〔Kinderszenen〕


 血塗られた覇道を歩む皇帝の幼少期。


 ミルクのにおいや子守歌などという柔らかく甘やかなものとは無縁であったと思われているのかも知れないが
 実際は存外そんなことはなかった。
 母は優しく聡明な女性で
 病弱ではあったが芯は強く
 余が駆け寄れば両手を広げ、いついかなる時でも抱き留めてくれるような人だったよ。


 ……意外か?
 そんなことはない?
 陛下は愛されて育った子だと思ってた?

 えーと、なんだそれは。一応褒めているのか? きもちわるいな。



 余の顔立ちは母上によく似ているのだそうだ。
 黒い髪も母譲りだと。
 生き写しというやつか。
 少し俯いたところなど本当に瓜二つだと、執事に言われたこともあったな。
 肖像画も何も残っていないから証明することはできんが。

 何故肖像画が残っていないのかって?

 そんな身分ではなかったからだよ。
 ニーベルエンドの血筋に記すことのできない存在だった。
 血が汚れるだとか、神聖性が薄れるだとか?

 ……まあ高貴なる者に高貴なる血が流れているのは当然ではあるが、受け継いだ血を尊いものにするか卑しいものにするかは所詮その人間の功績次第だ。
 父上はそのあたりを誤解していらしたからな。
 ふふ、それ故に身を滅ぼしたわけだが。


 なんの話であったか。


 愛されて育ったなどと貴様はぬかしたが
 まあ確かに慈しまれたようには、思う。
 正直、面影はおぼろだ。
 ともに過ごした時間も短かったしな。
 おとぎ話のようだったと時々思うよ。今にして思えばな。
 結末は……たいして面白くもないが。


 聞きたいだと?
 いやだ。

 ちがう、めんどくさいだけだ。
 ちがう、おぼえてないだけだ。
 ちがう。


 ……。



 覇王の原点としてはつまらぬ物語だ。
 神秘性というやつが足りぬ。
 神秘性は大事だぞ?
 弱き者を畏れさせ、愚か者を心酔させる道具だ。
 ここだけの話、実は余は竜の首から産まれたのだ。
 ほら、なんかすごくない?


 ……その視線はすこぶる不愉快だ。今すぐやめよ。




 ……病床に臥して余命いくばくもなかった母は、
 その儚い火が消える前に無理矢理命を摘み取られた。
 卑しいとされる血筋に
 秘められた強大な魔導力。
 その力故に篭の鳥のまま生かされていたが
 それ故に存在を疎まれてもいた。
 ……父上は臆病だったからな。
 大きな戦もなく、束の間の平穏を享受するうちに
 掌中の切り札が恐ろしくなったのだろう。
 愚かな疑心暗鬼の末の、無益な暗殺だ。
 放っておいても、いずれ死んだのにな。

 ほら、つまらん話だろう?



 ……ふ、聞きたいと言ったのは貴様だろうに。
 だが確かに、今宵は少し喋りすぎた。
 何故かな。
 相手が貴様だったからかも知れん。


 冗談だ。喜ぶな。


 つまらぬおとぎ話の教訓は
 戦時の英雄は平時の異端、ということだ。
 愚者は無闇に力を畏れるばかりで、本質を見極めようとせん。
 まったく、頭の痛い話だ。

 力は力。ただの道具にすぎん。
 ならば正しく役立てればよい。
 それだけのことが何故わからぬのか。

 だからこの大陸には、支配者が必要なのだ。
 余のように強く賢い皇帝がな!


 何か言いたいことがありそうだが断じて却下する。




 ……戯れ言が過ぎたな、妙な夜だ。
 貴様の持ってきたワインもぬるくなってしまった。
 もうよい、下がれ。

 添い寝だと? 却下する。
 慰め? 要らぬ。
 
 どうしてもというならば、戦場で見事勝利を収めてみよ。
 ネクロスの旗を振りかざし、敵を蹂躙してくるのだ。
 血煙の中で兵士達の上げる勝ち鬨が、何よりも余の心を浮き立たせる。
 出来ぬなどとは、言うまいな?


 ふ。まぁ、期待している。





 ……この地に戦火を絶やすな。
 俺やお前が生きる道は、それしかない。



****
習作。
なんかこんな感じの厨二病私得設定で幼少陛下とかをねちねち書きたいな。




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