※学パラ双子/中学生
あたしたち双子はこの町ではちょっとした有名人だった。
鏡を合わせたようなそっくりな容姿に、人々を魅了する声、美しく響き合うユニゾン。その希有、特異さから地元メディアに取り上げられたことも度々あった。
まだあどけないともいえる歌声がしっかりと紡ぐメロディーは、どこまでも伸びやかで透明。天井の高い音楽ホール全体に溶けるように響いてく。
スタンディングオベーション!
割れんばかりの拍手が送られる度に、幼いあたし達は顔を見合わせて笑い合ったのだった。
……だけど、どんな物事にだって、やがて終焉は訪れる。じわじわと蝉の声が響く中であたしはその言葉を聞いたんだ。
「合唱部やめたから」
ぽつりと。低く変わりつつある声は平坦で感情を感じさせない響きで言った。
少し後ろを歩いていた裾捲りのズボンがゆっくりと歩みをやめると、あたしの真新しい白のスニーカーも静かに止まる。僅かにじゃり、と砂の擦れる音がした。振り返るとレンが険しい顔をしてそこに立っていた。
「なに?」
「だから部活やめたって」
じりじりと照りつける太陽、黒々とした影を落とす街路樹、いつもの通学路、そして微かに香る緑の匂い。何もかもが遠くて幻のように思えた。
さわ、と草木がそよぐ。まるでその場に滞った空気を読んだかのように湿った風が頬を撫で髪を遊んでゆく様にあたしははっと我に返った。
「は? あたし、何も聞いてないよ!」
「だって言ってないし」
そういうことじゃなくて……ッ! 言葉にしたくとも上手く言葉にならない。
納得がいくはずがなかった。レンが歌をやめるなんて。
ずっと一緒に歌ってきたのに。言葉にせずともわかりあえる最高の相方だと思っていたのに。ここまで互いの声を綺麗に響かせ合えるのはきっとレン以外にいないのに。
「少し休んでから別のパートで復帰したっていいじゃんっ」
「でも、もう決めたことだから」
レンは困ったように微笑んだ。だけど変声が始まったばかりの声はひょっとした瞬間に裏返ってしまう。少し前からは考えられない酷い声。それなのに、どうしてそんなに晴れやかに話すの?
「……ねぇ、歌うの嫌いになっちゃったの?」
「じゃなくてさ、どうしても他にやってみたい事が出来たんだ」
レンのやってみたいことって何だろう。例えようもなく不安だった。
あたし達はずっと歌で繋がっていた。歌を歌うことによって伝わるモノがたくさんあった。あたしにとって片割れが歌をやめることは文字通り半身を千切られたように痛かった。
聞きたくない! だけど確かめなきゃいけない。引き止めなきゃ、笑って今のは嘘でしたって聞かなきゃいけない。
「それって何? 二人で歌うのよりも大切なこと?」
「ごめん言えない。でも父さんと母さんにはもう話してあるから」
決定打だった。レンの瞳は揺るぎない。
あたし達は小さな頃から二人揃って音楽の英才教育を受けてきたけれど。
昔からそうだった。ころころと意見を変えるあたしと違って一度決めたことをしっかりとやり遂げるのはいつだってレンの方だった。
「だから、ゴメン」
レンが掠れた声で繰り返す。とても申し訳なさそうに。
ねぇ、どうして謝るの。そんなことが聞きたいわけじゃないの! ぎゅっと目をつむると頬に熱い雫が伝う。
「リン!?」
レンはぎょっと目を見開いた。そりゃ驚くだろう。突然泣かれたりしちゃ。
だけど仕方ないじゃない。悪いのはレンなんだから!
鼻をすんと鳴らすと、おろおろと慌てる彼があたしの目元に手を伸ばそうとするのがわかって、あたしは勢いよくそれを叩き落としキッと睨みつけた。
「レンなんて知らないっ!」
それだけを言い捨てて、あたしはくるりと逆方向に走り出した。背後でレンがうろたえる気配がする。
だけど振り返りたくなかった。レンの顔を見たくなかった。だって彼の空のように青い瞳には困惑の色しかなかったから。
なおも降り注ぐ蝉時雨の中で、何かが壊れる音がした。
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男女の双子で5題より
清香にしては珍しく(短いですが)連載モノになりそうです。暫くの間お付き合い頂けると嬉しいです^^*
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1141(七瀬はち乃)"