反吐が出らぁ、と言葉を投げてみるものの実際喉の気管を通り抜けたのは錆びれた鉄味のする真っ赤な血であった。懸命にただひた向きに両手をばたつかせ地面に零れた赤い液体を拭き取ろうとするがその一様は水の中に葬り去られた蟻のようである。
「いつも出してるの?」
「…、」
「これ」
指でつーっと赤をなぞると慎吾さんは舌の先を丁寧に駆使して舐め始めた。俺の神経全てに対してよくわからない警鐘が響いてくる。
「おまえは和己がいないと何にも出来ないんだなぁ」
「うるさ、言う な…それいじょ…」
「そうだよなぁ、和己が死んだなんて信じたくないよなぁ」
という慎吾がサイテーな話
昔からそうだった。目だけやけに馬鹿でかくて人によってそれの評価は違っていた。女の子みたいに澄んだ目をしてるねえ、と初めて言ってきたのは確か近藤さんだったような気がする。
「沖田くん、刀触ってもいい?」
「どうぞ。昨日研いだばっかなんで」
「へぇー結構マメなんだね」
土方さんにはぼんくらそうな瞳だとからかわれたことがある。だけどこの男は違った。儚ないね。ただ一言だけ。
「昔、」
「あ?」
「昔、俺の目を見て儚ないって言ったの覚えてます?」
「誰が?」
「いや、あんたですよ」
「…そんなこと言ったっけ」
この男の感性は鋭いのか鈍いのかよくわからない。ただ人とは違った別のまがまがしい何かが彼の周りを取り巻いていることだけはわかった。それは時に彼が愛した家族であった。それは時に彼が想った仲間であった。
「言いましたよ、儚ないって。あれってどういう意味ですかね」
「んー…そのまんまの意味じゃない?」
「それがよくわからんのです」
「えー…」
なんか今日のおまえしつこいな、最後に彼はそう言って袴を引きずり這ってきた。
「透明なのな、おまえの目って」
「とうめい…」
「うん、どこ見てんの?って感じ」
何も映し出そうとしない。そうだ。昔からそうだった。大きな瞳で人よりも何倍も残酷な事実を見てきたはずのに、それと比例して慈悲の感情が全く沸き上がってこないのだ。血を見るのは怖くない。むしろ真っ赤な血は俺の心を優しく慰めてくれる。きっと俺、何かが足りないんだ。
「旦那、俺…」
「あ?」
「俺、たぶん血が好きなんですよ」
人を殺すことに迷いはない。それは恐怖がないからだ。感情が欠落してしまった俺の心。それを的確についてきたのは他の誰でもない、あんただ。だから少しだけ怖い。
「もしかしたら、俺いつか旦那を…」
殺してしまうかもしれないなぁ、そう言おうと思ったのに口にすることは叶わなかった。不覚にも目の前にいる銀髪の男に唇を奪われてしまったからだ。
いつ書いたか覚えてない。
(イヤだ泣くなよ死んでるわけないだろ)
あの叫びは嘘なのか。淋しく響いていたというのに、まるで奴の声が僕の心に届いていなかったとでも謂うかのように。
(認めない認めたくない、そうだよだって誓ったじゃないか。みんなで生きて帰ろうって。あいつは安易に約束を破るような、そんな奴じゃないはずだ。だからそう、あいつは生きてる。楽に死なせてやるもんか)
ティエリアに私の気持ちを代弁してもらいましたごめん
早い話、彼の骨は宇宙に葬られたということだ。皮膚と眼球その他もろもろは細胞単位にまで削られてブラックホールというものに飲み込まれてしまったのかもしれない。
考えたくもない。
彼の死なんて。
生きているに決まってる。