SsSの処方箋
Rudbeckia
2014.11.26
03:33
*whisper soft nothing
*
黄瀬がいる場所は容易に特定できた。圧倒的に女性数が多い人混みが取り囲んでいる中心にいたからだ。というか、よりにもよってエントランスの一角を陣取っていたから大変目立つ。
輪の後ろから背伸びをして窺うと、広報部の人間と黄瀬のマネージャーがヤツを囲んで立ち話をしているようだった。
仕事の邪魔になるのは避けたいが、やっぱり生の芸能人がいるとあって気になってしまう。妥協案として女の子たちはソワソワと遠巻きから眺めることしか出来ないらしい。
広報部と話しているなら、当然仕事の為に出向いているのだろう。何かやらかしたワケではなさそうだ。
(しかし……)
「すっごい、キセリョだよー、ヤバい超カッコいいっ」
「足長ーい。あれ私服かなぁ?センスいいね」
「メガネ可愛いー!こっち見ないかなっ」
こういった反応を目の当たりにすると、改めてアイツが芸能人なんだと実感する。中身はただの駄犬だというのに。
自分の知らない人、みたい。
今更それを寂しいとは思わないが、そこはかとないむず痒さの様なものは感じる。恋人のそっくりさんを見ているようで、落ち着かない。
(……ま、仕事で来てるって分かりゃいいや。帰るか)
踵を返し、その場から離れようとした俺の背に、しかして呼び声が掛かった。
「笠松さんっ!?笠松さんじゃないっスかーっ!」
この集団から見つけ出したのは素直に驚いたが、あの野郎、往来でわざわざ呼ぶんじゃねぇよ。
聞こえなかったフリで、振り向かずに立ち去るという選択肢は、周囲から一斉に集まった視線によって却下された。
仕方なく振り向くと、黄瀬が無邪気にはしゃぎながら手を振っていた。口では『笠松さん』と他人行儀に呼んだものの、キラキラと輝かせた瞳は『幸さん、幸さん』とやかましいほど呼んでいる。
周りがわざわざ道を開いたので、これはもう挨拶をせざるを得ない。観念して、開いた道を進む。
「お久しぶりですね、黄瀬さん。ご活躍は耳にしています」
完全な接待モードで恭しく頭を下げた。嬉しそうにしてんじゃねぇ。
面識のある男性マネージャーが『スミマセン』と目で謝りながら、一礼した。黄瀬はともかくマネージャーが謝る謂れはないので、こちらも『気にしないでくれ』と目で答えた。
「笠松室長、黄瀬さんとお知り合いなんですか?」
広報部の女性が興奮気味に瞳を光らせた。
「以前、事件の関係で少しな。テレビではお姿を拝見していましたが、お元気そうで何よりです」
「いやぁ、その節はお世話になりました。笠松さんにはいくら感謝しても足りないくらいっス!」
「いえいえ、当然のことをしたまでですから」
――妙なこと喋ったら殺す。
笑顔を浮かべながら、冷たい空気で牽制する。黄瀬が承知してると言いたげに、笑ったまま唇の端を引きつらせる。
「そうそう、笠松さん聞いて下さいよっ!、俺、今度一日署長やるんスよっ」
俺が言葉を返すより速く、ギャラリーから歓声が上がった。
「あははー、どうもどうも」
「涼太、なるべくバレないようにと言っただろ」
「わちゃー、そうっしたね。スンマセンっ!」
マネージャーに叱られても、全く動じていない。彼の重い溜息が不憫でならない。
「笠松さんも見に来てくださいっス。コスプレするんで!」
「そうですね、予定が合いましたらぜひ」
「えーっ、絶対来てくださいよぉ。あ、なんならこの後、懇親会があるんでご一緒しませんかっ!?」
コイツはまた飄々と。
仮にもメディアに映る人間が馴れ馴れしく女に話し掛けてどうする。
腕時計に目を落とす仕草の後、控えめに眉を下げて見せる。
「すみません、お誘いは嬉しいのですが仕事を抱えてますので遠慮させて下さい。では、部下を待たせているので、これで」
やや早口に述べ連ねて、黄瀬が引き止める間もなく立ち去る。これだけの大衆に囲まれているのだ。妙な噂を立てられない為には、冷たすぎるぐらいが丁度いい。
ただ、家に帰ったあとで拗ねた黄瀬をあやすのが面倒だな、とは思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この二人の出会い編も一応あるんです。
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