moment 1  ※水誕 大学生パラレル






※水谷20歳の誕生日の話。大学生同棲パラレル。
 『それすらも愛しい日々』→『クリスマスの話』のすぐ後の1月4日












栄口は毎年誕生が近づくと「なにがほしい?」と必ず聞いてくる。
栄口がくれるものなら、オレはなんだって嬉しいのだけれど、栄口は「なんでもいい」と答えるのをとても嫌がる。
オレがほしいものをあげたいと思ってくれているのがわかるから、オレは毎年正直に欲しいものをリクエストしてきた。
でも、今年はどうしても思いつかなかった。

今年はツリーを買ったからプレゼントなしと言うことになって、久しぶりにプレゼントがないクリスマスだった。寂しいかなと思ったのだけれど、意外となんてことはなくて、むしろそういう気を使わなくてもいい関係というのもいいかもしれないと思った。
どうしてもあげたいものがあるときは、どんなことをしてもあげたいけれど、特にないときにイベントを理由にプレゼントをする必要はないんじゃないかって思えたからだ。

だからオレは誕生日も引き続きそんな感じだったのだ。
ちゃんと覚えててほしい。「おめでとう」は言ってほしい。
でもほしいものはなかった。

オレがそう言うと、栄口は少し困ったようにオレを見ていた。
「ホント。別にほしいものがないの。もう子供じゃないし、おめでとうって言ってくれるだけでいいよ。あ、でもケーキは買ってね!大きいやつ!」
栄口は一瞬「え?」という顔をしたあと、ぷっと吹き出した。

「な、なに?なに笑ってんの?」
「子供じゃないとか言ったくせに、大きいケーキ買ってね!とか…ありえねー!」
栄口は涙ぐみながらしばらく笑っていた。栄口の笑いのツボがオレにはさっぱりわからない。

ひとしきり笑った後で、「ケーキは買いにいこ。水谷の好きなやつ。で、プレゼントは、また今度ね」と栄口が言った。

また今度。って響き、オレは好き。
だってオレたちには「また今度」がいつでもあるのだ。








年末からそれぞれ実家に帰り、3日の夜にこっちに戻った。
ついでに誕生日もいれば、と母さんに言われたけれど、栄口がお祝いしてくれるからいいと断った。
母さんは「栄口くんのこと好きねぇ…」と呆れたように言った。
そのとおりなんだけど、あえて否定も肯定もしなかった。


誕生日の当日、クリスマスと同じように栄口と買い物に行って帰りにケーキを買って帰った。

クリスマスケーキと同じような生クリームにいちごが乗ってるケーキがいいというと、「またそれ食べんの?ホント好きだよね、そういうケーキ」と栄口に笑われた。

ケーキが決まると、栄口が店員さんを呼び名前入りのチョコレートのプレートと、20本のろうそくを注文した。

「『Happy Birthday』だけでいい?『水谷』も要る?」
「え?えっと…じゃあ、『ハッピーバースデイふみき』で…」
「やだよ。恥ずかしい。…あ、すいません、Happy Birthdayだけでいいです」

にこやかに店員のお姉さんと話をする栄口を、オレは不思議な気持ちで見ていた。
これまでお互いの誕生日は何度かあったけど、ケーキを二人そろって買いに行ったことなんてなかった。
栄口はオレとつきあってることを人に知られるのをすごく怖がっていて、ひどく神経質になることも少なくなかったからだ。

誕生日のケーキもそのひとつ。
名前やろうそくの数でなにか勘繰られるのが嫌なのだそうだ。オレはそんなの気にしすぎだと思うけれど、栄口がそう感じるのならそれを責める気にはならなかった。すごくデリケートな問題だししょうがないと思っていた。

それが最近少しだけ変わったような気がする。それはほんの些細なことではあるのだけれど。
もし栄口が変わったきっかけがあるとするならこれなのかもしれない。オレは左の手のひらを軽く握った。

左手の薬指の指輪。
あのオレの中途半端なプロポーズが栄口を変えたんだろうか。
中途半端じゃない。まだ途中なのだ。
栄口もそんなふうに思ってくれたんだろうか…。

「…だといいな」
「ん?なにが?」と店員さんと話していたはずの栄口が突然振り返ったのでびっくりした。

「わっ…えっ。なにが?」
「なにがって……オレが聞いてんだよ」
栄口は苦笑いしていたけれど、それきりなにも聞かないまま、また店員さんとケーキの持ち帰りの時間について話をしはじめた。

オレが自分では口に出したつもりのないことを口走るのはよくあることなので、栄口は適当に聞き流してくれたようだ。
そういうオレの癖みたいなものを栄口はちゃんとわかってくれている。
そういうくだらないほどなんでもないようなことで、自分たちが紡いできた時間を感じるとき、自分は幸せなんだなぁと思う。

もう一度薬指の指輪を確認するように、親指の腹で撫でた。
いろいろ聞かれてオレが勝手にあれこれ言うのもよくないかと思って、実家では外していた。その間、なんだか指の間が寂しくて物足りない感じがした。ここに指輪があるのが当たり前になってきたんだなってちょっと嬉しくなる。

オレはいつもしているけど、栄口は外に出るときは絶対にしないし身にもつけない。
家を出るときに外し、家に帰るとはめる。毎日それを繰りかえす。
そこまで隠さなくてもいいじゃんか、という気持ちもまったくないと言ったら嘘になるけれど、それよりもそんな面倒なことをしてでも指輪をしていてくれることが嬉しくて、誰にも見られることのない栄口の指輪を見るたびに、やっぱりオレは幸せだなぁと思うのだ。








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