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12/04 外套

 ぶるう、と体を震わせたのは今年一番の雪のせい。見あげた空からは、ぼつぼつとした大粒のそれが降りて来、べったりと塗り潰したような灰色が広がっている。
 思わずきう、と外套を握り締めた。

 AM.6:48。校舎へ向かう敷地内の道の端に、あの男の後姿。足は向こうの方が長いはずなのに、どうしてかその背が随分と近くなってくる。

(何、気を急いているんだ)

 オレは。

 ついに、その直前まで迫ってしまい。なんとか足音をたてまいと努力する。だが、そいつは堂々と後ろを向いて微笑みやがった。
 生温かい、おはようございます。

 ぼ、と脳が熱くなる。どうにもならなくて、「……ま、ますっ!!」とよく端折り過ぎた返事をして、一気にスピイド上昇。廊下を走っているときに校長に叱られた気がしなくもないが、一足踏み込んだ職員室はやんわりと暖かかった。後ろ手にドアを閉め、すん。と怪訝に匂いを嗅ぐ。

 外套に、あの匂い。



(ああ、ケリ。つけなくちゃな)

11/30 初雪

 
 冬という季節感に触れた。
 職員室で残業をしていたら、薄くも厚くも見える窓硝子の向こう側にハラハラと舞い落ちる雪を見た。そんなに寒いのかと少し憂鬱になったものの、仕事が丁度終わって学校を出る。
 微妙に積もった初雪。最初の内は綺麗に思えたソレに段々と嫌悪感が募り、かき消すように沈めるように踏みつける。踏まれればすぐに色合いを変えるソレが、人間の性質そのものを表しているようで酷くひどく滑稽だった。醜い。
 それでも屈み込んで、人間の心理的象徴に見えた大気中の水蒸気が氷点以下に冷却されて出来た結晶を掌に掬ったのはどういう理由だったのか。冷えた体温と雪が混ざり合い存在する壁が失われていく感覚に不思議と目眩がした。

 「………………」

 例えば彼も
 鴉のような髪をした彼も、例外無く他人を染めていくのであろう。だから私は、

 (………………私は?)

 踏まれた雪の黒が溶け出し、暗澹とした自分の固まらない思考を塗り潰す。
 掌を伝う水分と同じく、思考も何も流れてしまえと座り込んだまま思った。

11/26 皆目

 わからない。感情を抑えるという行為には、幼いころから慣れていたはずであったし、第一この地に来てからそれに苦労するという大層な事象はまだ起こっていないはずであった。だから、皆目わからない。どうして、職員室のよく冷えたドアに触れるだけで欲情してしまうのだろう。

(末期だろうか)

 考えてみれば、思い当たる節が無いでもない。オレは、暫く女を抱いていないのだ。だが、それとは少し違う感じがした。快楽を求める何かではない。
 もっと、根本的な。そんな何か――。

「おはようございます」

 昨日の失態をどうにか取り繕うために、微笑みをしっかりと浮かべて挨拶を交わす。

 オハヨウゴザイマス。

 慣れない吐息のような台詞には、まだ動悸がしてばかり。

11/24 珈琲と動揺

 
 気紛れだった。
 珈琲を飲んでいたらしいが、背後から見て彼が何をしているのか分からず、後ろから覗き込んでみる。何故だか彼は盛大に咳き込み、むせかえっていた。
 ……こちらが驚くくらい、動揺が激しい。何かあったのだろうか。
 暫し、黒曜石の双眸と対峙する。全てを呑み込んでいく暗澹の雫が沈む色は、私の瞳なんかよりも全然、綺麗で。思わずギルバート、と名前を呟いた。怪訝そうな表情の彼に笑う。いやだなぁ、取って食べる訳じゃないのに。

 「……何か?」

 何か。
 何なのかと問われれば、そう。それは。

 「貴方はギルバートというよりも鴉っていう感じですね」

 あの時の彼の表情が、今日一番の見物だったのだろう。

11/23 感情

 案外、声は低かった。低いというよりも落ち着いていた。事務室へ出向いてオスカー氏に名前を尋ねてみると、履歴書を提示された。機械で写真を撮ったのだろう、その若い男の写真は少しぶれている。名前の欄には「ザークシーズ=ブレイク」とあった。――そうか、ブレイクか。出で立ちはいかにもエリート風で、あの優雅な身のこなしを思い出すと妙に納得してしまう。どこか感情の欠落しているような笑顔がその名前に等号関係を結ばせる。不意にオスカー氏は言った。「あいつも、オマエのことを聞きに来たんだよ」と。

 職員室で女性職員から手渡されるコーヒーは、少し甘い。上に零す液状ミルクが段々と白濁から黒と混ざり茶色に変色していって。
 その水面にあの男の顔が何故か浮かんできて、むせ返ってしまう。

 どうして、オレはあの男のことばかり。
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