美嘉は走っていた
あまり足が速い方じゃないのでそんなに感じないが、本人は必死だった
うあぁ、もう七時半になっちゃうよ!
せっかく診療時間最後の患者さんがドタキャンになって早く仕事終わったのに、電車間違えるとか何事?!
美嘉は方向音痴だった
東京に住み始めて二年目だが、未だによく電車に乗り間違えていた
元から藍には『ちょっと遅刻すると思うよ!』とはメールをしておいたが、変に律儀な性格なので遅刻時間を最小限にしないと気が済まないのだ
混み合う電車で幸運にも座る事が出来たのでサッとメイクを直し、合コン向きの服装に着替える為に一度自宅に戻りたかったのも我慢した
それなのに電車を間違えるという渾身のミスに泣きたくなった
指定された店は最近開店したばかりの居酒屋だった
居酒屋と言っても近頃は若者向けにお洒落な内装やメニューを揃える店が増えていて、今回の店もリーズナブルだがカクテルの種類と洋風のメニューの豊富さがウリらしい
店の入り口で元気良く出迎えてくれた店員に、乱れた呼吸を整えてから『予約した新井です』と告げた
店員はフレッシュなスマイルで美嘉を店内に案内した
美嘉が案内されたのは店の中でも奥まったスペースらしく、店の出入り口辺りはお客さんですごい賑やかだったが、ここは出入り口程騒がしくはない
それが逆に扉を開けられない理由になっていた
合コンにたった一人だけ遅れて参加したという経験がなかったので、どんな顔をして入ればいいのかさっぱり分からなかった
美嘉は人見知りだった
まあ、考えても仕方がない事を考えるのは馬鹿らしいか…
美嘉は少し緊張しながらも、扉をゆっくり開けた
こっそりと顔の半分だけを覗かせて、中に藍が居るか確認しようとしたが、美嘉が確認し終えるより先に大きな声が近くから上がった
「あっ!もしかしてお待ちかねの女の子っ?」
「へっ!?」
「美嘉っ?遅いよ何やってたの!」
「ご、ごめんね!」
もしこのお店じゃなかったらどうしよう、偶然違う新井さんって人が予約してただけだったらどうしよう、と思ってコソコソしていた美嘉だったが、今度こそ観念して扉を全て開けて中へ入った
扉側の椅子には男性が五人座っていて、テーブルを挟んで背もたれの付いている長椅子に女性が四人座っていた
あ、良かった女の子藍以外に知ってる子居た!
「あんた仕事早く終わったってメール着てたのに遅いから心配してたんだよ?
電話出ないし」
「えっ!ごごごめん音切ったまんまだった…」
「やっぱりな…」
「ごめんね、電車間違っちゃって」
「……はぁ?」
入り口に立ったままではもし店員さんが料理を運んで来た時邪魔になっちゃうし、と美嘉は長椅子の隅、藍の隣に座ろうとした
が、何故か藍は立ち上がり美嘉を長椅子に座らせてから自身が隅に座った
「………?」
「千香に言われた合コンの鉄則」
「…幹事同士対角線の隅に座る?」
「それです」
「あはっ!藍がちゃんと幹事してる!」
「えーっと、美嘉ちゃん?」
ゲラゲラと笑っていたら、藍の対角線上に居る男性から声をかけられる
幹事さん、かな?
「あ、はい!」
「美嘉ちゃん何飲む?もうみんな乾杯しちゃったけど」
「あ、全然いいですよ!遅れた私が悪いですし
じゃあカシスオレンジで!」
「おお、女子っぽい」
「でしょう」
たぶん幹事さんは扉を開けて近くを歩いてた店員さんを捕まえてお酒を注文してくれた
ピンポン鳴らさないんだなぁ、その方が早そうだし
店員さんは頼んでからすぐにカシスオレンジを持って現れた
それを私の向かいに座っている男性が受け取り、私に渡してくれた
「じゃあ美嘉ちゃん来たし改めてカンパーイ!」
「カンパーイ!!」
「ありがとうございます!」
各々のグラスをカチリと合わせてから、走って渇いた喉にゴクゴクと甘ったるいアルコールを流し込む
ああ、やっぱり美味いもんじゃないなぁお酒なんて
喉を潤す為だけにグラスを傾けていたら、うっかり全て飲み干してしまう
「美嘉ちゃん強いね〜、おかわり何飲む?」
「あ、同じのでお願いします」
「はいよ」
また男性の幹事さんはテキパキと動いて私や他の人の空いたグラスを下げて、店員さんにドリンクを注文してくれた
ドリンクを待ってる間に、幹事さんはニッコリ笑顔を私に向ける
「じゃあ、美嘉ちゃん自己紹介お願いします」
「あ、はい!
えーと、石田美嘉です
藍の友達です
仲良くして下さい!」
とりあえず、週末を楽しみましょうか