蓮関係の話になるのか。コエリョさんの件ならまだ…」
「否、それだけではない」
官兵衛の言葉に思わず"は?"なんて間抜けな声を出してしまい、うら恥ずかしさから慌てて口許を隠しても時既に遅し。特に気に掛けた様子もなく表情も変わり映えしないことに、了佐は安堵してすぐに自分の口許を解放した。
ぼたり、と筆の毛先から墨が落ちた。白色が黒を侵食するように、じわじわと広がっていく様を了佐は気にも留めずただ傍観する。見え透いた嘘など吐いてもこの人には通じない、虚勢を張ったところでお得意の鋭い指摘で貫通されるのだと改めて感じ取った。
半兵衛が亡き者となり、また了佐が仕えていた秀吉もこの世から去ってしまった。それが右筆としての了佐の腕を鈍らせている原因であるのは、周囲はおろか本人も理解している。官兵衛は城に足を踏み入れた時点でそれを読みとったのだ。
自分が慕う者は皆、土に還っていく。元右筆であり、また元奏者である了佐ができることは限られていて、それも一つの原因となっている。
字を生み、歌を生み、時には音を奏でる程度しか成せないことに無力さを感じてしまう。だから、秀吉亡き後に契りを捨てた伴天蓮コエリョを自らの手で斬ろうと考えた。自分が切支丹であるがゆえに下した決断のはずが、最近になって感傷を抱き始めてしまったのだ。了佐自身、そのことに非常に驚いた。
「確か、官兵衛さんは半兵衛さんを看取ったんだっけね」
「そうだ。笑いながら寝ているようで不気味だった」
「笑いながら亡くなるなんて半兵衛さんらしいというか…手前、ちゃんと挨拶したかったな…」
「…卿は秀吉殿を看取ったのだろう」
「手前の主で、手前はその右筆だから…かな。傍にいるのは当たり前だったから…奥方様より傍にいたのは事実だけど…」
「…………」
「なんか、こうしてると官兵衛さんも手前より先に逝っちゃいそうで怖いな。コエリョさんも斬らないといけないから……あーなんだろ、官兵衛さんの嫌いな感傷ってやつだなこれ」
あはは、なんて空笑いして筆を無造作に和紙の上に置けば後ろにごろんと倒れた。ふ、という官兵衛の溜息が耳に届いたことで僅かな安堵と正体不明の恐怖心からまた了佐は笑った。
これ以上、こんな話をしていても終わりはないと二人は判断した。笑い声は自然と嗚咽へと変わり、視界を塞ぐように手を添えながら声を抑えては堪えた。自分の中で一線を越えぬように。
「年甲斐ないな、了佐」
「城の人には内密にしてくれないかな、官兵衛さん。これ以上威厳無くなったら手前…城主としていろいろ問題が…」
「卿の信頼性など興味ない」
「相変わらず性格悪いなぁもう。だから若い人と上手くいかないんだよ。斬られちゃうよそのうち、いやたぶん明日とか清正さんあたりにぐっさりと!」
「上等だ」
(本気で心配してるんだけどなぁ)
立ち直って歌を書き直すからさ、それまで生きてよ。
生きてまた、その顔見せてほしいんだ。官兵衛さん。
慕ってる人がいなくなって生き続けるの、苦労するんだからさ。
end
※官兵衛さんは優しい。ただそれを見せないすごく不器用な人っていう。