moment 4  ※水誕 大学生パラレル





「ちょっと古いけど、わりといいカメラなんだって」
オレはバッグの中からカメラを出してみた。手に取るとカメラはひんやりとしていて大きさのわりに重い。

実家には一応カメラがあったけど自分で撮ったことはほとんどなかった。まぁうちのカメラは普通のデジカメで一眼レフなんて初めて触った。
とりあえずレンズカバーを外してみた。シャッターとズームくらいは見ればわかるけど、それ以外はさっぱりわからない。

「撮るだけならシャッター押すだけでいいって言ってたよ」
「そうなの?」
デジカメとはいえ一眼レフだと思わずファインダーを覗きたくなった。
見えたのは見慣れた部屋。
それらが小さな四角に切り取られて綺麗に収まって全然違って見えた。

オレはそのままきょろきょろと部屋の中を見回してみた。
天井の隅、障子の格子、目の前のケーキの断面、崩れた生クリーム。
のってるいちごをズームで大きく映すとつぶつぶの端は蛍光灯の光が丸く縁取っている

「どう?使えそう?」
「うん。まだよくわかんないけど、なんかおもしろいね」
「そう?よかった」
ファインダー越しに視線を移すと栄口はにっこりと笑っていた。オレは思わすシャッターを押していた。
そしてわずかに遅れて鳥肌がたって体が震えた。

それは何度も見てきた栄口の笑顔。
オレはいつもそれを見ていたはずだ。でもこの短すぎる時間を留めることを考えたことはなかった。
栄口の表情が一番和らいで優しくなる瞬間。その一瞬を捉えたのがわかった。
ファインダーの中の映像がいつまでも網膜から離れない。
今まで残すことのできなかった大切なものが、ずっと記憶されている。
この手の中に残ってるんだ。
オレはカメラをぎゅっと握りしめた。抱きしめるようにして少し俯くとぽろぽろっと何粒か涙が零れて落ちるのが見えた。

「へ!?ええっ?ちょっと、なに?なんで泣いてんの!?」
ぎょっとしている栄口を見て、あまりの涙腺の緩さに自分でも呆れてしまう。
でも栄口の前で泣くのなんていつものことすぎて今さら恥ずかしくもなんともない。
服の袖でごしごしと涙を拭いて鼻をずずっとすすった後、「なんでもない」と笑って見せた。

「あー…びっくりした…」と栄口は息をついた。それから「どうしたの?」と聞いてきた。
「ちょっと感動しただけ」
「感動って…。なに?そんなにカメラ嬉しかった?」と。ちょっとからかうように言った。

「うん」
「うそ、マジで?」と栄口が唖然としてオレを見たので、うんうんと何度もうなずいた。
「ホントに?なら、よかった」
あ、また栄口が笑ってる。

「栄口」
呼びかけてカメラを向けると、今度は「撮るなよ」と、レンズを遮るように左手をかざした。その薬指に光る指輪が目の前で光った。オレはそこにピントを合わせてシャッターを切った。

「ちょ…なに撮ってんの」
「栄口の手」
「もう…そんなの撮ってどうすんだよ……」
「と、指輪。ちゃんとしてくれてありがとね」
そう言うと栄口は手の平を見た。そして少し照れたように笑った。その大好きな表情を残したくて、オレはもう一度シャッターを押した。


オレが生まれてきたこの世界には、幸せだと思うことがたくさん散らばっている。
たとえば、誕生日には「おめでとう」と言ってもらえること。大好きな人と大好きなケーキが食べられること。こんな笑顔を見れること。

でもほとんどはとても小さなことで、ともすれば忘れてしまうほどにささやかだ。
そんな小さな幸せは形のない記憶しか残さず、記憶は時間とともに零れ落ちていく。

だから人は写真を撮るのかもしれない。
愛おしい瞬間を残すために。


「あのね、栄口。オレすっごい写真撮るの好きなのかもしんない」
「うん。だと思ってた。まぁそれはそれとして。また誕生日のプレゼント買いにいこ」
「ううん。いらない。もうもらったから」

訝しがる栄口に、オレはもらったカメラを持って笑った。









/end/



...more



[次へ] [前へ]



[Topに戻る]

-エムブロ-