自動ドアが開いたと同時に、彼女たちに騒音が襲いかかった。
榊月光はその音に身を竦めつつも、こっちーっと二人と少女を手招きする。
「うわ広いね。ツキってば、こんなところの最寄り駅とかチョーラッキーじゃん。遊び放題だぁ」
長身の女子、蕗里菜がつんつんと彼女の肘を突っつく。
普段着で、帽子をかぶっているため、中学校の男子にも見えなくはない。
月光はそこまで遊んでないからねと付け足すように呟いた。
「念のために言っておくけど、アタシもここのゲームセンターは何回か寄っているわよ」
もう一人の女子、島崎夏樹の少し尖り気味の言葉に、そっか同じかと里菜は能天気に答える。
こちらも同じく普段着で、さらに伊達眼鏡をかけている。
島崎曰く男避けらしいが、月光は内心無くったってナッちゃんはナンパの男も追い払えると感じていた。
「ま、そんなことはさておきだ。格ゲーは? アタシさ、格ゲーしたいんだよね」
「あんた格ゲー好きね……ストリートファイターとか、スマブラとか。アタシも好きだけど」
「あ、でも最初に太鼓の達人でもしようかな」
「おっ、いいね。里菜やったことある?」
「ふふん、アタシのテクニック見せたるよー」
彼女たちはそんな話をしながら、人が数人ほどいる、太鼓のアーケードゲーム機に近づいた。
男子二人がゲームプレイ中で、もう一人の男子がそれを見ているという形だ。
かなりのハイレベルでプレイしているらしく、太鼓をたたく回数が多い。
「おぉ、随分空いているね」
「この時間帯は空いているほうだよ。十一時は大体、お昼時だからね」
月光は腕時計の針が示している十一時二十分を少し見た。
すると、月光の裾がちょいと引っ張られた。振り向くと、後ろの夏樹がシャツの裾を引っ張っていた。
「ちょっと、あの男の子たちって、うちのクラスの男子じゃない?」
「えっ?」
「あっ、もしかしてあの後ろ姿って井上と朝比奈?」
里菜が疑問を吹っ掛けたものの、その声は騒音の中でも一際目立ち、月光はびくりと肩を震わせた。
「ちょ、里菜声大きいっつーの!」
「あんたも声大きいわよ」
夏樹に窘められると同時に、ゲームを見ている男子がこちらに気づいて振り向いた。
ほら、やっぱり朝比奈だ。
そう楽しそうに言った里菜の言葉に月光は半ば呆れていた。
近づいてきた男子、朝比奈翔は少し笑みを浮かべながら手を振った。
「なんかごめんね、ゲーム中に。朝比奈くんもこういうところ来るんだね」
「まぁ、そんなところで」
「えーと、あっちの右でやってるのは井上でしょ。左は・・・・・・うわっ、フルコンじゃん! すごっ!」
里菜がそう言ったと同時に、二人の男子が終えたようで翔がおつかれーと声をかける。
右の男子、井上賢太郎は月光たちの姿を捕らえると決まりが悪そうな顔をした。
その表情に月光はむっと顔をしかめ、すばやく横を向いた。
「コンプリートしたのは五月雨くんなのね」
「あぁ五月雨か。ってあんた、学級委員じゃん。勉強もゲームもできるって非の打ちどころがないねえ」
左のショートカットの男子、五月雨(さみだれ)修一(しゅういち)はうつむきかげんで頷いた。
修一は月光たちのクラスの学級委員である。秀才でなんでも卒なくこなすが、一匹狼である。
普通は秀才の一匹狼は、なかなかクラスをとりまとめないと月光、もしかしたらクラスのほとんど、修一自身もそう思っていたかもしれない。
ところが彼は担任の推薦によって学級委員となったのだ。
そもそも、担任の推薦で学級委員を決めるって変な話だと月光は思っていた。
それもそのはず、夏坂学園は、以前、とは言っても十年前ほどの話だが、ふざけて学級委員を決めていたクラスが多かった。
学園ドラマの影響と囁かれているが、真相は分からない。
ただ、そのせいでいくつかの問題点が指摘され続けていたようだ。
そこで、月光たちが入学する三年前ぐらいに学校は、学級委員は先生たちが通して決めるという形になったのだ。
しかし、それも先生たちのエゴが出るんじゃないかと反論が上がっているらしい。
今後どうなるのかは先生のみぞ知るってか・・・・・・。
月光はそう思いながら、ポーカーフェイスの修一を見ていた。
「あれ? そういや今日、仙波君はいないの。いつも一緒にいるのに」
ふと月光が気づいてそう言うと、男子三人はちらりと目配せをする。
少しだけ不敵な笑みを浮かべながら。
「あ、仙波はデートか」
里菜がぱんと手を鳴らし、満面の笑顔で答えた。
デート?と夏樹と月光はその言葉に反応する。男子三人は一瞬にしてつまんなそうな顔になる。
「なんだ、つまんね。知っていたのかよ」
「だって昨日、桐が言っていたし」
「そっか。蕗さんと吾妻さん同じ部活だもんね」
翔が納得したように頷く。
そして、月光と夏樹は同時に里菜の裾を掴む。里菜がおっかなびっくりしたようにどうしたのと言う。
「仙波君って彼女いるの?」
「いるよー」
「い、いつから?」
「二か月前ぐらいかな。一年の時同じクラスだったんだって」
二か月前、今は夏に入りかけの七月だから、ちょうど五月だ。
そうなると、本当に付き合い始めだ。
しかし、月光はまさかの隠れリア充の存在に驚きを隠せなかった。
「まさに美女と野獣カップルだよね。吾妻さんと仙波って」
「アタシもそう言ったー。でも、怒られたよ。仙波さんは野獣じゃないって」
「あいつは逆に満更でもない様子だったよな」
賢太郎は右の頬を上げ、薄気味悪い笑みを浮かべていた。
しかし、ふとその笑みが無表情に変わる。
「俺腹減ったんだけど」
「唐突だな」
「でもそうだね。もう昼時だし」
「マックがいい」
「そこはケンタッキーだろ、常識的に考えて」
「いや、普通ロッテでしょ」
「ロッテはねーよ」
男子三人は唐突に昼飯の話になった。
そして、昼飯についての軽い口論になる。
あそこは媚を売っているやら、あそこのバーガーは旨いなどの話になる。
女子にはなかなか話を切り出しにくい世界だと月光は見ていた。
「なんなら、第三者の意見でも聞こうか。榊さんはどこがいいと思う?」
「あたし!?」
「そうだな。この際だから、お前に決めてもらう手もある」
「ケンタッキーケンタッキーケンタッキーケンタッキー」
「五月雨、洗脳は卑怯だろ!」
「それ洗脳か?」
まさかの飛び火に月光は困惑していた。
月光にはこれと言う拘りもない日和者だ。
料理はまあまあ美味しく食べられれば、どこでもいいかなという感覚だ。
でも強いて言うなら。
とりあえず、一番好きな店を月光はすとあげるために口を開いた……。