学校へは徒歩で20分程だ。いつもなら自転車で通学するのだけれど、今日は何故か歩きたかった。
「珪都」
学校の廊下で名を呼ばれ、振り向いた先には悠哉(ユウヤ)が立っていた。
「……おはよ……悠哉?何……?」
軽く挨拶をしてその場を去ろうとする僕の腕を、悠哉は掴んだまま教室とは別方向に向かって歩く。
「ちょ、離してよ。」
「いいから来いって」
ズルズルとひきずられるように連れて来られた場所は、普段授業には使われない空教室だ。
……凄く嫌な予感がする…………。
「珪都……」
「……っん、ゃ………」
案の定、悠哉は戸を閉めるやいなや、僕の唇に自分の唇を押し付けてきた。
濡れた感触。
侵入してきた舌を、必死に押し戻そうとするけれど、悠哉の巧みな舌使いに逆に舌を絡みとられてしまった。
「………っ、」
濃厚なソレに、酸素が足りないせいか頭の芯がぼぅ、としてくる。
フラついた足元を支える為に悠哉にしがみついた手を、肯定のソレだと思ったのか、悠哉は口付けを止める事なく僕を抱き締めてきた。
……こんなところで、盛んなよっ
そうは思っても、抵抗は無意味と知ってるから、黙って悠哉の口付けに答えた。
「なぁ、ヤろう?」
「ばっ………!学校じゃ嫌だって言ってるだろ!?」
「そうだけど………」
解いた口付けの後、悠哉は僕の服の中へ手を差し入れてきた。
背筋に沿って指を這わせられ、ゾクリと肌が粟立ったけれど、密着する胸を叩いて身を離した。
「悠哉……俺、嫌だって言ってるだろ?」
「………っ」
ジロリと睨みつければ、さすがの悠哉もわかってくれたのか、おとなしく手を離してくれた。
「授業始まるから、行く」
「珪都っ!」
背中に向かって呼び留められる声が聞こえたけど、そんなものはお構い無しに空教室から出た。
「勘弁しろよ………」
人の気配が無い廊下に僕の呟きだけが響く。
もうとっくに授業は始まってる時間だ。
あんまり遅刻とかはしたくないのに、悠哉にも困ったものだ。
彼、悠哉と僕は多分、恋人同士の関係だ。
多分、と付くのは、あまり僕に気持ちが無いから。
それでも悠哉はいい奴だし(盛りがつかなければ)好きだと言ってきたから付き合った。
そう、僕は世間一般で言われるところの“ゲイ”だ。
僕がそっち側の人間だと気付いたのは、やはり拓夢が居なくなってからだ。
当たり前のように隣にいた存在をある日突然失って、はっきり言って僕は自暴自棄になってたと思う。
拓夢を中心に生活していたから、まず何をすれば良いのかわからなくなった。
普通に学校へは行ってたけれど、拓夢以外に親しい友達が居なかった僕は、拓夢が居なくなってからの中学生活を本当に一人で過ごしたんだ。
仕事人間の両親。
傍に居ない年の離れた兄。
家族はこんなもので、相談なんか出来るわけがない。
むしろ、したくもなかったけどね。
あんなに好きだった絵もまったく描かなくなった。
……絵を描けば想い出さずにはいられないから。
毎日、拓夢を思い出せば泣いて、考えないようにしようとがむしゃらに勉強だけはした。
お陰で、近所でも有名な進学校へ入学出来た。
本当は拓夢と二人で、美術に力を入れてる高校へ進学するつもりだったんだ。
だけど、拓夢が居なくなった今、一人で入る気にはなれなかった。
だって、僕達の絵は、どちらかが欠けたら完成しないものだから。
筆をとる事も無くなって、極真面目な高校生活を送る中、転機が訪れたのは高校1年の12月。
あれはクリスマスを間近に控えた放課後だった。