SsSの処方箋


Rudbeckia
2014.11.24 11:02



*whisper soft nothing



前の事件の報告書の提出、いくつかの書類の確認、個人的な調べもので使う事件資料の持ち出し許可。



脳裏で予定を確認しながら、キーボードを軽快にガダガダと打ち込んでいく。すっかり冷めたコーヒーを啜りながら、朝からひたすら書類の作成に勤しんでいた。



「――あ、誤字。漢字が違うよ」



部下の伊月が淡々と言った。
一瞬、自分のことを言われたのかと思ったが、彼女が立っているのは日向のデスクの後ろだった。



「う、……おう」

「いつまで経っても苦手だねぇ」

「ぐぬ……パソコンなんか出来なくても死なねぇだろ」

「公務員としてダメだろ。あとココは改行ね。見ずらいから。あ、こっちも誤字」



さすがパソコンに精通した情報捜査員だ。軽く覗いただけで、よく見つけ出せるものだ。



バンバン指摘されているのは、同じく部下の日向だ。現場行動力は俺の部下の中で群を抜いているのだが、如何せんデスクワークには難点が多い。



奴が提出してくる報告書や始末書には、悪戦苦闘の爪痕が数多く残されている。奮闘は買うが、チェックする側としては『もう少しがんばりましょう』の判子を押したくなる。



「あークソッ、……頭痛くなってきた。お茶買ってくる」

「俺、カフェオレー♪」

「はいはい」



平素からこれだけ仲睦まじいカップルのクセに、対策室外の人間からは全くバレていない。伊月を誘おうと躍起になる男共も、日向を影から見守る女共も、あの二人がどう見えているのやら。



何にしても平和で結構なことだ。凝り固まった肩を伸ばし、一息吐く。俺もコーヒー頼めば良かった。



「……ん?」



作業に没頭していた時は気付かなかったが、廊下が騒がしい。
いつもよりざわめいていると言うか、女子特有の甲高い声のさざめきが耳につくというか。落ち着きのないザワザワした気配が扉一枚隔てた向こう側から響いていた。



「なんか騒がしくないか?」

「そうですか?ああ、でも言われて見ると五月蝿いですね」



日向のデスクに我が物顔で腰掛けた伊月が首を傾ぐ。自分のパソコンはデータ処理中のため、暇をもて余していたのだ。



「どっかのバカに銃でも持ち出されたかな」



軽く冗談を言いながら、凝り固まった肩を回した。目を酷使すると肩にくる。



「室長も休憩ですか?」

「ああ。さすがに朝から座りっぱなしはキツい。日向ほどじゃないが、俺も内勤苦手なんだよ」

「室長はドッシリ構えるのが仕事でしょうに」



クスクスと伊月が控えめに笑った。女の俺から見ても、単純な動作一つ取っても、彼女は色っぽいと思う。



「漬け物石にはなりたくねぇなー」



ぼやきながら今度は首を回すと、バキバキと骨が鳴った。身体動かしたい。組み手でも付き合わせようかと思っていたところに、ちょうど日向が戻ってきた。手にはブラックコーヒーとカフェオレの缶が握られている。



「お疲れっす」

「おう。あのさ、」



組み手を頼もうとした矢先、開いた扉の向こうから、悲鳴のような複数の女の歓声が上がった。



「五月蝿いな。何かやってんのか?」

「あー、なんかモデルの黄瀬涼太が来てるとかで女子たちが……」



―――ガタンッ!!



勢いで立ち上がったため、キャスター付きの椅子が背後の棚に激突した。メンバーの誰かが集めているモンスターの食玩がボロボロと床に落ちた。



「へ?……室長?」

「あ、いや……何でもない」



きょとんとした日向にそう言いながら、座り直そうとしたが、脳が混乱して身体が動かない。



今日、奴がココに来るなんて何も聞かされてない。何でわざわざこんなところに来てるんだ。よもや通り掛かったからなんてバカな理由じゃないだろうな。



グルグルと思考を巡らせたが、拉致があかない。



「………………ちょっと…、いや、俺もコーヒー買ってくるわ」

「え、あ、行ってらっしゃい」



こめかみを押さえながら対策室を出る。



「……意外。室長って黄瀬涼太のファンなんだ……って、お前は何でそんな爆笑してんだよ」

「ぶはっ!もーっ、やめて日向!お腹痛いーっ!」



背後で不名誉な誤解と、部下の裏切りが生じていた。伊月はこの事を知っていたようだ。事件の不利益に関係ないことだから黙っていたのだろう。親友が言うところの『聞かれなかったから』だ。
情報屋ってのはこれだから。



それよりも今は黄瀬だ。
妙なことになっていないか様子だけでも見ておかなければ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


伊月の腹筋崩壊。


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