【白銀の星図-Star_Of_Lines-_11/白雪姫の物語B】
シャイナとミルファクは廊下を駆ける。
ただ黙々と奥から感じる小宇宙の元へと。
「…」
立ち止まることなく進めば進むほど気まずい空気が流れる。
そもそも少し気まずい理由はアステリオンが早々にミゲルと共に行ってしまったからである。
即決したのはまだいいとして、あの場で組ませるべきは彼とミゲルではなくモーゼスである。かつての現役時代からあの二人がセットであったという事は確認しなくてもいい事実として受け入れられている。そもそもそうでなければ現在同居などするわけがない。
ともかくとして、現在の状況は招かれざる状況であったのだ。ちなみにこれはシャイナにとってだけではない。ミルファクにとってもそうだった。
かつてのマルスとの聖戦においてミルファクは彼女と相対していたのだ。直接的に戦っていなかったからこそ色々と思うところがあるのも事実である。
先ほどまではミゲルとバイエルも居たからこそ気にせずに居られたが今はそうは行かない。
どちらも声を発するという事もなく気がつけば視界の先に2つの小さな影が見えた。
「誰だ!」
シャイナが叫ぶと影の片方がふっと姿を消した。だが気配は残っている。間違いなく、どこかから見ている。
「あれれぇ、いぬさんたちいないねぇ。まぁ聖闘士を相手することにかわりはないわけだけどっさ!」
残っていた人形がくるりと回りながら言った。その言葉を聞いて思わずシャイナとミルファクは顔を見合わせた。
「犬?…アステリオンとミゲルの事かい」
「あははは!答える義理はないよ。どうせ君達はここから帰ることなんて出来ないんだからさ」
「言ってくれるじゃないか」
ミルファクの言葉を切欠に小さな影が突進してきた。その手にはサイズの合わない鶴嘴が握られていた。
「まぁとりあえず、死んでよ!」
まるで御伽噺に出てくるような小人の姿をした人形はシャイナに思い切り鶴嘴を振り下ろした。だが動きが大きいせいかそれは容易く裂けられ、鶴嘴の先端が床にめり込む。
「ふぇー」
「バカかいアンタ。戦うときは自分の体に見合った武器を用意するんだね」
「なにをー!」
まだやれると言わんばかりに小人はシャイナに殴りかかる。だがやはりどこか動きが大きく、また動きがぎこちないせいであたることはない。
そんな相手をしつつシャイナは神経を研ぎ澄まし、どこかに隠れているもう一つの影の様子を探る。
(一体どこからくる)
この様子では十中八九この小人は囮役なのだろう。いや、この様子だから囮しか出来ないのだろう。
ふとミルファクは小宇宙の揺らぎを感じてそちらの方を見た。
「!」
銃口の先が影から見え隠れしている。
「そこか!」
ミルファクは己の小宇宙を高め、銃口めがけて己の拳を放った。拳撃があたる寸前、銃口先から弾丸が放たれる。
「ミルファク!」
「はぁっ!」
だが聖闘士の前にそんな武器など玩具同然。それも聖闘士として完成された強さを持つ白銀聖闘士の前であればなおさら。
「ラス・アルグール・ゴルゴニオ!」
彼の持つ小宇宙が蛇となって影に襲い掛かる。蛇は的確に影の中に潜んでいたそれと、それの持っていた拳銃を奪い、破壊した。
「あああもう殺し屋さんたら何してるんですぅううう!」
「面目ない」
潜んでいたそれ…殺し屋と呼ばれた黒ずくめの人形が苦しげに声を漏らす。
「残念だが俺はここまでだ…後は」
「無理無理無理無理!聖闘士二人とか無理ぃいいい!」
突然始まった人形劇を前にシャイナとミルファクは再び顔を見合わせる。
「…なんだこれ」
「アタシに聞くんじゃないよ」
しばらく2つの人形のいい争いが展開された。だがその言い争いは突如響いた轟音を前にピタリと止まった。
「なっ、なんだ?」
「これは…アステリオン?!」
轟音と共に2つの小宇宙の衝突を察するシャイナとミルファク。そして人形達もまた。
「えっ、なんで…先生たち何してんの?なんで聖闘士が主様のところに?」
「まさか、いやだが王子ときこりが裏切るとは…」
その場に居た誰もが顔を見合わせる。
「…これ以上の戦いは無駄のようだね」
「そのようで」
シャイナの声に小人が頷く。そこから先、何をどう進めばいいかを誰もが理解していた。
小宇宙のぶつかりがあった場所へと駆け出す。
*****
時刻は少し遡り、アステリオンはミゲルの手を引いて廊下を駆けていた。
「先輩、待ってくださいって!」
「…」
何かを考えているのか、それとも誰かと連絡を取り合ってでも居るのか黙ったままのアステリオンにミゲルはどうしていいのかが分からなくなる。
不意に何かに気がついたのかアステリオンは歩を止めた。急に止まるものだからミゲルは対処できずに転びそうになる。だがそれすらもアステリオンに引きとめられる形で転ばずに済んだ。
「ど、どうしたんですか急に立ち止まって…」
「静かに」
言われたとおりに黙ってみる。するとなにやら変な音が聞こえてきた。それはまるで、何かを引き摺っているかのような…。
「!」
血のにおいがして、思わずミゲルは道の奥を凝視した。するとなにやら刃の輝く姿が確認できた。
2つのそれのを視界に捕らえるとほぼ同時に、それを持つ者の姿が見えてきた。その小ささ、まるで人形かのようなそれにミゲルは自身の目を疑った。
「小宇宙による人形操作だ。ミケランジェロのゴーレムと似たようなものだ」
「あーなるほど」
人形がひとりでに動いている原理をそれとなく理解したところで改めて見つめなおす。
片方は中世の貴族のような衣服を纏いその手には彼のサイズにあったレイピアを持っている。もう片方はバンダナをつけ貴族とは対照的な貧しい衣服を身につけその手には斧が握られていた。
共通して居える事はその得物に血がこびりついているという事、そして彼らが同じ術者から小宇宙を得ているという事だろうか。
色々と探る術に長けた猟犬座の聖闘士であるからこそ気付けるその小宇宙の流れから察するに、この奥が『正解』なのだと直感する。
「此処から先には進ませません」
「そうだ。我らの雇い主のため、聖闘士は、邪魔者は消し去る!」
そう啖呵を切って人形達は襲い掛かってきた。
「ミゲル、そっち頼むわ」
「えっ大丈夫なんですか?」
「これぐらいなら余裕だ。それに…」
レイピアの切っ先をアステリオンは軽く受け流す。まるで最初からそこに攻撃が来ると分かっていたかのように。
「俺に攻撃は当たらないよ。感情を持った時点で、そいつには“心”があるんだからな」
「あぁなるほど」
アステリオンの左拳が貴族の背へ打ち付けられる。避ける間も無く貴族は壁へと飛ばされるが、レイピアは固く握り締めたまま離さない。なんとか体勢を立て直すことで反撃を行う。
その様子を視界の端で眺めつつミゲルは斧を持った方に向き直る。どうやらこちらの人形は斧の重さを利用して素早く動こうとしているらしい。
事実人形よりも斧が重いようで、先ほど聞こえていた引き摺る音はこの人形の持つ斧から発せられていたらしい。
「でやあああああ!!」
「よっと」
勿論そんな、自分の得物に振り回されているような相手に苦戦するほどミゲルは弱くはない。というか、白銀聖闘士クラスならば勝てて当然である。よほど条件が悪くない限りは傷一つつくこともないだろう。
そんなこんなで意外とすんなりと勝負がついた。
「きこり!」
貴族風の人形が叫ぶ。きこりと呼ばれた人形は既にミゲルの足元でバラバラになっている。
「余所見」
「っ!」
一瞬の隙を利用してアステリオンは貴族の首元を掴んでそのまま床に叩きつける。素早い動きと剣撃で若干からだの鈍っていたアステリオンを翻弄したが、翻弄しただけで実際に攻撃は一つも当たっていない。
むしろそれが原因で焦りをうみ、きこりが敗れた事で完全に余裕を失ったといったところだろう。そして今、彼もまた敗北したのだ。
「どうします先輩」
「んー」
だが破れたといってもあくまで床に押し付けられているだけの状態だ。術者が小宇宙をこめれば人形を内側から爆発させる事もできる。もしかしたら人形自身が爆発する可能性もあるが。
「どうしようもないし、壊しておこうか」
「マジすか」
「小宇宙の流れ的にこの奥に術者がいるのは間違いないからな。後ろを取られる可能性を考えればな」
「なるほど。確かにその通りだ」
よし、という事で二人は人形を破壊しておいた。バラバラになった人形から小宇宙が流れ出る様を眺めながらその方向を見る。やはりこの通路の奥に通じている。
「…で、先輩。さっきの話に戻るんですけど」
「『なんで自分を連れてこっちに来たんですか』だろ。『先輩ならモーゼス教官と一緒の方がいいんじゃ』って?」
「先読みしないでくださいよ…いや、心普通に読まれてます?」
「先読みだ。むしろこの疑問は誰もが持ってるはずだからな」
誰もが、ということは分かれた他の連中もということだろう。
「正直に言うなら、まぁそうだな。俺個人としても気分転換したかったのさ」
「気分転換ですか」
「それにお互いギクシャクしたまま過ごすのもアレだったからな」
「誰の話ですか」
「シャイナとミルファクさ。いや、そもそも全体の班分けもそうなんだがな…」
「あー」
納得したようにミゲルは頷く。
今回の作戦は班分けの自体から“ギクシャク感”があった。パブリーンと一緒になったハズのフライは大丈夫だろうか。ヨハンはミケランジェロにちゃんと対応出来ているのだろうか…。
そんな事を考えていれば目の前に両開きの扉が見えてきた。その前には学帽を被り、モノクルをかけた人形がいた。
「お待ちしておりました、猟犬座の聖闘士方」
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