SsSの処方箋
Rudbeckia
2014.11.21
03:02
*Lady"Alice"
*
「「ごちそうさまでした」」
綺麗に平らげ、空になった食器の前で、二人揃って合掌した。
秋刀魚の塩焼きと、カブと水菜のサラダ、ひじきと五種豆の煮付け、ふっくら炊き上がった白米、大根の味噌汁。嗚呼、和食万歳。
「福井の料理はやっぱり美味いある。私は幸せ者だ」
「そんなに誉めるなよ、照れるわー。デザートに黒胡麻プリンと葛切りがあるぞ」
バカップルの会話だなー、と自覚しつつ食器を片付け始める。
間取り2K、デザイナーズマンションの四階角部屋が劉の住居である。駅からも近く、俺が通うこと前提で決めた優良物件だ。
「手伝うアル」
「サンキュ。じゃあ、テーブル拭いてくれ」
グリーンの濡れ布巾を渡し、スポンジに洗剤を染み込ませる。数回スポンジを握ると、オレンジの香りが台所を満たした。つい数日前に硝煙の只中にいたとは思えないほど長閑な日常風景だ。
「終わったアル」
「おう。したら座ってていいよ」
テレビでも見てろという意味合いだったのだが、劉は洗い物をする俺の真横にストンと腰を降ろした。愛想のない猫みたいだ。こういう時、一つ下の恋人を愛しく思う。
「あーあ、今年のクリスマスも海外になりそうだな」
「その言い方だとリア充っぽいアル」
「ははっ、そうだな。実際は戦場のメリークリスマスだけどな」
「年越しぐらいは日本にいたいアル」
「激しく同意。炬燵でゴロゴロしてたいよなぁ」
蛇口を止め、濡れた手を拭いてから、煎茶を淹れる。茶葉を蒸らして湯呑みに淹れるまで、劉はその場から動かなかった。
「ほら、あっち行くぞ」
合図するとようやく腰を上げて、のそのそと後ろから着いてくる。
黒のソファーに並んで座り、そのままズルズルと劉の膝に頭を預けた。
「福井、猫みたいアル」
「んー……食ったら眠くなるんだよ」
適当に映ったテレビ画面では、アイドルとお笑い芸人がアウトレットモールでロケをしていた。家の近くに知らない興業施設が出来ていることに、少なからずショックを覚えた。
「このアイドル知らない。つか若い娘みんな同じ顔に見える」
「年寄り臭いアル」
「あんだとコラ」
他愛ない話をして、ダラダラと時間を浪費していく。こんなにのんびり出来るのは久し振りだ。気が緩んで仕方ない。大きな欠伸を無遠慮にすると、劉が呆れて肩を竦めた。
「福井、寝るなら風呂入ってからにするアル」
「まだ寝ねーよ。折角、二人でいれんだから」
寝転んだまま、ポニーテールに結っていたしていた髪紐をほどくと、少し癖毛気味で色素の薄い象牙色の髪がハラリと広がった。
指先を真上に伸ばして、劉の唇をなぞる。劉はグッと息を詰まらせながら、薄く唇を開いて、指を食んだ。
「擽ったい」
「……自業自得アル」
「悪いとは言ってないだろ」
滑る舌先の更に奥に忍び寄る。甘噛みしてくる劉の瞳をジッと覗く。切れ長で黒目がちな瞳は人を疑うことを知らない。
劉が俺を好きだと言うのは、ただの刷り込みだ。最初に彼を欲しがったのが他の誰でもなく俺で、彼から告白するように仕向けたのも俺で。仕掛けに沿って進み、与えられた道筋に沿って、俺の手元に落ちてきた。
雛鳥が初めに視認した相手を親鳥と思い込むように、最初に好きだと思い込ませただけ。その純粋さが憎らしいほど愛しい。
「劉……」
首に腕を回すと、劉は俺の身体を易々と持ち上げた。寄せた唇が柔らかく触れ、幾度か軽いキスをかわす。
劉はどちらかと言えばクレバーなタイプで、万年仏頂面ではないが、意味もなくニコニコする人種でもない。どこまでもブレがなく、平淡なのだ。そういうところが、傍に置く上で居心地が良かった。
スルリと蛇のように手を絡め取られ、手首の内側に吸い付かれた。普段、男物の太いバングルの腕時計で隠されたそこに、劉はよく跡を付けたがった。
決してキスマークを付けるのが下手なワケじゃないのに、欲望のままに強く噛みつかれる。
「……っ、う……」
もう慣れた痛みに、薄らと笑みすら浮かぶ。俺も大概イカれてる。
「獣め……」
「福井がイイ匂いさせるせいアル」
照れ隠しでムッとした劉は、目を逸らして俺の耳元に子犬のように擦りよった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あとはもう好きにして。
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