Harmonia ※memoから再掲




※音大パラレル

1stバイオリン 水谷
2ndバイオリン 阿部
ヴィオラ  栄口
チェロ   泉

私の音大の知識はの/だめしかありません。
あとは適当にイメージで書いてますのでご注意ください。
嘘っぱち書いてたらごめんなさい。









Harmonia










レッスン室から流れる軽やかな弦楽四重奏曲。
甘やかな旋律が不意に途切れた。

「ちょっと待て、水谷。いっつも思うんだけど、なんでそこそんなに溜めて弾くんだ?もっと軽くやった方がいいだろ。だいたいおまえの音はいっつも甘ったるいし、しつこすぎんだよ」
「しつこいってひどくね!?」
「しつこいっつーか、うぜぇんだよ。なんつーか色ボケ?みてぇ」
「なにそれ!ひどいよ!阿部のバカー!」
と水谷が腕を振り上げる。広くはないレッスン室、当たりはしなかったが弓の先が阿部の頬を掠め、思わず避けた阿部の眉間にみるみる深いしわが刻まれていく。

「あっぶねーな!楽器持ってるときに不用意な動きをすんな。バカかおまえ」
「うううう…むきゃー!」
阿部の正論と明らかに見下した物言いへの苛立ちに板ばさみになって水谷は奇声をあげるのみだ。
そんなバイオリン二人の口げんかにオレはため息をついた。
「またやってら…ま、もう慣れたけど」
「ホント、よく飽きないよねー」
栄口は楽器を肩から下ろし膝に置いた。苦い顔のオレとは反対に栄口は二人を見て笑っている。

毎回くだらないことでぎゃーぎゃー言い合う二人ははっきり言ってうるさい。
音楽のことだけならともかく、喋り方が気に入らないだの、目つきが嫌いだの、どうでもいいことで口げんかをしているのを見ていると、鬱陶しくてかなわないのだ。
でも栄口はそんな二人のやり取りが好きらしい。
「阿部はさ、ほら、遠慮がないというか容赦ないじゃん?一方的に言っちゃうことが多いからよく誤解されちゃうんだよね。でも水谷はそういうの全然動じないから阿部は言い合いするのが楽しいんだよ」
と前に言っていたことがあった。

師事していた先生が同じということで阿部と栄口は昔から知り合いで、栄口は不器用な阿部がどこかでいざこざを起こしていないか心配ならしく、阿部は阿部で栄口といると落ち着くらしく、学内でも一緒いることが多かった。
そもそもこのカルテット自体、阿部が栄口といたいがために始めたようなもので、阿部が言い出し、オレと水谷が加わったような形で今に至る。

オレは大所帯のオケがあまり好きではなく、できれば室内楽がしたいと思っていたところに、ちょうど友達の伝手で会いにきていた栄口に誘われたのだ。
その時の栄口の人当たりのよさに安心して了承した。
それからいつも練習をしているというレッスン室に行ってみると、すでに阿部と水谷がいた。二人は同じ楽器なだけあってよく見知っているようだった。
3人とも顔くらいは知っているような気はするものの話をしたことはなかったオレに、水谷は人懐っこく話しかけてきた。

「泉はいつからチェロやってんの?」
「チェロってかっこいいよね」
から始まり、
「泉の好きな食べ物ってなあに?」まで。

多少鬱陶しい気もするが、気のいいやつだ、と思った。
いつだったか水谷と話していて、このカルテットに入った理由が話題になった。オレが「栄口に誘われたから」というと水谷は大袈裟なほどに羨ましがった。
同じことを水谷に聞き返すと、
「オレはねー…栄口のヴィオラ好きなんだよね。前に阿部と弾いてるの聴いたことがあってね、楽器自体バイオリンより音が柔らかいからなのかなーって思ってたんだけど、ほかの人のヴィオラ聴いたら全然違うの。栄口の音だけが優しいの。だから、阿部が栄口とカルテットするんだって聞いて、オレも入れてって頼んだんだ」と水谷は幸せそうに笑ったのだった。
このとき、ピンと来た。
水谷の、好き、は恋だ。

水谷自身、そのことをわかっているのかいないのか、と思う。
そして、栄口は水谷のことをどう思っているんだろうかと。

「栄口はさ…水谷のこと好き?」
「好きだよー」
あっさりと答えた栄口に驚いて口が開く。

「マジかよ…」
「すごい優しい音だよね。なにより、水谷のバイオリンって華やかだし」
「なんだ、バイオリンの話かよ…」
「ちがうの?」
栄口はきょとんと泉を見た。

そうか、さっきの話の流れからすると、阿部が水谷の音が甘すぎるって喧嘩してたことについて聞かれたと思ったんだな。
「確かに甘いって感じかも、水谷のバイオリン聴いてると、ケーキの匂いとか花びらがひらひらーっとしてるのが目に浮かぶよね」
栄口はその音を思い浮かべるようにしてきゅっと笑った。

「泉はどう思う?」
「オレ、あんま好きじゃねぇんだわ、あいつの音」
「そうなの?」
なんで栄口が傷ついた顔してんだよ。オレが言ってるのは水谷の音なのに。
そこで、またピンときてしまう。
あぁそうか。水谷だけじゃない。
栄口もか。
自分の勘のよさが恨めしいほどだが、わかってしまえばこんなにわかりやすい二人がいるだろうか。泉はくつくつと笑いがこみ上げてきた。
「悪くはねーよ。でもあれは、ダメだろ」
だって、あいつのバイオリン、音のラブレターみてぇなんだもん。

「そうかなー。いいと思うけどなぁ」
「そりゃ栄口はね…」
「へ?なんで?」
「なんでも」
「オレたちに全然関係のねーやつが聴いたらいい音に聴こえんじゃね?とくに女とか」

オレも、阿部も、あの音の甘さの理由と、その音の宛て先を知ってるから腹が立つんだ。
阿部は栄口を取られたみたいな気がするから。
オレは届きそうで届かない感じがもどかしいから。
早く気づけばいいのに。
このカルテットの中で栄口だけに水谷のバイオリンが甘く甘く、心地よく聞こえる理由。
それはそんなに遠い話ではないだろうとも思う。


目の前では、まだ阿部と水谷の口げんかが続いていた。
阿部もそろそろ諦めればいいのに。
このどこかマザコンに似ている変なやきもちすらも、阿部の愛情であることにかわりはないから。どんな形でも人を好きという気持ちは音楽には大事だ。
目に映りそうな感情の糸に中にいる自分たちは、きっと人の心を揺さぶる音楽を奏でることができるだろう。

「時間なくなるし、さっさと練習しようぜ」
栄口がそうだねとうなずいた。それでも黙らないバイオリン二人にオレは床をダンダンと大きく踏み鳴らした。
「おらっ!おめーらいい加減にしねーとエンドピンぶっ刺すぞ!」
突然の怒声におとなしくなった二人と、笑いの止まらない栄口を見て、オレはチェロをくるりと回してにっと笑った。






/end/

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