彼はいつもきつい煙草の匂いに包まれてドアを開ける。
そうなるともう駄目。
お気に入りで焚いたローズの香も、気まぐれで買った香水もすべて無意味だ。
「ノックくらいしてって言ったじゃない。」
「なら鍵くらいかけとくんだな。」
そう言ってソファーに転がる姿は彼があたしの部屋に来る夜には恒例の光景で、この会話もしかり。
"おかえり"なんて言わないし"ただいま"なんても言わないだろう。
あたしと次元はそんな関係。
とりわけ沢山話をする訳ではないし彼の為に気を使う訳でもない気軽な関係。
彼がテレビを見たり冷蔵庫を掻き回したりして過ごす脇で私は仕事をこなす。それがなんだか落ち着くんだ。
「お前、それ楽しいのか。」
「これが?楽しいと思う?」
「・・・いや。」
あたしの仕事は所謂小説家で、女性が喜ぶような小説を作っては物好きな出版社から発売され、物好きな人達にそこそこ売れている。
それを彼は物好きだと言うし私も趣味がいいとは思ってない。
けれど紙の上で男女が巡り逢い、結ばれていく様は自分でいうのもおかしいけどかなりロマンチックだ。
そう力説する私を見て次元はなんともウヘェといった顔をした。
自称ハードボイルドなガンマンはこんなメルヘンが砂糖漬けされたような遊びは好きじゃないって知ってる。
荒野のガンマンに女々しさは似合わない。いつまでもそのつまらなそうな顔で煙草を蒸していて欲しい。それが次元だから、私はそれ以上何も求めていないつもり。
それがこの時間には必要なことだから。
季節は冬だ。
恋人たちは浮かれて手を繋ぐし、陽気なジングルベルは一ヶ月程前から飽きるくらいに街を騒ぎ立てている。
小説の中のような出来事が毎日、今もどこかで行われているのだろう。案外、砂糖漬けの世界に私は住んでいるのかもしれないな、なんて思ってみる。
「お前なんか欲しいものあるのか。」
彼がそういうことを聞くのはかなり珍しい。気なんて使わなくていいのに。
「ん、べつに。」
振り向かないで答えるとしばらくの無言の後、そうか、と返事がする。
らしくない。らしくない。
今日の次元はらしくないよ。そういえばよく喋るし、私に気をつかうし第一煙草をまだ一本しか吸っていない。
「どうしたの、いきなり。」
私が思わず振り向くと、いつも寝転んでいるはずのソファーに座っている次元と目があった。
「野暮用が出来たんだ。だからしばらくここを離れる。」
「・・・そう、」
まさか、そんなことで神妙な顔されると思わなかったし彼がここに忘れてた頃に来ることは稀じゃなかったから何か拍子抜けしてしまった。
「じゃあな。」
次元はそう言って出て行ったっきり帰って来なかった。
一人で居るのは慣れているはずだし、本来その方が筆は進むのに。
彼の吸っていた煙草の香りが薄まってゆく度に私は後ろを振り返る。彼はノックをしない人だったから。
きっと、私にはもう砂糖漬けの小説は書けないだろう。
なんでいまさら気付いてしまったんだろう。
おかえりくらいなんで言えなかったんだろう。さよなら、恋人だった人。
( グッバイマイダーリン(ルパン/次元と) )
ぜいたく
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