僕たちはお互いの肌を感じて抱き合っては、きっとどうしようもない隔たりを消そうとした。



その日のディナーで海が珍しく仕事の事を話した。
社会人独特の淡々とした毎日への愚痴とも、少しずつ自分の存在を掴み出した充実感ともとれる内容は、僕にはどこか懐かしく、そして羨ましかった。


窓から見える夜景と透き通る海の瞳が僕の頭をかすめた。




その日。
海はどんな想いを持ちながら僕に抱かれていたんだろう。


僕が本能の中でかろうじて保っている理性を海は拒んだ。

「いいの?」

僕の問いかけに否定しないことが彼女の肯定であることはこれまでの付き合いのなかでよく心得ている。

海は黙って僕を見つめていた。


抱き上げた海の華奢な背中が小さく震えていていることに気付いたのとほぼ同時に、僕の肩に涙が落ちた。




いつも僕の隣で無邪気に笑っていた海はきっと、僕の見えないところで僕の知らない相手と戦い、哀しみや悔しさ不甲斐なさをもこの小さな体に必死に詰め込んでしまってるんじゃないだろうか。
そうして溢れかえった感情を時々背中を震わせては、ひとり流しているのだろう。





僕が抱きしめることで海の溢れた感情を消費することができるのならば、僕にとってどんなに大きな希望になったことだろう。