普通の女の子として接して下さい、というありそうでなかなか無い頼み事をされてから、3日。
登下校や学校の中でも、俺は名雪や香織に接するように栞に接してきた。
一緒に学食に行き、席争奪戦に加えたりしながら。
栞の体を気遣わない事はなかったし、大丈夫だろうかと心配もしたが、これが栞の望んだ『普通の女の子』なら、俺は少しだけでも彼女の力になれているような気がする。
とりあえず今のところ栞は体調を崩す様子もなく、楽しげに制服を着てはしゃぎ回っている。
これなら大丈夫かと、俺はこの日一大決心をした。
栞をデートに誘う。
デートと言っても、特に何をするわけでもない。
一緒に商店街や駅前を歩いて、休憩に喫茶店に立ち寄ったりして。
何の事はない、普通の高校生の遊び。
けれどそれは、栞にとって新鮮なものだろう。
やっぱり体調がどうこうを考えないでもなかったが、栞に『普通の高校生の放課後』を体験させてやりたかった。
渋られるかと思った返答は存外あっさりと肯定されて、放課後に俺は栞と遊びに行く事になった。
楽しみと不安がないまぜになった気分。どう表せばいいのか、自分でもよく解らない。
とにかく門限までの間に、体に負担をかけない程度に色んな事をしよう。
放課後のプランを考えていたら目をつけられていた教師に何度も当てられたが、名雪がさりげなくフォローをしてくれた。
帰りにケーキでも買って帰ろう。当然、秋子さんと真琴の分も。
放課後。
人混みの中を、なるべくさりげない動作で栞を庇いながら歩く。
名雪が太鼓判を押した店のパフェは、栞にも大好評だった。
UFOキャッチャーすら初めてという栞にはできるだけ可愛らしいぬいぐるみを取ってやるつもりだったが、間違えてなんだか奇妙なカバのぬいぐるみを取ってしまった。
それにすら喜ぶ栞が妙に可笑しくて俺は笑う。
つられて栞も笑い。
傍目には、俺達はどう写るんだろう。
そんな事を考えながら、ぶらぶらと駅前を歩く。
立ち並ぶきらびやかな店のひとつ、その前で栞が立ち止まった。
視線を追えば、ショーケースの中の指輪。
細いシルバーに栞の瞳と同じ色の石が控えめに飾られた、シンプルなものだ。
俺の視線に気づいたのか、にこりと笑いながら行きましょう、と栞は言う。
けれど、栞があんなふうに立ち止まったのは初めてだ。
財布の中身を頭の中で思い出して、改めて値段を見る。
ペアになっているらしいそれは、シンプルなせいかどうにか俺の所持金でも買える額だった。
(しばらく昼飯抜きになりそうだなという憂慮はこの際引っ込めておく。)
くるっと背を向けて歩き出そうとした栞の手を掴んで、店の中に入る。
栞は驚いた様子で目をぱちぱちさせた後、ありがとうございます、だけど大丈夫です、と遠慮がちに呟いた。
それを無視して、近くにいた店員に窓際に飾ってある指輪を、と声をかける。
栞の方はサイズが会わなかったから、一番小さいサイズを出してきてもらった。
驚いたままの栞を引っ張って店を出る。
駅前の明かりが妙に眩しくて、俺は少し目を細めた。
同じケースに入れてもらったふたつの指輪から、栞の分を取り出す。
恭しく(したつもりだったが些か強引だったかもしれない、)栞の左手を取って、その細い薬指に指輪を嵌める。
光を反射して、栞の瞳と同じ色がきら、と煌めいた。
次は俺の分。
ケースごと渡して、栞に促す。
照れ臭いんだろう、顔を赤らめながら、栞は俺の薬指に指輪を嵌めた。
「……どうして、」
その問いに、俺は答えない。
照れ臭くて言えたものじゃない。
光に左手を翳してみる。
栞の瞳と同じ色が、薬指できらりと煌めいた。
(指輪じゃなくて栞の瞳の煌めきに誘われたからだ、なんて死んでも言えない。)
Thanks!
確かに恋だった