しあわせをひとすくい ※栄誕






 たぶん高校2年生











「そんなにケーキが好きならさ、自分で作ってみたらいいんじゃない?」




栄口にそう言われたのがきっかけだった。
あれは忘れもしない去年の6月8日。
栄口の誕生日だというので、帰りのコンビニでイチゴのショートケーキを買ってあげた。

買ってあげておきながら、オレはよっぽど羨ましそうに見ていたのだろう。
栄口は「持って帰ってたらつぶれそうだから食べて帰ろ」と言って、近くの公園のベンチに向かった。
そして「半分あげるね」とにっこりと笑った。栄口にはなんでもお見通しだ。

ケーキを食べながら、オレは自分がどれだけ生クリームが好きかを栄口に話して聞かせた。
オレは生クリームが好きだけど、ケーキに乗ってるのが一番好きで、でも、ケーキなんてオレの財布事情ではそうそういつも食べてられないこと。
だからってプレゼントしたケーキを物ほしそうに見てゴメン、とも。
そうしたら栄口が言ったのだ。
「そんなにケーキが好きならさ、自分で作ってみたらいいんじゃない?」と。



ケーキと言えば。
母さんは日々のおかずの味はいまいち微妙なことが多いのだけれど、お菓子を作るのだけは昔から上手かった。
ごはんのおかずはどこがちょうどいい火の加減なのか、そもそもなんの調味料を使えばイメージの味になるのか、いまだによくわからないらしい。でもお菓子はそういうのがわかるのだそうだ。

「レシピどおりに作ればいいってものじゃないのよ。だって人には好みがあるでしょ?」
と言うだけあって、母さんには頭の中にマイレシピ(スイーツ限定)があるらしかった。

確かにオレは小さい頃から買ってくるものより母さんが作ってくれるもののほうが好きだった。
どこの店ともちょっと違う母さんの味を美味しいと思っていた。あれは母さんが自分好みに作っていたもの。つまるところオレは母さんの味覚によく似ているのだ。
もしそれを自分で作れれば自分の好みの味でいつでも食べられるというわけだ。
それはなんだかお得な感じだ、と思って、作ってみることにした。

はじめこそ、教えてもらわないとわからなかったけれど、何回か作ったら一人でもできるようになった。不思議なほど母さんの言うことがすんなり頭に入った。人間なにかしら特技があるものだ。
野球もこのくらいできれば上手くなるのに。

そんなわけで、今では『趣味』とか『特技』を書くところがあれば、『ケーキ作り』と書くくらいには上達していた。
ケーキを作るのが好きなら、好きな人の誕生日にケーキを作りたくなるのはとても自然なこと。
しかも情けないことだけれど今月はものすごくお金がなくて、プレゼントがなんにもない。
だからオレは心を込めてケーキを作るんだ!







6月8日。
愛しい愛しい栄口の誕生日。とはいっても平日だから当日も遅くまで部活があるし、栄口んちは家族が待ってるんだろうなぁと思って、学校でおめでとうって言うだけにしておいた。

その次の日からも朝から夜まで部活漬けな毎日で学校以外で会えそうな日はなかった。でも土曜日は、朝はいつもどおり早朝からだけれどグラウンドの都合やモモカンの都合など諸々の事情で昼過ぎには終わるらしい。

なんというナイスなタイミング!
神様、モモカンありがとー!と浮かれながら、オレは早速栄口を誘った。

「え?土曜日?ひまひまー」
栄口がTシャツからかぷっと首を出す。着替え終わっていたオレは床に座って栄口が着替え終わるのを待っていた。栄口がオレより遅いのは副部長さんはいろいろ忙しくて、着替え始めるのが遅かったからだ。なにをしていたのかは、ぺーぺーの平部員のオレにはわからない。

「よかったらうち来てほしいんだけど、いい?」
「ん?いいけど。なに?土曜日なんかあんの?」
「こないだ栄口の誕生日だったじゃん?そのお祝いっていうか」
「え。そうなの?悪いね」
「んで、土曜日はうちに泊まって、日曜はうちから部活いっしょにいこ?」

「へ?あ、う…うん…」
視線を泳がせながらの、切れの悪い返事。

なんだその反応は…と考えをめぐらせて、はっと気づく。
そうだ、この言い方じゃえっちいことしましょうって言ってるようなもんじゃんか!

「わー!違う違う!そういうふしだらな意味で泊まってって言ってんじゃないからー!なにかはお楽しみだから言えないけど、ちょっと帰りが遅くなるかもしんないから泊まる準備してきてってことだからー!」

オレが必死でまくし立ててたら、栄口はぷっと吹き出してけらけらと笑い始めた。
「わかった、じゃあ土曜日ね」と笑い混じりに言った。




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