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浴槽に私と、

湯船で身体を丸めていると、水面に浮いているモノを見つけた。

小指の爪の半分くらい、小さなヒトの形をしている。

在るのか無いのか分からない顔に、在るのか無いのか見えない瞳。

おそらくそれはもう死んでいて、勿論お風呂にふさわしくない。


私はうんざりしながら、手のひらで掬ってお湯と一緒に外に流した。

どんよりした瞳と目が合って、もしかしたら生きていたのかもな、と思ってしまう。

またさっきの体勢になって、目を閉じようとした時にお風呂に明かりがついた。ぼんやりとしたクリーム色の明かりが、

闇に包まれた部屋の濃淡を薄くする。二・三度瞬きした後、知らないうちに部屋の中に入ってきていたらしい人影に気が付いた。
家の中のこの部屋に入ってこられるのは母さんだけだ。




「かあさん」

私は唇を尖らせながら言った。

「なあに?」

母さんはいつもの白い仕事着を着ている、母さんはお風呂みたいな香りがする。



「いい加減、湯船で子どもを作るのはやめてったら。成功するわけないわよ。それにゆっくりお風呂に浸かれないじゃない。」

申し訳なさそうに、母さんは返事をしてくれた。

「ごめんなさいね。けどあなた、いつも寝てばっかりでいつそこに入りたいのか、全然聞く暇が無いんですもの」



かあさんと話をするのは久しぶりだった。
確かに、私は母さんと話すのが好きだけれど、結構な日を置いてしか話をした記憶が無いのは、いつも私がだらしなく眠っているからだ。お風呂だって確かにそうだと思う。
ここは私のお風呂ということになっているけれど、私が使っていないときは別の用事に使われたところで、何の問題も無い。私はいつもそう考えていたはずだった。なんておかしなことを言ってしまったのだろうか。恥ずかしくなってこっそりとかあさんを盗み見ると、やはり申し訳なさそうな顔で、部屋の入り口に突っ立っていた。


かあさん、ごめんなさい。私がそう言うとかあさんは微笑んだ。
「いえ、謝ることなんてないのよ。そうね、もう一つお風呂を作ってしまおうかしらと思っていた所なの。あなたの兄弟のために。」

君の後で待っている[BL]

人は死ぬとどうなるのだろう。

わくわくとした気持ちでずっとそう考えていた。
頬を裂く冷たい風も最期に味わう感覚だと思えば悪くはないと思う。一緒に落ちてきた男はにこにこと笑いながら俺に話し掛けてきた。


「君はもう僕から離れられないよ。自ら命を断った人間は地獄の底まで無限に堕ちる。僕と一緒にずっと堕ちる。とっても悲しいことだと思うかも知れないけど、そんなことも無いよ。君はどうだか知らないけれど、僕はどうってことはない。髪の毛も伸びない間に着くんだ。僕、髪の毛伸びないけどね。」


気付けばあれだけ全身を切り裂こうとしているかのようだった風が止んでいる。

男は喋るのをやめて、冷めた目でにこちらを見ている。
延々墜ちつづけることなんて、たいしたことは無いと思った。何故なら先程屋上からあの、何も無い空間へと飛び降りた時まで、俺は生まれてこの方堕ちるのを我慢していたようなものだったから。
男がにこりと笑うので、俺の心はずきりと傷んだ。懐かしい感覚だ。生まれた時から俺を苛む痛みだ。

そして俺は男を引き寄せて、つめたいくちびるを味わった。
大理石のような、滑らかな唇だった。

驚く男に俺は言った。この言葉を告げなければいけない気がした。

「ずっと一緒に居てくれる、なんて、そんな事を言われるの俺始めて。」




俺の言葉に男は目を見開いた。

「・・・・・・ほんとは落ちるのは七日七晩だけだ。もうこれから・・・僕と会うことなんて無い。君はまだ生きるはずだった分だけ、別の一生を得るんだ。今までの人生もここでのことも、全て・・・忘れてしまうんだ。今度はちゃんと生きるんだね。そうでなきゃ、もっと長い暗闇を、また味わうはめになる。」
男は縋るように言った。





俺は落ちながら感情を押し殺した瞳の理由を考える。
俺はとても大切な事を、間違いなく、忘れてしまっている。


言葉を選びきれないまま男に言う。
「俺は、その人生でも命を無駄にするよ。」

「だから」







男のつめたい身体から流れ出る雫は熱くて愛おしかった。

俺は今までの強烈な自殺願望の訳を今日知った。






「待ってて」








『君の後〜』の後の話

猫の瞳[GL]

彼女の柔らかそうな身体を見たとき私は自分の中に暗い興奮を覚えた。自分の細くて筋肉質でなんの面白みもない身体とは全然違う、やわらかくて、しろいひんやりした彼女。その全身に触れてみたいと。


彼女の瞳は意外と鋭く猫科を思わせる三白眼だった。左の目尻にほくろがあって、視線がゆっくりと私の方へ向けられて、丁度見下される位置に居た私にはつめたい光が降ってきたみたいに感じられた。なんだか居心地が悪くて、挑むように見据えてみるけれど、彼女は私に悪意なんか抱いていなかったようでいつものさらさらした声で、どうかしたのかと聞いた。

私はなんだかいたたまれない気持ちになった。さっきまで考えていた理由などどこかに飛んでいってしまったみたいだ。相変わらずの自分がすごく頭の悪い人間のように思えてしまって、ずっと床を見詰めていた。


彼女は男の子が嫌いだった。
出来ることなら視界にも入れたくないみたいで、触れられようものなら頭を打ち付けてでも記憶を抹消したいと言っていた。
その理由はそれからずっと、何年後かに語られることになるけれど、私にとってその言葉は彼女を装飾するものの一つのように思えていた。


「ねえ榮子ちゃん。今日もうちに帰らないの?」

彼女に問いかけると彼女の真ん中に分けた前髪が頬にかかって瞳を隠してしまった。
彼女のさらさらな髪は大好きだけれど、なんだか私と彼女を隔てる壁のようで、ちょっと嫌だなぁと思ってしまう。
彼女は私の髪を好きだという。
くせっ毛で、軽くて、触り心地がいいから好きだって。

私は最近ずっと大学の研究室に泊まりこんでいた。
お風呂はテニス部のシャワー室を勝手に使っている。
私は部長だから、勝手に入っても文句は言われないし、そのかわりに壁やタイルの間なんかを綺麗に磨いてから出るので、むしろ部員には感謝されている。信頼ってとてもいいものだ。ちょっとのズルはむしろプラスに働くみたいだということに最近気が付いた。今までの三年間真面目にやってきたのが馬鹿みたいだと思った。
そんな私の権力にとりいって一緒にシャワー室を使っているのが榮子ちゃんだ。
一つ下の、黒い髪をショートカットにしている女の子。
彼女と私の共通点と言ったらこの、ショートカットというところだけで、他はほぼ正反対だ。
彼女は私を好きだという。
私も彼女を好きなので、特に問題は無いのだが、時々この子は、私を抱き枕とかシャワー室の鍵だと思っているような気がする時があった。
今日は私が珍しく終電前に一段落終えることが出来たので、帰宅することになっている。


彼女は首を振って答えた。
「ううん。今日は帰るよ。」
「シャワー室を使えないから?」
「違うよ。今日は、靜子と一緒に帰りたい気分。」
「そう。じゃあ、もう帰ろうか。」

よかった。私はシャワー室の鍵代わりじゃなかったんだ。
心の中で冗談交じりに呟いて、研究室のある棟から出た。
息がしろい。マフラーを持ってきていればよかった。
冬は嫌いではないけれど、唐突に来るからやっかいだ。







君の後ろで待っていた

俺はふと思った。
ああ死んでしまいたいなあ。
そうだ死んでしまおう、と。



『君の後ろで待っていた』


俺は物心ついた時から死に方を考えていた。
想像の中で俺は何度も死んだ。
手首に立線を刻んだり、首を吊ったり、風呂の中でうっかり眠って溺死してしまったり、学校の屋上や、観覧車から飛び降りたり、酒を血管から飲んだり、そんなことばかり。


だからこうなるのは自然なことだったのかもしれない。
俺は、屋上にさっきまで友達と大学祭用の飾りを設置していた。そこで足元に、誰かが落としたハンカチが有って、何の変哲もない白地に黒猫の刺繍がされたそれをうっかり踏み付けた。それに気付いた瞬間いつもの発作が俺を襲った。ただ、死ななければいけないと思った。

の で、飛び降りた。身体が風に煽られて向きを変える。風が前髪を後ろに流していく。耳に入ってくる音は冷たい冬の風の音だ。耳がちぎれてしまいそう。落ちながら思った。落ちる光景、感触は、今まで何度も想像した通りだった。もしかして今までの妄想は、こうやって死ぬための準備だったのかもしれない。


風に流されるがまま後ろを振り返ると男が居た。
耳に痛い風の音をすり抜けて、声が聞こえてくる。


やっと君に会えた。
さあ帰ろう。

やっと君の全てが僕の物になる。



男は俺と一緒におちてきて、腕をとって頬を寄せ口づけた。







死に損ないの男と死神の話

二人の愛はどこにあるの[BL]

こんなに不安になるのは目の前で俺を睨み付けるこいつの所為に他ならない。
そいつが自分をにらむ理由など知ったことではなかった。
とにかくそいつの頬を平手で殴りつけた。平手なのは俺の愛情である。
というか、実際は俺の人差し指と中指にゴツイ指輪が嵌められていて、
それで殴れば只の人間であるそいつの顔が変形してしまうと思ったからであるのだが。
とにかくまあ、俺が一応でも気を使うのはこいつくらいなのに、それに気付かないなんて本当に最低な奴だと思う。

例えば俺がこいつのプライベートまでずかずか足を踏み込んだならばこいつが一言嫌だと言えば俺だってそれ以上足を進めることもないというのに、本当に面倒な奴だと思う。
俺がこれだけこいつに無遠慮なのは、唯一こいつには同じ事をされてもいいと考えているからなのにそれに気付かないなんて本当に鈍感な奴だと思う。

それなのにこいつときたら、頬を押さえたまま俺を睨み付けるばかりである。
不安な感情がじりじりと胸を焼き尽くしていく。
俺は迷わずこいつを殴った。
こいつが俺を、拒否するような態度だから、俺はこいつを殴るのだ。
目の前に居るこいつに俺は不安にさせられる。
こいつは俺を睨み付けながら、最後に同じようなことを言い放つ。


「出て行け。俺の視界に入るな。」

ここは俺の家なのに。ここは俺がお前と、お前と一緒に、居るために用意した家なのに。

俺がこいつを睨むのでこいつは俺を睨むのだ。
そしてお互い不安になって、この風邪の通るマンションの空気を殺伐としたものに変えてしまっている。

俺はいつもこいつに思っている事を吐き捨てた。


「俺はお前が好きなんだけど、お前はもう、そうじゃないわけ?」
矢継ぎ早に言葉を続ける俺をこいつは睨む。
「俺はお前に睨まれると不安なの、分かる?好きなら好きって言え。嫌いなら嫌いって言え。
俺は、お前と一緒に居たい。お前が俺のことを嫌いでも、俺はお前と一緒に居たい。
無理強いは、するつもりだ。お前の意見は無視される。ただ、嫌いなら、俺はお前になるべく会わないようにする、なるべく。」


こいつは相変わらず俺を睨んだまま口を開く。
「何で俺が、お前に好きだの嫌いだの言わなきゃいけないの?
お前は俺の物なのになんで?面倒だよ、お前。」


こいつ、こいつは!!こいつは最低野郎だ。
こいつは俺のことに逐一気付いてないといけないのに、
生意気にも俺に意見をしている。
俺は今度こそ拳を握りしめて殴ってやった。
ごっ、っていう嫌な音がしてこいつの頬は傷付いた。

こいつは相変わらず俺を睨んでいた。
俺は相変わらずこいつを殴るだろう。
でもどちらもこの関係を終わらそうとはしないのだ。


だって俺たちは正常に愛し合っているのだから。
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