元旦にはまにあわなかったけど小話でも。
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一年が過ぎ去るのは早い。大晦日という一年の節目が終われば、また新しい年を迎える。
今年は何を出来ただろう。特に愉快な番組はなく、適当なBGM変わりに聞いていたテレビの音を聞き流しながらぼんやりと考えていた桃の視線の先にあるのは小さな目覚まし時計。
あと少しで一年が終わる。今年も皆と音楽が出来た、それが何より過ぎ行く年の中での一番の幸福。
そして。
時計の針が真上で重なった。
今年もまた皆で音楽をするのだろう。きっとまたいい一年になるはずだ。些細なことかもしれないが幸せはそんな小さい事で充分だ。
桃の口元が緩んだ。新しい年が始まる期待感に。
その時だった。机の上に置いていた携帯電話が鳴り響いた。桃が緩慢な仕草でそれを取ると、着信の相手の名前を確認する。表示されているのはよく知った相手の名前。
「もしもし」
『桃か?』
「こんな時間に何だよ」
電話を取ると、これまたよく知った声が聞こえてきた。
不機嫌な訳ではないが愛想がいい方でもない。ぶっきらぼうに返答をすると携帯の向こう側にいる相手からの苦笑が聞こえてきた。
『これから初詣に行かないか?今、お前の家の近くにいるんだけど』
その言葉に桃は真っ暗な窓の外を見た。ガラス一枚隔てた向こうは凍てつく外気で酷く寒いだろう。寒いのは苦手だった。しかし今は気分がいい。
たまには良いかもしれない。
そう思った桃は了承の意を伝え、電話を切った。
冷えてしまわぬようにジャケットを羽織り、マフラーを首に巻くと、彼はその場を後にする。
待ち合わせの場所までさほど距離はない。だが想像以上の寒さが彼を襲う。こんな中、わざわざ自分の家の近くまでやってきたのだ。相手も冷えているに違いない。道中、自動販売機で温かいコーヒーを買い、桃は待ち合わせの場所まで駆け出した。
駅の近くまでやってくると街路樹に背を預け、白い息を吐いている人影を見つける。ボーカルをしているというのに風邪でもひいたらどうするのだろう。そんなことを考えながら急ぎ駆けていた桃の足が止まった。
ゆっくりと歩み寄ると、桃の姿を確認した凍夜が僅かに表情を緩めた。新年の挨拶もせず桃は手にした缶コーヒーを差し出す。
「待たせたな」
桃が無愛想に呟くと、差し出された缶コーヒーを受け取り、凍夜は「あけましておめでとう」と物静かに告げた。寒かっただろう?と桃を労りながら。
軽く首を振る桃ではあったが実際はかなり体が参っている。しかしそれでもここに来たのは彼自身の意思だ。去年は慌ただしく初詣には来れなかった。今年一番の誘いが凍夜であった微かな嬉しさ、また今年一番に会えるという喜び故に。
怒っているわけではない、むしろ逆だ。だが、それを表現するのが気恥ずかしく、桃は行くぞ、とだけ応じる。そんな桃の心情を知ってか知らずか、凍夜は歩きだした桃に続いて歩き始めた。
並んで歩く二人の目的地はすぐ近くだ。街灯が照らす道を同じ目的をもつ人々が歩いている。それは点々とだが途切れることなく目的地の神社まで。若いカップルが多い中、野郎二人で初詣など不毛かもしれない。だが凍夜も桃も構わなかった。神社の境内に入ると、間もなく参拝の順番が回ってくる。これが大きな神社ならば人があふれかえっているのだろうが、小さな神社であることが幸いした。
賽銭箱に小銭を投入すると、先に桃が金を鳴らし、目を閉じ手を合わせる。それに続くように凍夜もまた小銭を投げた。
互いに願い事は何かは告げていない。しかしお互いの思いは同じであろう。
今年もまた、共に皆で音楽が出来ますように。飛躍を願うよりもそれは小さな願い事かもしれないが、それが何より二人には大切なことだった。
参拝を終えると桃と凍夜が互いに顔を合わせ小さく笑った。
「…凍夜」
桃が名を呼ぶと、凍夜が首を傾げる。
「あけましておめでとう」
先ほど言えなかった新年の挨拶。
すぐさま顔を背ける桃に、凍夜が今一度微笑んだ。
「今年もよろしく」
そう言って、桃に手を差し出して。
終わり