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闇光する硝子 16

「基本火・木曜日以外は朝・放課後共に練習があると思ってください。」

散々校内を逃げ回ったのだが「陸上部のミーティングがあるから行け。さもなくば家まで押しかけるぞ」と、半ば脅迫じみた岡山の一言ですごすごと向かった一階『松』教室。
(思った通り、二階に『竹』教室・三階に『梅』教室があった。この学校はなんなんだ一体。)
ガラリと横にスライドさせて扉を開けると(和室じゃないらしい。)先日会った坂本先輩が中央の壇に立ち、マイク片手に話していた。
遅れて登場の新入生に、前にいる先輩方の表情はどれも険しく、同級生らしき面々も然り。
でも坂本先輩は特に気にした様子もなく
「あぁ。名塚君? 陸上部来てくれたんだ。ありがと。」
マイク越しにあいさつをくれた。
そんな言葉を聞いて、部長と知り合いなんて何奴!?と皆一様に驚いた表情に。
とりあえず「遅れてすんません」と謝って、空いていた一番後ろの席に座る。
「えっと。じゃあ話を戻します。名塚君、遅れたところは誰かに聞いてね。」
そのあと一年間の流れや部長・副部長などの役職の発表と、俺達新入生の自己紹介がだらだらと続き・・・。

そういえば昼休みに璃音に会いに来た「祐樹」は何の用だったのだろうかと他事を考えていると、ポケットの携帯のバイブがなった。
ドキリとした心臓を宥めつつ受信メールフォルダを開くと、件名に「匿名希望」と書かれたなんとも怪しいメールが届いていた。
中身を開いてみると
『りおちゃんと友達(祐樹?くん?)が喫茶店に来ました。なんか、ここでバイトやりたいとかだっけ? まぁ、丁重にオコトワリしましたけど? んでさっき、2人して帰ってったんけど・・・いいのかなぁ?瑛樹君。アブナイ香りがしたんだけどなぁ。
では。親切なお兄さんより。』

読み終えたとき不意に左肘をつつかれた。「名塚君っ! 自己紹介。」
ひそひそ声でそう隣の奴に言われたが、頭の中ではさっきのメールの文面がぐるぐると渦巻く。
――祐樹・・・2人で・・・アブナイ・・・!?

「すんませんっ! 急用を思い出したんでっ!」
ガタッと勢いよく席を立った。
呆気にとられている周りをほおって、鞄も持たずに走り出す。
校門をでて、左右の裏道を確認しながら玉置の喫茶店への道順を駆けゆくと、曲がり角で誰かにぶつかった。

「ぶはっ! なんだ。名塚じゃん。なに?見つかんないんだ?」
そこには自称『親切なお兄さん』(甚だ怪しい)と思われる、玉置が居た。
「そっちこそ息切らして何やってんの?」「いやぁー。卵切れちゃってさ。年甲斐もなく走っちゃった。」
「エプロンつけて?」
「いーのいーの。ホラ、道行く人への目の保養。
で、ここまでの道にりおはいなかったよ。もうおとなしく寮で待ってれば?」
「くそっ。っつ!」
靴で塀を蹴り上げ、反動で爪先に走った痛みに顔をしかめる。


日も暮れてきてしまった。
寮を尋ねたのだがまだ璃音は帰ってきておらず、内心泣きそうになった。
放課後いろんな場所をあたってみたのだが、どこにも璃音の姿はなく・・・
「っどこに行ったんだよ!!」
校門の前に座り込み、ただただ璃音の帰りを待つことにした。

「名塚さん。」
目の前に人影が現れた。期待を込めて顔をあげるとそこに、学生服を来た知らない人が立っていた。
でも何故か、手には二つの鞄が。
目を凝らしてみれば、そのうちの一つが俺のらしきもので・・・
「それ・・・。」
指を差しながら問うと、「鞄も持たずにどっか行っちゃったじゃないですか。絶対帰ってくると思ってずっと待ってたんですよ。」などと困った表情をうかべていた。
すまんと呟いて、鞄を受け取ろうとしたら
「僕のこと知っていますか?」
と尋ねられた。
「ごめん。知らない。」
と答えたら
「そうですよね。でも、さっき説明会で左隣にいたんですよ。」
「・・・あぁ。教えてくれた奴。」
「そうです!!」
「なんかいろいろ悪いな・・・。」
「そう思うんだったら、僕と付き合ってくれませんか?」
一瞬の静寂が満ち、
「えーき・・・。」
前方から待ち望んでいた璃音の声が、聞こえた。

闇光する硝子 15

「瑛樹ー、まじで入るん?」
「強制だったし」
「あー、頑張ってな」
「……っ、せっかく帰宅部だったのに」
「ん?まぁバイトには間に合うやろ」

少し沈み気味の瑛樹に笑顔を向ける。
マラソンで上位3位にもれなく陸上orサッカー部入部権を強制的にくれてやると言った体育教師のせいで瑛樹は陸上部に入ることになったのだ。

「まぁー、瑛樹が陸上かぁー」
「何?おかしかった?」

昼食のやきそばパンを頬張りながら否定の意を込めて首を左右に振った。
瑛樹がじゃあ何?と見詰めてくる。

「いや、瑛樹が陸上ってなんかかっこええなぁーって思うて」
「なっ……璃音」

瑛樹が口を押さえて目をしばたかせる。
心なしか顔が赤くなっているように見えた。

でも、瑛樹と遊べる時間少なくなっちゃうな。
それが少し寂しい、なんて恥ずかしくて口には出せない。

誤魔化すように小さく笑いかけて、ぱくりとやきそばパンにかぶりついた。
昼休みだけあって廊下も教室もかなり騒がしい。
この教室も例外でなく、新しく出来た友達との話を楽しんでいる声で溢れていた。
璃音は勿論何かとクラスの中心にいる存在になり、沢山の友達がすぐに出来た。

ふと、教室の入り口の方から自分を呼ぶ声がして璃音はその方を振り向いた。

「あ、璃音ーなんか、先輩が呼んでる」
「あーありがと朔」

璃音に声を掛けたクラスメート、朔はドアの外を指す。
頷いて立ち上がり、誰だろうと自分を呼んだ「先輩」の所へ行く。

「あ、璃音」

廊下に出る。そこに居たのは他でもない祐樹だった。

「祐樹ー!どうしたん?」
「いや、ちゃんと生きてるかなって生存確認。あー、お前のナイトは?いない訳?」
「いや、中におるよ?呼ぶ?」
「いやいやいや、邪魔だからちょうど良かった」

邪魔?と疑問に思いながら、笑顔を浮かべる祐樹に目を浮かべた。
学年が別れたのにちょくちょく会ってる気がする。
偶然なのか、嬉しいことだけど。

祐樹は璃音の手をとり、教室から少し離れた窓際へと連れていった。
一体何だろうと首を傾げる。

「で、なに?」

きっと何か用があって来た筈だ。

「あのさ、俺バイトしたいんだ。璃音って喫茶店でバイト、してたよな?」
「あ、あぁあうん、あはははは」

まさか言えない。ゲイバーなんて。

別に祐樹が偏見を持つようには思わないが、バーで働いている、なんて少しおかしいだろう。

「バイト先紹介してくれない?」

「あー、うん」

自分のバイト先は紹介出来かねる。他に何か、と思考を巡らせてすぐに浮かんだのは玉置さんだった。
あの店なら、うん大丈夫だ。

「でも、何で急にバイトやろうて思ったん?」
「それは……、小遣い稼ぎ?」

祐樹は何かを隠すように僅かに口をぱくぱくさせた後、曖昧に笑んだ。

まぁとにかく、と手をぱん、と打って祐樹はにこりとする。

「今日帰り暇だったら、連れてってくんない?」

自分より背の高い祐樹にお願いのポーズをとられ、璃音は顔に笑みを浮かべたまま頷く。
大丈夫、玉置さんならなんとかしてくれるやろ。
妙な確信を持った璃音は、勿論毎日放課後が暇なので快くOKした。

そういえば、瑛樹、陸上部の説明とやらに出なきゃいけなかった筈だ。
瑛樹はついて来られないな。

璃音はそんなことを考えながら、じゃあ帰り、と祐樹に伝えた。
「あんがとな」

祐樹の大きな手が頭に乗る。わしゃわしゃと撫でられる感触がくすぐったくて目を細めた。

祐樹も大切な友達の一人。こうして学年が別れてしまっても仲良く出来ることが璃音には無性に嬉しかった。

璃音にとっては、友達は家族のようなものなのだ。悩みを聞いてくれる母であり、勇気づけてくれる父であり、笑顔をくれる兄弟である。

自分を頼ってくれたことが、璃音にはくすぐったいくらいに嬉しかったのだ。

「じゃあね、祐樹」
「あ、璃音」
「ん?」

頭にあった手がゆっくりと滑り落ちる。
祐樹を見上げると、とても優しい表情の顔と目が合った。

手のひらが頬を包む。

「祐樹?」

祐樹が身を屈める。
顔が近い。


「璃音っ!」

息の詰まるような空間に突然割って入る、声。
教室から出て来た瑛樹だった。

「っ……じゃあ帰りな璃音」

祐樹がぱっと身を翻して足早に去っていく。

何だったんだろう?

「璃音っ!大丈夫かっ!?」
「なにが?」

何故か焦っている瑛樹にぎゅっと抱きしめられ、驚いて声を失う。

祐樹はもうどこかに行ってしまったようだった。

「瑛樹?」
「さっきのやつに何かされなかったか?」
「別に?祐樹は友達やよ」
「友達、ねぇ……」

瑛樹は璃音を抱き締めたまま、祐樹の去っていった方向を目を細めて見やった。
一体、何だろう?
とにかく帰りに玉置さんの所にいかなくちゃ。

怪訝そうな璃音をじっと見詰める瑛樹の視線の意味を、また璃音は気付いていなかった。

硝子の器 8

転校。それは前々から言われていたことだった。
親の仕事が上手くいかなく、財政的に不安定な状況で、奨学金制度に引っかかることが出来たのだ。
場所は少し山の方の私立学校で、俺の成績を維持すれば学費、寮に払う費用など全て賄ってくれるという。

親も、今の学校からの状況転換が俺にとって悪い影響は与えないか、と心配してなかなか考えあぐねてきたのだが、親の会社が一方的に契約解消され、学費が払えなくなるかもしれない。

嫌だけど、碧と離れるなんて考えられないけれど、物理的に、転校も視野に入れなくてはいけない状況だ。
そんな時に。

碧にだけは知られたくなかったのに。

迅人は唇を噛み締めて碧の背中を追った。
全速力で追い掛ける。
ちゃんと理由を説明しないと。

碧に心の重荷をかけたくない。
俺が支えてあげるべきなのに。
俺のことで、心配なんか。

くっと歪んだ表情で足を上げる。
きっと今碧を捕まえて洗いざらい話してやらないとダメな気がする。
ずっと、一緒にいられないなんて、嫌だ。

碧が足をもつらせながら、先の角へ曲がるのが見えた。
寮に入っていく。

陸上部の力を発揮してそれを追う。

碧に追いつかなければ、と思うことに反比例して碧との距離は一向に縮まらない。
碧が速いのか、俺が遅いのか。

角を曲がる。
碧が寮監の部屋に入っていくのが見えた。
あと少し。もう少しで追い付く。

大きな足音をたてて寮監の部屋の扉を開ける。
「碧っ!!」

扉の向こうで、コーヒーカップを手にした寮監の中城がこちらを振り向いた。
碧は……、ソファで丸まって、動かない。

ベージュの毛布が背中にかけられている。

「碧……?」
「彼なら一瞬で寝ちゃったよ。まるでの〇太くん……よっぽど疲れてたらしいな」
「はぁ……」

中城は少し困った表情をして、起こすのも可哀想だし、どうしようか迷っててね、と言ってきた。
そっと足音を立てないように気を付けて碧に近付く。

小さな寝息が聴こえた。
疲れてたんだろうか。
いつも夜中に、眠れないのか窓の外ばかり見詰めて。

うずくまって顔は見えないがきっと穏やかな顔をしているだろう。
碧の柔らかな髪をそっと梳く。

大丈夫。なんとかして、碧の側からは絶対離れないから。

「悪いが部屋に連れて行ってやってくれ。ここで寝られたら困るしな」
「はい」

碧を起こさないように、そっと背中と膝裏を掬う。

「ん……」

碧は僅かに身じろぎをして眉を寄せたが、起きた訳ではないようだった。そんな碧の表情に艶かしさを感じたのは言わないことにする。

「あぁ、それと何かあるならちゃんと話し合えよ」
「……分かってます」

次に碧が起きたら全部話そう。

そうして、碧を抱き上げて部屋を後にした。

闇光する硝子 14

春の暖かな日差しが降り注ぐ中、俺らは走らされていた。

「おーどうした? 皆して遅刻か? まぁとりあえず出席番号順に並べや。」

いかにも中年という感じのジャージ姿の男が校庭に立っていた。
「岡山いいます。一年間よろしく」といったその人に、みんな怖い先生じゃ無かったことにホッとして、めいめいに並びだす。

「あーえっと。今日はお前らの担任が休みらしいから、代わりに俺が一限の授業だけで良いからって頼まれたんだけどなぁ。
でも俺、体育しかできないしってことで、今日は走ってもらいます。」

いや多分、クラス全員がツッこんだと思う。
(黒板のいかにも繊細そうな字、お前だったんだ!?)
(わざわざ体育とかやらせんなよ!!)

そんなこんなで今地獄の苦しみと戦っているのだが・・・俺はまだ良い。体力には自信があるから。
気がかりなのは璃音だ。過保護とか言われるだろうが、あんなに華奢な躰でこのマラソンが保つのだろうかと心配になる。

岡山が提示したこのマラソン。
「最初の20分は何が何でも走れ」
というものだった。
「その後走りたい奴は走って良い。んでクラスで最後に残った三人だけは、もれなく良いことがある。」
そんな餌をちらつかせ、そして
「20分でリタイアした奴らは、誰が残るか賭でもしておけ。」
と豪快に言い放った。

ちらりと一周半遅れの璃音を見やれば、どこまでも続くこの忌まわしきトラックを思いっきり睨んで、それでも懸命に走っている姿が見えた。

細くて白い足が太陽の光に照らされて、艶めかしく見えるのは俺だけだろうか?
でも・・・と考える。
是非ともクラス委員には体操着のジャージ化を進めてもらいたいと思った。
「俺のもの」では未だ無かったけれど、他の誰にも見せたくなかったから。
そしていつか「俺のもの」にしてやると意気込んで、半周先の璃音の元へと急ぐ。

俺が半周先にいた璃音に追いついた頃丁度、20分という時間が経った。
岡山の「脱落者許可!!」という声を聞くや否や案の定、璃音は中央の広いスペースに倒れ込んだ。「えいきぃはのこるぉね。」という声を残して。
何を期待しているんだ!? と振り向いたがもはや、自分の足と格闘している彼には聞こえて無かったみたいだ。
餌につられやがって!! そう思いながらも、璃音の頼みが断れない自分がいた。


はっはっはっ・・・。
自分の手が自分のモノではないような錯覚に陥りながら、酸素を少しでも肺に送り込もうと必死に息を吸う。

隣で璃音が
「瑛樹すごいょ!! 三着だょ?? 三着!!」
と本当に嬉しそうな声をあげている。
この声が聞けたのだから、このツラさは正当な代価かな?と少し納得する。

「おぉ! このクラスは強豪揃いだな。」
と向こうでも嬉しそうな声をあげている岡山の姿がチラリと見えた。
「向井に川嶋に名塚か? うーん。ギリギリまで残ってた太田も特別枠に入れるか?」
なんの枠だ?
そんな疑問はすぐ流れた。
絶望をつれて。

「上位三人は陸上部に決定な。あー。もしくはサッカー部。
感謝しろよ?? 凰李の陸上は強いんだぜ?」

・・・!?

闇光する硝子 13

寝ぼけたままで教室に向かうと、黒板には1限目は体育と書かれていた。
よし、勉強せんで済む。体操着は元々持っているので、鞄から取り出し、教室内でガヤガヤと着替えるクラスメート達に混じって、同じようにネクタイをするりと解いた。

瑛樹まだなんかな?

家から直接通う瑛樹とは登校時間が違うので、瑛樹が今学校に来ているかは教室に着くまで分からない。
後ろの机である筈の瑛樹の席に鞄がないことから察して彼はまだのようだ。
早く来んかなぁーと思いつつ、大あくびをした。

「璃音」

聞き覚えのある声が後ろからする。瑛樹のものではない。
その人物を確信しながら振り向いて、まだ眠たいままに笑顔を向けた。

「あー祐樹。それに蓮池と、甲山と、田崎やん」

元クラスメート達が何故かこの、1学年下の教室にいる。先輩という無言の威圧感がそこだけを鮮やかに浮き立たせていた。璃音の寝起きの無防備な笑顔に口元を押さえながらも、祐樹たちは、よぉ、と挨拶を返す。
まさか自分の笑顔が悩殺モノだということに璃音は気付いていない。

「どうしたん?」
「いや、後輩になった璃音がどうしてんのかなぁって気になって」
「ふぅん」

璃音はへらりと笑って相槌をうち、ブラウスのボタンを外していく。
「俺これから体育なんよ。やから着替えんと」
「っ……、璃音まだ眠そう」

蓮池が璃音の手元に釘付けになりながらそう呟いた。
周りの、何も知らない新入生は遠巻きに彼らを見るばかりだ。
璃音はまた1つあくびをして、なんか眠くて、と答えた。

「そんなんじゃ着替えらんないだろ」
甲山がボタンを外そうと悪戦苦闘している璃音の細い指に触れる。
あれ、甲山なんか優しくなったなぁ。

異様に変化していく空気に気付かないのは張本人の璃音だけで、新入生は初めての光景に固唾を呑んで見守る。
甲山は璃音の手を握り、顔を近付けて、璃音はどじだから、寝ぼけてたら怪我しそうだ、と言い訳をつけ、俺たちが着替えさせてやる、と璃音の手を下に下ろさせた。

「うーん、分かった」

頭の回らない璃音をいいことに、璃音のブラウスを脱がせていく甲山。
端から見たら妖しいこと極まりない光景だ。
また、田崎がごくりと喉を上下させるので、今からやらしいことでも始まるのではないかと、周囲に変な緊張が走った。

ブラウスが肌から剥がれ、さっと取り去られる。
白い絹肌を目の前にした祐樹たちの反応が一番誤解を招く要因だった。

「っ、璃音超綺麗な肌」
「……舐めたい」

ぽろりと零した言葉を慌てて咳払いで誤魔化した祐樹は、体操着のポロシャツを手に取って、璃音に被せた。

璃音の腕を取り、袖口に通してやろうと掴んだ。

片や田崎は下も着替えさせてやる為に、ベルトに手をかけた。

「ごめんやらせちゃって」
「いや……むしろ毎回やりたいくらい」

祐樹がにやりとしながら、璃音の頭を撫でた時だった。

「璃音ぉおォーーーっ!!!!!」


この声は、まさか。

璃音が振り向いたのと、誰かが璃音を抱き締めたのと、周りにいた祐樹や田崎が吹っ飛んだのと、全て同時だった。
ガタガタと机にぶつかる音で目が覚める。

「……瑛、樹?」

璃音は目をぱちくりさせて、友人を殴り飛ばして璃音を抱き締めた張本人を見た。

瑛樹はかなりの剣幕で祐樹たちを睨み付けながら、璃音には優しい声色で尋ねる。

「璃音、大丈夫かっ!?変なことされなかったかっ!?」

確かに瑛樹が見た光景は誤解を招くには充分すぎるものだ。新入生たちはクラスメートが先輩を殴ったことに固まっている。

皆石化したように、ピクリともしない。

「あー、瑛樹?あの、別に俺何もされてへんし」
「良かった、間に合った」
「そうやなくて、その、祐樹たちは友達なんやけど……」
「……は?」

次は瑛樹が石化する番だ。瑛樹がまじまじと殴った相手を見詰めると、祐樹たちが痛ぇ、と呟いて起き上がる。
祐樹と瑛樹の目が合う。
バチッ、と音がした気がした。

「お前が噂の、ナイトか」
「殴ってすいませんでした」

祐樹の見せる不穏な空気にも関わらず、瑛樹は棒読みに謝る。全く悪びれない様子だ。

「いきなり殴るんじゃねぇよ」

瑛樹をきつく睨み付ける田崎。それを必死で宥める甲山と蓮池。辺りは騒然としていた。

「だから、つい。すいません」

瑛樹はどこからどう見ても喧嘩を売っているようにしか見えない。璃音をぎゅっと抱き締めたまま、睨み返すものだから困る。
璃音はじたばたと瑛樹の腕の中で暴れ、この状況をどうにかしようと、打開策を練った。
な、なんかヤバそう。

「あ、あの祐樹?」
璃音が瑛樹に抱かれたまま祐樹に少し強張った笑顔を向ける。

「ん?なに、璃音」

異様な空気の中、璃音は続けた。

「ごめん、瑛樹勘違いしたみたいやで、許したって?な、友達やから、ね?」

「……、まぁ仕方ないか」

祐樹は小さなため息と共に顔の表情を緩めた。

「璃音がそこまで言うんならもう怒んないよ。お前、名前は?」

祐樹が満面の笑みでそう言って、璃音を見た後、表情は変えずに瑛樹の方を向いた。

「あ……名塚 瑛樹です」
「名塚くん、もう先輩は殴るなよ?今度殴ったら……。素敵なナイトだ」

祐樹は瑛樹の耳元で何か囁いた気がしたが、何を言ったのかは璃音には分からなかった。
一瞬ピリピリとした空気が流れたのが分かる。

「じゃあね、璃音」

祐樹は笑顔で教室を後にする。後からついて行く蓮池たちも璃音にだけ笑顔を向けて去って行った。

なんだか、一気にどっと疲れが押し寄せる。

「はぁー、……あ、あぁっ!時間ヤバいっ!あと5分しかないやんっ!瑛樹離してっ!」

璃音は瑛樹の中でばたばたと足掻き、やっと解放されたかと思うと急いで中途半端だった格好を、半袖短パンという姿に変えた。

早く瑛樹も着替えんと、と急かす。
瑛樹は慌てて頷いて、着替え始める。

途端に固まっていた空気が再びかき混ぜられたように、いつもの喧騒が戻る。
新入生たちにとっては、初めての学校でとんでもない事件として深く記憶に刻まれたのは、言うまでもない。

「はよ行こっ!あ、皆も早くせなっ!」

璃音はクラスに明るく声をかけたのだった。

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