『いたいのいたいのとんでいけ』 ※小学生水谷と歯科医栄口パラレル?






水谷→小学生1年生くらい
栄口→歯科医
なミズサカ風?パラレル?

ただひたすら虫歯の治療している話(笑)そしてほぼ実話。
私は治療されるのは嫌いだけど歯医者さんが好きです。







『いたいのいたいのとんでいけ』








僕は歯医者さんが大嫌いだ。
歯医者さんには嫌な思い出があるからだ。
僕は幼稚園のときのことはあまり覚えてないけれど、あの日のことはよく覚えている。
そのころ行ってた歯医者さんは女の先生で、すごくテンションの低い先生だった。顔はマスクに隠されてて見えてるのは目だけ。美人ぽくて目もきれいなんだけど、これが全然笑ってないのだ。

歯医者さん独特の薬品の匂いと音と先生の目を見てたら恐ろしくなって泣いて母さんにしがみついた。母さんが「文貴、大丈夫よ痛くないから」って引き剥がして引き渡した。
「いやだ!帰る〜!」
泣き喚いていた僕は、動かないように手と足と頭を取り押さえられた。
痛かったのかどうかは覚えていない。ただ本当に怖かった。
だから、あの時僕は決心したのだ。
「もう絶対歯医者さんなんか行かない!」と。



……なのに。
また虫歯になってしまった。
たいして痛くはないけれど、ぽっかりと開いた穴の大きさが怖い。
母さんに説得されて僕は渋々歯医者に行くことにした。
学校が終わってから、母さんとてくてく歩いていく。僕が前に行った歯医者さんには絶対に行かないと言ったので、近所に最近できた新しい歯医者に行くことしたのだ。

「……怖い」
僕はふてくされて言った。
「大丈夫よ」
「母さんは前もそう言ったもん。怖かったもん」
「今度の歯医者さんはね、隆也くんも行ってるんだって。すごく優しい先生だって隆也くんのお母さんが言ってたよ」
「ふーん…」
阿部のいうことだったら信用できないけど(阿部はいつも僕をからかって楽しんでいる)、阿部のお母さんなら嘘はつかないだろう。
本当に優しい先生なのかもしれない。


たどり着いたのは白くて小さいお家みたいな歯医者さんだった。
中に入るドアを開けるとからんからんとやわらかいベルの音が鳴った。
靴箱においてあった子供用のスリッパを履いて待合室にあがる。母さんは受付でなにかしていたので僕はソファに座った。

待合室も白と水色で統一してあって僕が座ったソファも水色。ちょっと寒々しい色合いなのにあったかく感じるのは、所々に入っている木と、水色がふんわりと柔らかい色だからなんだろう。
ぽやーっと部屋の中を見ていたら、「水谷さ〜ん」と、診察室の中から名前を呼ばれた。どっきーんと心臓が飛び跳ねる。

あああああ!やっぱり、いやだああああああ!

「水谷文貴くーん」
もう一度呼ばれて母さんが返事をしたら、診察室から出てきた淡い水色の白衣を着た『しかえいせいしさん』が僕を見た。(かんごしさんじゃないんだって車の中で母さんに教えてもらった)

目があうと「どうぞ」とにっこりと笑ってくれた。
明るい笑顔にちょっとだけ安心して中に入る。ここに座っててね、と案内された診察台に座ってドキドキしながら待っていた。
薬の匂いがするだけで嫌な思い出が蘇ってくる。

「水谷…文貴くん?こんにちはー」
やってきたのは男の先生だった。優しいって言うから女の人かと思ってたけど。

「今日はどうしたのかな?」
マスク越しの少しくぐもった声が柔らかくて優しい。
「虫歯が、ここに」
僕は口を開けて指差した。
「見せてねー…あ、ホントだ」となんか尖がった銀色の道具で歯をつつかれてびくっとする。

触んないで!痛くなったらどうすんの!と思いながらも、されるがままなんだけれど。
はい、うがいして、と言われて体を起こした。

「大丈夫、見た目ほど深くないよ。すぐ治るからね」
「ホントに!?痛くない!?」
「うん。痛くないよ」
そういって僕を見る目がすごく優しくて、ホントに痛くないんだって信じられた。

「頑張ろうね」
「はい!」
僕はもう一度診察台に寝転がった。

「はい、大きくあーんってして…じゃ、ちょっと削るよ。音大きいけど痛くないからね、動かないでね」
「ふぁ、ふぁい…」
声が震えると、歯科衛生士さんが「押さえましょうか?」と先生に聞いた。

「ううん、文貴くん、大丈夫だよなー?」
本当は怖かったけど、先生なら大丈夫、そう思えた。そして先生がそう言ってくれたことが僕はすごく誇らしかった。
だから「だいじょうぶだよ!」と僕は大きな声で言った。


とは言ったものの。

うあぁぁぁん!やっぱ怖いよ〜!痛くもないのに怖いよ〜!
ウィーンというドリルの音が近づいてくる。

ひえぇぇっ!
でも動かないって先生と約束したから、僕は動かないんだぞ!
キュインキュイン音が鳴って振動が体に伝わる。

いつ痛いのがくるかと目を瞑って体を硬くして待っていたのだけれど、「はい!終わったよ!」と先生に言われて僕は目を開けた。
「うがいしてね」といわれても信じられない僕はきょどきょどしながらうがいをした。

「さて。今からさっきの穴ぼこ埋めちゃうからね」
…って!またドリルみたいなの持ってるじゃん!
僕の心の声が聞こえてるみたいに先生が笑った。

「これは水が出るだけ。もう削らないから」
目だけでも笑ってるのがわかる、ってすごいなぁ。
はーい、次風が出まーす、次は消毒〜っていちいち言ってくれるので、変に怖がらなくてもいいから気が楽。
消毒の薬をピンセットでこしこしすると、変な味が口の中に広がった。それからなんか白い粘土みたいなのをぐにっぐにっと歯に詰められた。

「で、この青い光をあてると、さっきつめたのが固まるんだよ。すごいよねー」
ぺかーっと視界が青くなる。こんなんで固まるなんて歯医者さんって不思議。
その青い光のが終わると、先生がガチャガチャと何かに持ち替える音がして、僕はそっちをチラッと見た。
ひっ!また機械持った!今度こそ痛いかもしれない!
僕はびくっとして身構えた。

「あはは。文貴くんはホントわかりやすいねー」と先生がくすくすと笑う。
「これはね、さっきつめたのをツルツルにするだけだから、ぜんぜん痛くないよー」
僕は先生の言葉を信じて口を開けた。
その機械は歯に当たるとごろんごろんみたいな音がした。うん確かに痛くない。

僕はその作業の間ずっと先生を見ていた。
口の中を照らす眩しいライトに色の薄い髪の毛と睫毛がキラキラ透けて見えるのがとても綺麗だと思った。柔らかい色、先生の声みたい。

「ちゃんと噛みあってるか見るから、この紙をかちかちって噛んでみて」
ピンセットに挟まれた変な黒っぽい紙みたいなのを言われたとおりカチカチと噛む。取り出して口の中を覗き「ん〜もうちょっとかな。もっかい磨くね」と、またごろんごろんされた。

「はい、もっかい噛んでみて」
またさっきのをかちかちって噛む。先生は同じように口の中を覗いた。
「うん。できた!じゃあよくうがいしてね。これで虫歯は治ったよ」
「え、もう!?」
先生はうん、と大きくうなずいた。
すごい!早い!痛くない!怖くない!っていうか先生優しい!
「頑張ったね。すごくいい子だった」

先生は手袋を外して僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。それから「あのね」と先生はマスクも外した。
目だけでも優しそうだったけど、小さめの鼻と薄い唇、丸っこいほっぺとか、顔全部を見てもやっぱり先生は優しい顔をしていた。

「今日の虫歯は子供の歯だったからすぐ治ったけど、文貴くんの一番奥のおっきい歯はもう大人の歯だからね。虫歯にならないように大事にするんだよ?」

「はい」と僕が言うと先生はにっこりと笑い「約束だよ」と、ぞうさんの絵が描いてある水色の歯ブラシを1本くれた。
診察室を出る前に一度先生を振り返ったら気がついて手を振ってくれた。僕は嬉しくて嬉しくて耳がポーって熱くなった。
でも「じゃあね」って、言われたら、急に寂しくなった。
そっか。もう治ったんだから、「またね」はないんだよね。
僕はちくちく痛む胸のところで、先生にもらった歯ブラシを両手でぎゅっと握り締めた。


待合室では母さんが心配そうな顔で座っていた。僕はてててっと母さんに駆け寄り隣に座った。
「ぜんぜん痛くなかったよ。怖くなかったよ」
「そう、よかったね」
「先生が、すごく優しかった」

ホントだよ。目も声も言葉も、歯を削るのだってすごく優しかったんだ。
僕が先生のことをぽやーっと思い返している間に母さんはお金を払い終わっていて、「帰るよ」と声を掛けられた。


外に出ると、あたりは夕焼けの色になっていた。
「先生、名前なんていうのかなぁ」
「名前?」
母さんはさっき病院でもらった紙を見た。
「領収書には院長 栄口 勇人って書いてあるよ。ほかにお医者さんいないみたいだったからあの先生が院長さんなんじゃない?」
「さかえぐち ゆうと、先生かぁ」
僕は先生の優しい目と声を思い出した。

もう先生には虫歯にならないと会えないのかな。
虫歯はいやだけど、また先生に会えるんならそれでもいいかなぁ。
でもわざと虫歯になんかなったら先生に嫌われそうだからやめておこう。
だってちゃんとハミガキしますって先生と約束したんだから。

僕は先生にもらった歯ブラシのぞうさんを見ながら、先生のことを思い出していた。
そうしたら、きゅってほっぺが熱くなった気がしたけど、隣を歩く母さんのほっぺも夕焼けの色になっていたから僕が赤くなってるのもきっとばれてないはずだ。

「僕ね、帰ったらハミガキするんだ〜」
って言ったら母さんがそうしましょうって笑った。
左手は歯ブラシ、右手は母さんと手を繋いでハミガキの歌を歌いながら家に帰った。







/end/



2009.11.08


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