声が出なくなるまで喋って歌って叫んで泣いてみたい。自分の声が本当に出なくなるまで。枯れるくらいじゃだめだ。
別に声無くしたい訳じゃないんだよ。むしろ話せなくなるのは嫌い。中学の時、唐突に声が出なくなって1日中筆談ばっかしてたことがあったけど、あれはめんどくさい。話だからこそある面白さがなくなる。私は冗談混じりに話すのが好きだからね。自分がそういう話上手いとかは言わないよ思い込み乙って言われそうだから(´・ω・`)←
何となくだけど、今年は全力投球しようと思う。何事も。
だから手始めに喉を潰そうと。バカですか。ええそうです。
とりあえず、迷惑がかからないようにカラオケでも行きますかね。全力で熱唱してきたら少しは気がおさまるんじゃないかと思ってる訳です。
今思ったんだけど、某曲を10回くらい入れてぶっ続けに歌ったら5回目あたりで私は泣くんじゃないかと。4回目でうっすら…とか。マジでありそうです。実は1回泣き出すと止まらない人なので残りの5回はジャイアン顔負けの汚い歌声ですねわかります。
付き合いたい勇者は名乗り出ると良いよ。ただし本当に号泣するかもしれないので要注意。
誘われたらそれは貴方の死亡フラグです
そういえば小学3年の時に担任だった先生に毎年年賀状出してるんだけど、まぁ今年も出した訳ね。
年賀状のコメント書いてる時は毎年その内容に悩むんだけど、今年のやつはいっちょ前に先生の身体を気遣う(お体にお気をつけて〜程度だけど)コメントを書いたんですよ。でも読み返したら今まで何書いて送ってたのかわかんなくなったのね。
だから記憶を遡ってみたんだけど、突然昔のこと思い出した。
先生のお別れ会(結婚するからってことで退職)の時、先生が大好きだったから私めっちゃ泣いてたんだよ。まぁ小学生だから仕方ないっちゃ仕方ないんだけどさ。
で、その時結構仲が良かった友達も泣いてて、その子に「先生最後だから泣くのやめよう?」って言ったら「零だって泣いてるくせに」って言われたんですよねー。
しかもそれ言われたらもっと泣けてきちゃって、見兼ねた先生が笑って慰めてくれたりしたんですよ。ははは。超懐かしい。
そんな私が春からは大学生なんですって。それはあれから10年近くが経とうとしてるってことで。
時間が流れるのは早いですね。それが私はすごく怖いです。成長したくない。
やりたいことはたくさん、それこそ言葉通り山ほどあるんですよ。もちろんそれをする為には年齢を重ねる他ないのも事実。でもそれは私にとって必ずしも叶えられる目標ではない訳です。
成長と言えば聞こえは良いものの、言葉を変えればそれは「老い」。生きていれば必ずくる。それはわかってるんだ。だって私の周りには同じように年を重ねてきた同世代がいて、私より先に生まれて生きてきた親の世代がいるんだから。
別に年をとりたくないなんてバカげたことを言ってるんじゃないよ。若い方が恥ずかしいことだってあるんだ。
私が老いる分は良い。でも周りが老いていくのは嫌だ。
私が知っている人がそうなってしまうのが怖くてたまらない。今にもいなくなってしまいそうで。私は結局周りに甘えてここに居るから、周りが壊れてなくなるのは本当に怖い。
私の周りではその老いを茶化すように話す人が多くて、私の感覚がおかしいのかと思った。老いが進行するってことはつまり、死に近付くこと。
それを考えれば考えるほど怖くなる。いつか置いていかれる日がくるんだって、それしか考えられなくなる。
「親より先に死ぬのは最大の親不孝」なんて言われてるけど、私が親以外でもそんな瞬間を見なきゃならないなら先に死んだ方が楽だ。泣く友達も動かない人間も見たくないんだよ。
…ということを毎晩のように考えるようになり、今は家にはいないんですけど寝付けないんです最近。こないだは5時頃まで寝れなくて、今まで寝まくって過ごしてた自分が信じられなくなりました。
メールも返してない人いる。本当に訳があって携帯触れなくて返せてない人もいるんだけど、そうじゃない人が…ね。どうやら必要以上に私の近くにいる人であればあるほどメール返してないらしいよ。嫌いだから返してないとか、そんなんじゃないから。これはホント。
あー、読み返して思ったけど新年早々暗いよ。主に終盤。
でも自分のこの考えは変わるべきだと思うよ。まず何が嫌かって自分に変なプレッシャーかかってるからね。
最後に言うことじゃないんだけど、ここまで読んで気分悪くしたらごめんなさい。
あと今年は若林と土屋と大野を全面的に応援します。