曼珠沙華


まだ半熟です。
13/07/17 20:31

 お父さん、私はたぶん今すごい貴重な体験をしてるよ。すっごくスーパースペシャルな。
 部屋にはバターの混ざったちょっとだけ甘い玉子のいい匂いがしてて、すん、と思わず鼻を鳴らすと同時に目の前でふくふくと金色に輝くオムレツが宙を軽やかに一回転してフライパンに着地した。
 誰がフライパンを握ってるかって? 聴いて驚け、なんとアルヴィンなんだよ! ね、驚きでしょ?!
 アルヴィンの料理姿なんて私も初めて。しかもたかがオムレツ、されど…って感じで侮れない腕前。
 もちろん私が作ろうって思ってたんだよ? けどふと気が向いて、アルヴィンって料理しないの? って訊いたら「できるぜ?」ってきょとん顔で言うから、そしたら思わずやってみてってなるじゃない?
 何しろ前の旅からアルヴィンが料理してるところって見たことないもん。だからてっきり外食ばっかりなのかと思ってたら、全然そんなことない。貴重な体験であると同時に焦りを感じるには十分な手際を今私は見せつけられているんだよ……!
 危なげのない所作には雑談をする余裕すらあるみたいで、アルヴィンは料理しながら色々と話をしてくれてる。
「まあお察しの通り俺は外食が多いから殆ど作ることはないんだけどな。傭兵なんかやってた時はなー、野宿も当たり前になるし、そしたら携帯糧食とか味気ない食事が多い訳よ。栄養はあるけど不味いっていう。状況的に文句も言えないし平気にもなってくんだけど、たまに無性に美味い手料理食いてーって思う訳。けどそう思っても作ってくれる人はいなかったからな」
 そしたら自分で作るしかないだろ? かちんとコンロの火を止めてフライパンをちょっとゆするアルヴィンの後ろに何だか玉子よりもっと眩しい金色のオーラが見えるかも知れない。ううん、見えるよ、見える。
 そりゃ、以前は嘘吐きで裏切りキャラで子供っぽくて残酷なくせに優しくてその優しさっていうのも世渡り上手な上っ面から心底深い思いやりまで幅広く取り揃えてありますとか勘はいいし器用だしかと思えば不器用なとこもあったり容姿だって随分整ってて(イケメンだよね? あんまり意識したことないけど)でそこはやっぱり自覚があるらしくはっきり言って女たらしなんだけど変なとこ真面目で意外にギャンブルもしないしナイーヴで結構傷つきやすくて割とネガティブ思考だってことまで。
 かなりアルヴィンのこと知ってるつもりだったけど、またも発見してしまった。
 料理も上手なんだって……!

 どうしよう。アルヴィンってかっこいいのかも。

 私はすっかり癖になってしまったメモを取るポーズでアルヴィンをただぼーっと見ていた。エプロンなんかは流石にないから、ジャケットを脱いでタイ代わりのスカーフも外して首元を寛げた姿に色気みたいなものを感じてしまう。うん、このあたりジュードとは全然違う。
 あれ、私何考えてるの、確かにかっこいいはかっこいいけど!
 はっと我に返ってどうしてか急に焦って俯き、見下ろしたメモにはミミズののたくった様な意味不明な書き込みがあって、茫洋とした脳裏で考えていた事を書いたのだと思えばレシピでもなんでもないのだろう。というか、今の時点でも全く読めない。寧ろ何を書いたかも既に覚えてない。
 ……取り敢えず。
 ”エレンピオスでも有数の富豪の嫡子でアルクノアのスパイで傭兵で今は商人のアルフレド・ヴィント・スヴェント氏の新たな魅力!!”
 そんな埒もない見出しが浮かんだ。
 旅仲間ではルドガーがぶっちぎりで料理上手。それにジュードもなかなかのもので、専ら二人がご飯を用意してくれるから(私も手伝いはするんだけど、アレンジが斬新すぎるからって私メインで作らせてくれることはあまりない。失礼しちゃうよね!)アルヴィンも宿を取らない限りは見張りを請け負うから、本当にこんな一面があるなんて知らなかった。今日だって訊かなきゃ一生知らずに終わってたのかも。
「……レイア?」
 またぼうっとしていたらしく、おーい、と顔の前で手を振られて、私は慌てて「うん!」と元気よく返事してしまった。
 アルヴィンがどうしたんだよ、と言って可笑しそうに喉を鳴らした。
 銃をくるりと回してホルスターに仕舞う姿はよく知ってるけど、それと同じくらい軽やかにお皿を手の上で回してぽんとオムレツが乗せられる。焦げ目のない真っ黄色な綺麗な木の葉型のオムレツ。ルドガーがよく作ってくれるトマトオムレツ(エルはトマト抜き)にも見劣りしないくらい美味しそう。
「おいしそう〜!」
「今朝の採れたてだしな、味も濃いと思うぜ」
「おばさんにお礼言わないとね!」
 アルヴィンの取引先の取材に出向いたニ・アケリアで気前よく産みたての卵を分けてくれたおばさんに感謝! 別の取引先にも用事があるからって早めに切り上げてシャン・ドゥに宿(アルヴィンが仕事でたまに利用してるらしい長期滞在者向けのキッチン付きの部屋)を取ってたんだけど、どっかに食べにいかずに自炊を選んだのも寧ろよかったかも!
 そんな風に考え事をしてたらオムレツに掛けるのにケチャップとクリームソースとどっちがいいか訊かれたのでクリームと答えると、アルヴィンは了解と言ってクリームソースをかけ、その上からナイフでチーズの塊をさくさくと削って落とした。
 ふと、ナイフを扱う手が素敵だと思って見蕩れる。剣と銃と、アルヴィンはずっと戦いの中で過ごしてきたから、確かに剣胼胝や厚くなってしまった皮、変形してしまった爪で見た目はそう綺麗な手ではないかも知れない。だけど節ばった甲だとか長い指だとか、やっぱりアルヴィンには男の人特有の色気があって、何だか……。
 またも我知らずまじまじと見ていたらその手でひょいとチーズの欠片を咥えさせられた。
「……ッ」
 思わず声が出そうになったけどチーズが落ちそうだったから何とか耐えられた。だけど心臓は慌ただしく跳ね回る。
「おまけ。さ、食おうぜ」
 一方のアルヴィンは私にチーズを寄越した指をぺろりと舐めてにこっと笑った。な、なに、いきなり素手でそんな触れられ方したらびっくりするじゃん!
 どぎまぎしながらも温かいオムレツのお皿を受け取るとテーブルに並べる。遅めのランチはニ・アケリア産のシンプルなプレーンオムレツ、これもアルヴィンが作ってくれたハ・ミル産のサラダと、やっぱりニ・アケリア産の玉ねぎと豆たっぷりのコンソメ。バゲットまではアルヴィンは流石に焼けないらしくて買ってきたけど、温め直したらほこほこでいい匂い。
 でもちょっとアルヴィンには小食じゃない? って訊いたらお昼にあんまり食べると眠くなるから控え目なんだって。商売始めてからその辺も少し変わったみたい。取材メモにメモる……事ではないけど、こんな酷く些細な事でも何となく覚えておこうと思う。そう、何となく。
「いただきまーす!」
「素材はいいけどルドガーには敗けるからな。文句言うなよ……って食うの早いな」
「そんなことないよ! すっごい、美味しい〜」
 意外性も手伝ったけど、本当に感動の美味しさ! ふかふかのオムレツは真ん中にナイフを入れて割ってみたら半熟で、クリームソースと混ざり合ってとろとろ。シンプルだけど、卵の甘みだけじゃない。これは何だろ……隠し味かなあ、後で訊いてみよう。サラダはドレッシングに使ったパレンジの酸味が効いて、甘めの味付けのオムレツによくあってる。スープも豆と玉ねぎに胡椒がアクセントの優しい味わい。思わず笑顔になる私を見てダイニングテーブルに向かい合ったアルヴィンも目元を和らげた。
「そりゃよかった」
「え、う、うん」
 それを見てまた鼓動が跳ねる。何でなんで、だってほんとにアルヴィンは優しくなったよすごく。嘘も吐かなくなって、ほんとに心許してくれたんだなって嬉しかったのはそうなんだけど、こんな風に笑いかけられて落ち着かなくなるのってなんで、
「レイアは今日の夜のご予定は?」
 料理の感想とは全然関係ない、何に対してか分からない言い訳めいた思考がぐるぐるしだした私に、アルヴィンは出し抜けに切り出した。
「え、私? ニ・アケリアの取材はさっき終わっちゃったし、これからイル・ファンの取引先も一緒に取材させてもらう約束でしょ? それが終わったら私も空いてるけど」
「お、じゃあ夜は出かけねえ? 霊勢が変化してる所為かイル・ファンの夜空の色もちょっと前と違って見えるらしいぜ」
「へえ! いいよ、行く行く」
 イル・ファンの夜景は大好きだから、それが違って見えるんなら見てみたい。目を輝かせた私にオッケ、じゃあデートだな、って言って溶けるようにアルヴィンが笑う。
 ぎく、また落ち着かなくなる。何か私変だ。アルヴィンと二人で出かけるなんて仕事でなくても別に初めてじゃないのに。だって、こんなのって。
「ごちそうさま」
 アルヴィンが食べ終わってきちんと挨拶するから私も慌てて最後の一口を飲み込んでごちそう様を言う。
「美味しかった! ありがとアルヴィン。びっくりしたよ」
 お皿を下げながらお礼を言ったらどういたしまして、とテーブルを拭きながらの返事。うん、さっきから私変だけど、内心の動揺を悟らせないくらいにはちゃんと会話できてる、よ、ね……?
 スポンジに洗剤を付けてお皿を洗い出した私は、だけどまだまだ油断していたと直後に思い知る。
「こんなもんでよけりゃいつでも作ってやるぜ。けど皆には内緒な。俺、大人数分は作れねえから」
 え、それって。
「二人だけの秘密♪」
 不意打ち。
 わざとらしくウィンクとかされて明らかにからかわれた。だけどからかわれたんだとしても二人の秘密は嬉しいって思ってしまった心が鼓動をまたおっきく打って、それがどういう事か自分で理解する間にも熱くなっていく顔をどうしようか困って、私は結局顔を隠す為に俯いた。取り落としかけたお皿を辛うじて掴んでそっとシンクに置くので精一杯だった。思わず大きな声で誤魔化す。
「もう、からかわないで、布巾も一緒に洗うから持ってきてよ!」
「はいはい。ってーか、いいぜレイア。俺が後で片しとくから」
「いいよ。ごちそうになったんだしこのくらい……」
「いいから」
「っっ!!!?」
 今度こそやばかった。ふぎゃって声出そうになった。だってごく自然に私の腕を掴んで手に付いた泡をアルヴィンが流していくんだもん。ちょっと、だから、普通そんな風に触れる? いや、でも私もアルヴィンに香水変えた? とか言って傍に寄って匂い嗅いだりした事もあるけど、その時のアルヴィンの顔が微妙に赤かったのって、そっかそりゃ照れるよね。あれ、でもそれってどういうこと? それに今もちょっといい匂いする。何の香水だろって……ああああだからもう、近いよ!!
「わ、わかった、アルヴィンにお願いするっ」
 手を振り切って語尾と一緒に飛び跳ねるように後ろに退がった私にアルヴィンはぱちくりと瞬きした。
「どした? 手え濡れたまま、」
 ねえ!? 女たらしなのに分かんないのかな!? それとも私が眼中にないから!? 哀しいような助かったような気になりながら私は引き続き大声を出す。
「そういえばっ、取材の時間てもうすぐじゃない!? 私荷物纏めてくるから!」
「荷物って言ってもさっきニ・アケリア行った時のままでドアの前に置いてただろ? それにまだ時間は――」
「いいから!」
「お、おう」
 ばたばたと出入り口にに向かい、はーっと大きく溜息を吐く。これじゃ完全に不審者じゃない。ハンカチで手を拭く。水はハンカチに吸われていったけど、アルヴィンに掴まれた場所は熱を持ったまま。まだまだばくつく心臓と同じ速さで靴を履く。アルヴィンがこっちに来たのに合わせて扉を開け放った。
「ほら、早く行こう! クライアント待たせちゃダメだって!」
「分かったから待てってレイア」
「もう、早くー!」
 一方的に置いてきておきながらアルヴィンを急かす。だけど私は逃げるように駆けた。どうしようどうしよう。だって私、これって、絶対。食べ物に釣られたような感じだけど……ってそうじゃなくって! これで夜景なんて見に行っちゃったらもう、ね!?
 こんがらがった思考をどうにもできず、私はGHSを取り出した。


 ――お父さん、どうしよう!? 私、ジュードじゃなくなっちゃった気がする!





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件名:半熟なの!

まだ! オムレツも、私も!
……なんだけど、
でもこんなのきっとすぐ火が通っちゃうよ!
どうしようっ!? お父さんっ(*>Д<)


「……なんだこりゃ。……レイアに火が通る? 火傷!?」















以前アルレイwebアンソロ(http://alxle.web.fc2.com/)に寄稿したものです。普段書かないノリの話で今ではまともに読み返すこともできないくらい恥ずかしい。アルヴィン視点の半熟ラバーズと対になってまして、すごくラブラブです(当社比)
つうかなんでオムレツで惚れてるんだ…。実家でうまいもん呻る程食ってきたろ。
アルヴィンは料理しないと思うけどw 料理できるんだとしたら最大限利用して女の子を落としていると思います。
因みに、このアルヴィンもオムライスとかハンバーグとかカレーとかお子様メニューしか作れません。そういう飢えです。
アルヴィンの「おたく」と「お前」の使い分けが好きです。お前って滅多に言いませんよね。






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