くだらない思考が頭を過ぎった
どのみち望めないのだから自分には関係の無い話。自分には。このひとには、
灰に変わって、触れた端から崩れて仕舞いそうだったから傍らに座り込んでその首筋へ顔を寄せた。消えないことを確認したかった。
それなのに重みを掛けないように回す腕は、半分と少し進んだところで易く彼の双肩を収めてしまう
棒のような腕、足。背骨の梯には開けなかった羽根の名残がくっきりと張り出している。痩せぎすの体。ぼくのはんぶんしかないね。骨張るばかりの華奢な体は迸る破壊衝動に振り切れて壊れるんじゃないかと気が気でなかった。かれは中身の激情に耐えられるような逞しさもない、しなやかなだけの四肢を閉じた。ただの入れ物みたいだ。既に壊れている。
昏い睛で、呼吸を殺してうなだれた肩へ体を寄せ合って。明日の話なんかしたこと無いね、荒廃した言葉以外口にしないね、骨の浮いた腰や耳の形、報われない会話より噛み合うようなキスをしたり、布団を取り合ったり
沈む箱舟の中で溺れながら喘いでいた。
もう一度だけ触れたら、そう願うのは僕の願望だけで、どうにもしようがないから。現実から抜けられない代わりに、なんだって叶えたいのに
何が欲しいの
距離感を埋めて、届かないケロイドの残骸を目前に欠けた肩を抱いた。
窓辺では白む光を嫌った夜のこどもが融解し、煤けたアルミサッシと不精に積もる埃が日に染まってきらきらと光っている。
換気をしないと、どうでもいい事が頭を掠め、ぐるりと部屋を見回した。なんてことはない、住み慣れた空間だった。
頬の鈍く醒めるような痛みの有無。背中越しに伝わる氷の躯。
あるはずのないものだと理解していても、都合の良い夢は脳を欺いてくれる。しかし夢は現実に優ることはない。何一つ当て嵌まらなかった。
上体を起こすのとほぼ同時に、微妙な感覚を手の下に捉えた。
「ごめん、潰した」
脇腹に体重を掛けられた島さんは起きぬけのくもる声で二三言単語を発し、苦悶の表情からゆっくりと視点を合わす。もう一度ごめんね、と謝れば肘から腕を引かれ、ベッドの中へ引き戻された。
「居るの忘れてたな……」
「寝ぼけてたから」
「ああ、だから」
腕に収まった髪をくしゃくしゃに撫でた島さんは一人頷いて重く瞼を下ろした。
「なにが」
「何が欲しい、って」
寝言にしては正確な発音をしていたと指摘され、霧散しつつあった断片を取り戻す。
「甲斐性とかあったらいいよね」
「そういう系なんだ、抽象スキル系の」
「あなたは」
「お前が欲しい」
「いくらでもどうぞ」
取り込まれた胸板から見上げる島さんの、精悍とは程遠いふやけた寝起き顔に少し笑いが出て、それを目敏く見付けた双眸は意地悪く光る。
なんだってあげる、すきなだけ利用したら突き落として。コンクリートの向こうから子守唄が流れている。病んだ白い腕へ溢れた注射痕に苛まれる夜辺はもういない。此処はまるで、−−−
一度亡くしたこの身の代わりに犠牲となった誰かの抜け殻で埋め尽くされた虚無の穴。その怜悧な睛で射抜かれた傷口から大事ななにかが毀れてしまった。
朝の光が流れ込むベランダから振り返る痩身が長く伸びて、伸びっぱなしの前髪の、涙嚢に落ちる睫毛の繊細さに遮られ、踝の出た足元へ滑り落ちた。儚い存在はいつの間にか消えてしまうから切ない。
楽園へ行けなくても良いと口を付いて仕舞った直後、濡れた輪郭に走る苦いものを含んだ頬の削げ方が風が吹けば崩れて仕舞いそうに脆い陰影をしていた。そんな顔するんだ、と思った。
、知りもせずに
「忘れたらいいよね、ぜんぶ」
さよなら、 。いいたかったことを忘れて、思い出したがっても出て来るのは白い息だけ。どうせ他愛のない彼との(あなたとの)追想。だからいいんです。
吉凶を分け合ったり腕の中で探り合い、いつか結ばれたくても、無いものは望めない。溶け合いたかった過去が消えない、顔形ばかり薄れては夢で逢えても何処へもいけない。
果てなく続くような安寧に溺れ、傍らにある体温に只委ねて
ぼくは何がほしかったんだっけ。
さよなら獣を称えたきみよ
くだらない思考が頭を過ぎった
どのみち望めないのだから自分には関係の無い話。自分には。このひとには、
灰に変わって、触れた端から崩れて仕舞いそうだったから
その傍らに体を寄せた。消えないことを確認したかった。
確かな感触が欲しくて回す腕は、半分と少し進んだところで易く彼の双肩を収めてしまう。
棒のような腕、足。背骨の左右に開けなかった羽根の名残がくっきりと張り出している
痩せぎすの体。<ぼくのはんぶんしかないね。>
骨張るばかりの華奢な体は迸る破壊衝動に振り切れるのではないかと不安に駆られる。
かれは中身の激情に耐えられるような逞しさのかけらもない、しなやかなだけの四肢を閉じた。
ただの入れ物みたいだ。<既に壊れている>
昏い睛で、呼吸を殺し、うなだれた肩へ体を寄せ合う。
<明日の話なんかしたこと無いね、荒廃した言葉以外口にしないね、>
沈む箱舟の中で溺れるように喘いでいた。
< もう一度だけ触れたら、>
願望だった。
かれを理解できない自分の、一つきりの期待だった。
完結する現実から抜けられない僕らは、有り余る嘘を終える。
望むもの、なんだって叶えたいのに
何が欲しいの
距離感を埋めて、届かないケロイドの残骸を目前に欠けた肩を抱いた。
窓辺では白む光を嫌った夜のこどもが融解し、煤けたアルミサッシと不精に積もる埃が日に染まってきらきらと光っている。
換気をしないと、どうでもいい事が頭を掠め、ぐるりと部屋を見回した。なんてことはない、住み慣れた空間だった。
耳の裏を巡る血液の音や秒針の音。
雨に濡れたアスファルトの匂いがすぐ近くにある気がして高架橋の下で感化した野良猫を思い出す。
上体を起こすのとほぼ同時に、微妙な感覚を手の下に捉えた。
「ごめん、潰した」
脇腹に体重を掛けられた島さんは起きぬけのくもる声で二三言単語を発し、苦悶の表情からゆっくりと視点を合わす。もう一度ごめんね、と謝れば肘から腕を引かれ、ベッドの中へ引き戻された。
「居るの忘れてたな……」
「寝ぼけてたから」
「ああ、だから」
腕に収まった髪をくしゃくしゃに撫でた島さんは重たそうに瞼を押さえる。
「なにが」
「何が欲しい、って」
寝言にしては正確な発音をしていたと指摘され、霧散しつつあった断片を取り戻す。
「甲斐性とかあったらいいよね」
「そういう系なんだ、抽象スキル系の」
「あなたは」
「お前が欲しい」
「いくらでもどうぞ」
取り込まれた胸板から見上げる島さんの、精悍とは程遠い寝起き顔に少し笑いが出て、目敏くも見逃さなかった双眸は意地悪く光る。
なんだってあげる、すきなだけ利用したら突き落として。コンクリートの向こうから子守唄が流れている。
一度亡くしたこの身の代わりに犠牲となった誰かの抜け殻で埋め尽くされた虚無の穴。その怜悧な睛で射抜かれたら傷口から大事ななにかが毀れてしまった。
清廉が流れ込むベランダから振り返る痩身が長く伸びている。伸びっぱなしの前髪の隙間に覗く涙嚢に落ちる睫毛の繊細さに立ち眩む。
楽園へいけないと告げた時、風が吹けば崩れて仕舞いそうに脆い陰影をした。苦いものを含んだ頬の削げ方を、そんな顔するんだ、と単純に思った。
かれを、知りもせずに
「忘れたらいいよね、ぜんぶ」
儚い存在はいつの間にか消えてしまうから切ない。
病んだ白い腕へ溢れた注射痕に苛まれる夜辺はもういない。
此処はまるで、−−−
果てなく続くような安寧に溺れ、傍らにある体温に只委ねて
ぼくは何がほしかったんだっけ。
さよなら獣を蒔えたきみよ
「彼と誕生日を祝いたかった」
年を越えて、雪が降ったと凍えたり、桜が咲いたとはしゃいだり。またあの茹だる暑さの箱舟で溺れていたかった。
骨の浮いた腰や耳の形をなぞる。噛み合うようなキスをした。布団を取り合った夕暮れ時。濃淡に覆われるフローリング。じょうざい、
いつかの別れなんか考えず、子供服の肌触りを語って、絆創膏の継ぎ目に爪を立てる泡を付けたままの腕から滴る水滴を拭う生活。
夜這いまがいの行為に没頭した。腕の中で探り合った朝寝を妨げる開け放つ窓の向こう側へ、キスもハグも無しで生きられるように。
命懸けで愛をした、かった。
本当はそんな大それたものではなくて、
ふれていた、かった。愛や恋やなんかどうだっていい。
ささくれ立った指を捕らえ口付ける。氷の詰まった袋を抱いているような感覚。不健全な色形をした彼の何が好きだった。
さよなら、 。いいたかったことを忘れて、出て来るのは白い息だけ。どうせ他愛のない彼との(あなたとの)追想。だからいいんです。
無いものは望めない、溶け合いたかった過去が消えない、顔形ばかり薄れては夢で逢えても何処へもいけない。
無声のカンバセーション、幸福だった。喪失。楽園、片道の羽根、足りないものばかりのコンクリート壁に囲まれながら躊躇わずに生きたきみといたい。
一緒にいきたいよ
ねぇ、