ほしのこえ -The voices of a distant star-  18(end)





《水谷》










動かなくなったトレーサーに閉じ込められたまま宇宙を漂っていた。
真っ暗なコックピットの中は、自分の呼吸音しか聞こえない。

もう、ダメなのかなぁ。
瞼を閉じても真っ暗な世界は変わらなくて、気が遠くなっていることもわからなくなった。

しばらくしてトレーサーがなにかにごつんとぶつかる感触に目が覚めた。メインモニターの電源は入らないので周りの状況がまったくわからない。
物にぶつかったにしては衝撃が小さいな、と思っていたら、ゴンゴンとノックするような振動が伝わってくる。

まさかと思い、手探りで通信システムを復帰させた。
通信モニターが青白く浮かび上がる。
「やった動いた…!」
でもエラーメッセージが次々と表示されてシステムが正常に起動しない。
「お願い!動け……!」
近距離通信だけはなんとか繋がったみたいだ。
繋がったとたんに大きな声が鳴響いてきた。

『水谷君!無事か!?』
それは隊長の声だった。
「……は、はい!」
『よかった。ケガは!?』
「ありま…せ、ん…だい、じょうぶ…で…」
安心したら、涙が一気に溢れてきて、声にならなくなってしまう。
スピーカーの向こうから隊長がくすくすと笑っているのが聞こえた。

『…本当に……君は無茶をするね。でも、おかげでリシテアは無事だよ。一緒に帰ろう』
「はい…!」
オレは隊長のトレーサーに引かれてリシテアに帰ることができた。







オレが最後のタルシアン艦を落とした後、残ったタルシアンは総員で殲滅したそうだ。
でもこちらも残ったのは傷だらけのリシテアだけだった。

撃沈した3艦の艦内勤務の人たちは全滅だった。
トレーサー部隊で艦外にいた人たちも爆発に巻き込まれてしまい、生存者を捜索したけれど救助できたのはほんの僅かで、遺体すら回収できなかった人がほとんどだった。

地球に戻るにはリシテアの損傷が激しく、かといってここに留まっていてもそう長くは持たない、と司令官から直接説明された。
進むことも戻ることもできない。「まるで大きな棺だ」と誰かが呟いた言葉がひどく恐ろしかった。

その状況を地球に報告した数日後、地球から救援部隊の派遣が決定したと連絡が返ってきた。
それが希望になってリシテアの中に充満していた絶望が少しだけ消えたように感じた。
とはいえ、リシテアはいつ停止してもおかしくない状態であることに変わりはなく、それぞれに不安な時間を過ごしている。

できるだけエネルギーを消費しないように空調は艦内全体ではなく要所のみとなったので、みんな散らばらずに集まっていた。
温度も抑えてあるのか艦内はひんやりとしている。
照明もほとんどが消されていて、点いている場所でも一日中薄暗く今が昼間なのか夜なのかわからなくなっていた。
みんなじっと毛布に包まってうずくまっている。人の密度が高いのは通常ならストレスを感じるのだろうけれど、今は身を寄せ合っているみたいで落ち着くのかもしれない。

オレは窓の傍に座って、外を見ていた。
艦内が暗いので、まわりの星たちが一際明るく見えた。
オレたちの状況はずいぶん変わってしまったけれど、そんなことは関係ないとでもいうように星々は今も変わらず綺麗に瞬いている。


「水谷君」
名前を呼ばれてオレは振り返った。
隊長が入口近くからオレを呼んでいた。

「ちょっと手伝ってくれるかな」
「あ、はい!」
オレは立ちあがって隊長の後について行った。
暗い廊下を懐中電灯の明かりだけで歩いていく。オレははぐれないようにぴたりと隊長の後ろについて歩いた。

「もう、動いても平気なんですか?」
「まぁね。この船の中じゃ元気な方じゃないかな」
隊長は左腕を負傷したらしく、包帯で腕を吊っていて動かせないようだった。

「水谷君は平気かい?」
「オレは…たいしたことないです」

タルシアン艦を落とした時にビームサーベルのリミッターを振り切ったせいか、腕の動きをトレースするアームの部分がショートして両手首のあたりを火傷していた。痛いのは痛いけどたいした傷じゃない。

隊長は機関室に向かい修理を始めた。
「ちょっとこれ持っててくれる?」
と懐中電灯を渡された。オレは手元を照らすように持った。

隊長は片手で器用に部品を交換したり、回路のチェックをしたりしている。
オレは機械のことは全然わからないので、近くにしゃがみ込んでその様子を見ていた。
「これから……どうなるんですかね…」
「とりあえず救助部隊が到着するまで、この船が持ってくれることを期待しようか」

オレは救助部隊に配属された人はどう感じているんだろうかと思った。
オレたちを迎えにくるだけで、なにか新しく発見するとか、名を残すような任務ではない。でも地球の人とたちとは8年も時間がずれてしまうのに。
その話をしたら、今回の救助部隊は志願を募って編制されているらしいと教えてくれた。
例えば血縁者や知人などは優先されたらしい。

「あ、そうだ。救援部隊なんだけど、さっき詳しいデータが送られてきたよ。そのリストの中に名前があった。仲沢君の」
「え、利央ですか…!?」
「うん。地上勤務になったとは聞いてたんだけどね……」

地球に戻ったとき除隊もできたのに、利央はそのまま軍に残り地上勤務を希望したらしい。
軍の仕事が好きだったとは思えないから、リシテアが宇宙に残っているのに自分だけ普通の生活に戻ることを躊躇したのかもしれない。そして救助部隊に志願したのかもしれない。そんなことを話した。

「……なんかムリさせたかな…」
と隊長は、ちょっとだけ切なそうに笑った。

そのうち修理が終わったのか隊長は工具を片付け始めた。
「あの……見てきてもいいですか?」
「なにを?」
「救助部隊のリスト…」
「いいけど、名前だけだよ?」
「それでも…!」
隊長がオレの顔を見て吹きだした。

「いいよ。行っておいで」
「はい!」
片付け終わった隊長に懐中電灯を返すと、そのまま通信室に向かった。





通信室もほとんどの機器の電源が落とされていて中は暗い。
オレはモニターの電源を探して入れた。
軍から送られてきたデータを検索して、救助部隊のリストを見つけた。
ファイルを開くとモニターにずらりと名前が表示された。
順番はアルファベット順らしい。

「えっと……R…R……」

人差し指で辿りながら探していく。

「……あった!」




『No.038 RIOU NAKAZAWA』




「うわぁ…ホントだ、利央だぁ…」

名前を見ているだけでも嬉しくてしばらく画面を眺めていた。
あの日の約束通り、本当に8年たっても忘れないでいてくれたんだ。
オレが思い出せる利央は高校1年生のままだけど、今はたぶん24歳になってるはずだ。

利央はどんな大人になっているんだろう?
オレが言うのもなんだけど、なんだか頼りない奴だった。その利央が軍人なんて変なの、と名前を見ながら一人で笑ってしまった。

「なにやってるんだ」
突然の声にびっくりして振り返った。
そこにいたのは別のトレーサー部隊の上官だった。モニターのデータを見て状況を察知したらしく、オレがなにか言う前に「無駄なエネルギー消費は避けるように」とだけ注意して出て行った。
「はい…すぐに消します……」
足音が遠ざかったのを確認してオレはため息をついた。

電源を落とす前に、もう一度モニターを見つめた。
スクロールしながら、名前を目で追う。
その途中で思わず手を止めた。
「え……っ」
オレは食い入るように画面を見つめた。

まさか…これって…







     『No.058 TAKAYA ABE』






「阿部……」
名前を呼んだら、息が止まる気がした。
「ホントに…ホントに阿部……?」
オレはその名前に手を伸ばし指でなぞった。ただの冷たいモニターの表面なのに、触れた指先がじんと熱くなった。

「ここまで来てくれんの……?」
もう、オレのことなんて忘れてると思ってたのに、覚えていたとしても過去の人になっていると思ったのに。

「阿部……!」
涙がとめどなく溢れ出した。
顔を両手で覆ったけど止まる気配はなくて、オレはそのまま床にしゃがみ込んだ。

嬉しくて、嬉しくて、胸が苦しい。
ぎゅうっと締めつける心臓を押さえた。

あのね、阿部に話したいことや、伝えたいことが、たくさんあるんだ。

ここまで来るまでにあった、たくさんの出来事。
楽しかったこと、怖かったこと。

阿部との距離や時間がどんどん離れていくのが寂しくて、悲しくてしかたなかったこと。
ずっとずっと、好きだったこと。
そんなことを全部、オレの声で伝えたいんだよ。

そして、オレにも教えて。
8年間、阿部がどんなふうに生きてきたのか。
なにを思っていたのか。

オレのことを好きなのかも。



そんなたくさんの思いたちは時間も距離も越えるから、オレたちは遠く遠く離れているけれど、きっとまた会える。





「ねぇ、阿部…オレは……」



















ここにいるよ。

















/end/

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