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LOST COLORS 5






スザクが大きく息を吸うと、熱くなっていた口の中が少し冷えてくれた。此方を見詰めるルルーシュの、奥の見えない深い紫に、肩が震える。足を踏み入れれば、二度と抜け出すことができない。昔話に聞く、底なし沼にそれは似ていると思った。


「スザク?」


名前が呼び返される。撮影中には何度も、何度も、それこそ勘違いだと解っているのに赤面してしまう程に呼ばれた名前だ。しかし、それは結局同じ名前であっても『スザク』の名前。そして、呼んでいるのもルルーシュでなく、『ルルーシュ』だ。と、自分を冷静にするまでに、撮影期間全部を要した。つまり、撮影を終えて初めて、素直にそう思えた。


「ルルーシュ、僕、君にどうしても伝えたいことがあるんだ」


身体ごとルルーシュに向き直り、背筋を伸ばす。なんという言葉で伝えたら、溢れる気持ちの大きさまで解って貰えるだろう。閉じた口の僅かな隙間からも、ルルーシュへの想いは絶え間なく零れていた。好きだ。好きだ。好きだ。好き、スザクは、ルルーシュが、好きだ。
肌寒さなどすっかり忘れていた。頭から爪先までどこもかしこも熱を持っている。心臓は鳴り過ぎてうるさくて、恋心に押し潰された胸には上手く酸素が入っていかなかった。まだ何も言っていないのに、視界が潤み出す。どうしよう、きっとルルーシュに、おかしいって、気持ち悪いって思われている。どうしよう、早く。早く伝えないと。
色んな意味で、スザクの方が死んでしまいそうだった。


「好きだ」


スザクが少し口を開けた瞬間に、それは響いた。絶えず零れていたものが、ただ形になっただけの、本能のままの告白だった。一度音になることを知った想いたちが、次々とスザクから出ていく。何度出て行ってもその瞬間にはその何倍も浮かび上がるものだから、スザクにはこの告白は永遠に続くのではないかと思えた。


「好きだ。大好き。ルルーシュ、愛してる。初めて会った時から、ずっと、ずっと、好きだ。愛してる、愛しているんだ、君を」


言葉と共に身体の力も抜けるのか、震える足を無理に立たせて、スザクはルルーシュを見詰める。スザクの告白が始まってから、ルルーシュはぴくりとも動いていなかった。感情の見えない紫色の瞳は、此方を向いているのに、視線が合わない。スザクは、そんなルルーシュが不安で、仕方なくて、口を再び閉じようと懸命だった。けれど、やっと声になれた想いは、止まろうとなんかしてくれない。好きが、もうスザクごと壊れそうだったのだ。





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久しぶりになりました。



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LOST COLORS 4





打ち上げも終盤に差し掛かり、スザクはお手洗いから戻ってきたルルーシュを呼び止めた。もう今しか、この瞬間しか、チャンスはないだろうと思った。強く、拳を握る。
「少し、二人で話せない?」と聞くと、ルルーシュは「いいですよ」と微笑った。スザクは息を吐いて、どこに行こうかと頭の中できょろきょろする。そんなスザクなど全部お見通しだと言うように、ルルーシュが「折角だから庭がみたいです」と言うものだから、ああ、と。好きだなあ、と。改めて、深く思うしかなかった。

打ち上げの会場の料亭は、今時珍しい日本風の場所だった。庭に面した廊下から外に出ると、肌寒い風の中で美しい景色が浮かんでいた。店のものだろう、つっかけに足を通し、整備された小道を歩く。どこかで水の流れる音がしていて、何となく探すような足取りになった。月明かりが楽しめる程度に抑えられた足元のライトは、二人の存在を儚げにする。気温はそう低くないものの、時折身体を撫でる風が肌寒さを感じさせた。スザクは、そう言えばルルーシュは寒がりだったことを思い出し、早く勇気を出す為の理由のひとつにした。今しかない。こね瞬間を逃せば、きっとルルーシュに一生想いを伝えることなど出来はしない。
宴会の声が、遠く聞こえた。中庭にいる自分たちと、そう離れていない場所だというのに、別の世界の出来事のようだ。ルルーシュを、振り向く。彼は本当に庭を見たい思いもあったらしく、小道の脇の花や、月に照された池を嬉しそうに眺めていた。可愛くて、愛しくて仕方がない。


「ルルーシュ」


彼の名前を呼ぶ。
スザクとルルーシュは、本名と役の名前が一緒だ。監督から話を貰った時、ドラマ企画はまだ主人公の名前も決まっていなかった。だからと言って自分たちの名前をそのまま使って貰うことは、ルルーシュもスザクも少し気が引けた。新人がドラマの役名と自身の名前を一緒にすることはよくある。その方が世間から名前を覚えて貰い易いからだ。しかし、それが主役級ともなると話は別だ。役柄に合った名前を使うことは、印象の面で重要である。ましてや『コードギアス』はサブタイトルに主人公の名前が使われるのだ、不安に思うのが当然だった。監督はそんな二人の言葉を聞くと、楽しそうに笑った。小さくいいこたちだ、と呟き、両手を組んで二人を見詰める。


「後ろから呼び掛けて、自然に振り向いて欲しいだけだよ。本名なら、頭よりも常に身体が反応してくれる。それに、──『ルルーシュ』も『スザク』もいい名前だ。役のイメージにも合う」


言われたルルーシュが、嬉しそうに顔を赤くした。スザクはそれを見て、彼は自分の名前が好きなのだと知った。それから、スザクは彼の名前を、大切に大切に呼んでいる。




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終わる気配が見えません。



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LOST COLORS 3





すっかり過去を思い返しているらしいスザクを、マネージャーは微笑ましく見守っていた。ひっきりなしに流れる涙を、もう拭うこともせずにしあわせそうにしている。時折鼻を啜る為に身体が震えるが、それ以外には少し俯いた姿勢のままでまるで動かない。マネージャーは、嬉しくなって、半分くらいは苦しくなって、倣うように過去に思いを馳せた。
コードギアスの撮影が終わった時のスザクの表情は、今でもはっきりと覚えている。全てが終わった安堵と、素晴らしいものに最後まで関われた喜びと、終わってしまった寂しさ。そして、それらを凌駕する、ルルーシュと会えなくなるという悲しみ。いや、あれは作中の『ルルーシュ』を手にかけた『スザク』とシンクロしていたのかも知れない。血糊に染まった赤い手袋を見て、いつまでも泣いているスザクを、周囲は全員で慰めた。撮影だと解っていても、自分の手がルルーシュの身体を貫くというのは本当にキツかったらしい。役としても、憎しみを持ってのことではないから尚更だ。役につられたままのナナリー役のアイドルは、スザクの崩れる場所まで登り、ミイラとりがミイラになった。慰めるつもりで握った手の震えを感じて、手をとり合ったまま泣き出したのだ。
「ルルーシュ…ぅ」
「お兄さまぁ」
と、悲痛な声は暫く続き、監督がなんとかしろと此方を見るのに、ナナリー役のマネージャーと一緒になって首を振った。公道を封鎖する日時の関係でこのシーンが撮影の最後となったが、スタッフ全員でそれで良かったのだと思った。あの泣き様では、明日も明後日も目が腫れているに違いない。首を振っていたマネージャー二人も、急いでスケジュールを確認した。それから、冷たいタオルを用意する方を決めるじゃんけんが始まった。
白熱するマネージャーの勝負。面白がってきた監督と脚本とプロデューサー。あんまりに美しい構図に、自前のカメラを回し始めるカメラマン。戸惑ってうろうろする大多数のスタッフ。それを止められたのは、髪についた血糊を落とす為に撮影終了後すぐに現場を後にしていたルルーシュだけだ。


「まったく、何をしているんだ」


赤く染まった皇帝服から、普段着の黒のシャツとジーンズで戻ってきたルルーシュは、『ルルーシュ』だった。泣いていたスザクは、声の方向を見てはもっと泣いて、『ナナリー』を抱き抱えると、ルルーシュのところまで跳んだ。それに、小さく溜め息を吐き、『ルルーシュ』は微笑う。
『スザク』と『ナナリー』も、懸命に涙を引っ込めて、笑顔で『ルルーシュ』に抱きついた。その光景に、スタッフも何だか涙を流し始める。「終わったんだなあ、」と誰かが呟いた。世界が切り取られたように、そこは静かで、美しくて、「終わったんだなあ!」ともう一度大声が響いて、さっき呟いたのが監督だったことを知った。





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そう、一度は終わったんだなあ…。



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LOST COLORS 2




ルルーシュが『ルルーシュ』に決まった時、彼は新人だった。一般公募のオーディションから生まれた新しい光、つまりぺーぺーの素人だ。子役経験もなく、劇団に入ったこともなく、それどころか演劇部でも、小中の学芸会でまともな役にありついたこともない。ただ、「けれど、人生の8割は、演技でした」と言い切って、その場所を掴みとった。
まともな演技の経験がないのはスザクも一緒で、だから『コードギアス』は、主役、準主役共に新人という企画段階から危なっかしいドラマになった。これで、新人を売り出す為の踏み台ドラマではないと誰が信じるかな、とはスザクが思ったことだ。その癖ルルーシュとスザクの周りを固める役者は、有名どころばかり集めるものだから、楽屋に挨拶に行くのは本当に恐怖だった。特に、ジェレミアの役柄を聞いた後に出てきた名前には、本気で目眩がした。4話の脚本がきた時には、脚本に三度謝り、「ぽぺっ」の時にはスザクが監督に抗議をしに走った。その度に皆で大笑いするような、和やかな現場だった幸福も今は分かる。

ルルーシュとスザクが初めて出会ったのは、まだ『ルルーシュ』と『スザク』以外の役者は誰ひとり決まっていないような頃だ。監督に「顔合わせをしよう」と呼び出されたのはどこか知らない山奥で、スザクは何をさせられるのかと不安に立ち尽くしていた。そこに現れたのが、ルルーシュだ。
黒のワゴンのドアが開かれて、隙間から見えた指先に、何故だか唾を飲み込んだ。助手席の裏につけられた手は、白くて、美しくて、怖い、と咄嗟に思う。遅れて見えた宝石みたいな瞳に、全部が奪われていく思いがした。全部だ。過去も、いまも、未来も全部奪われてしまうような、それが幸福なような、恐ろしい。
いつの間にか隣にきていた監督が、スザクにしか聞こえない声で「君には、彼だけが色彩を帯びて見える筈だ」と言った。監督はよくこうやって、突然に『スザク』の設定をスザクに言うことがあった。けれど、これは、設定でもなんでもなく、事実にしかならなかった。


ルルーシュはただ、一生懸命だった。口癖は「できます」「今すぐなんとかします」「大丈夫です」。そう言って胸を張って、足を震わせて、休憩時間にはひっそりと泣いていた。大御所ばかりが脇を固めている状況には何とも思っていないようなのに、彼らがいい演技をする度に、悔しそうに唇を噛んでいた。何ひとつ諦めない彼は、ルルーシュだったし、『ルルーシュ』だった。スザクは、どちらのルルーシュにも、熱烈に惹かれていた。
初めて会って、「じゃあ、3時間後に迎えに来るから楽しく遊んでて」と二人きりで山の上に置き去りにされた時から、長い長い、辛い苦しい。しあわせな片想いは、始まっていた。





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2日目にしてあげ損ねたなんて…。
これは昨日分です。




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LOST COLORS 1






「映画、ですか」
満面の笑みのマネジャーの言葉に、スザクは胸の高鳴るのを抑えられなかった。映画、と唇の内側で繰り返して、歓喜の悲鳴を上げそうになるのを堪える。それでも上下の唇が、ほっぺたごと動かしては顔の全部を震わせていた。はっきりとにやけて行くのを止めることが出来ずに、中途半端な顔のままで俯く。嬉しくて、どうしたらいいか解らなくて、素直に喜ぶのを躊躇っている。だって、俄には信じられない。信じて、裏切られたら死んでしまう。


「嬉しい?」
「っ、あの、セシルさん。本当なんですか?」


何でもかんでも鵜呑みにする普段のスザクからは考えられない疑い深さに、マネジャーは笑いを堪えた。不安が手に取るように解る。信じて、喜んで、本当にいいのかと、聞きながら喜ぶ準備をしている。瞳が少しずつ潤んできているのに気付いて、ああ、やっぱり今日の仕事を終えてから伝えて正解だったと思った。無理もない。だって、あれから3年だ。3年も、スザクはずっと願い続けた。


「本当よ。コードギアスは映画化される。だからまた、彼にも会えるわ」


ほら、泣いた。なんて思う間もなくスザクは鼻水まで垂らした本格的な泣きに入っていた。喉の辺りからは絶えずひぐっ、びゅぎ、と可笑しな音を立てている。あんまりに醜くて、今度は耐えきれずに笑ってしまう。自分以外の誰にも、見せられない顔だな、とマネジャーは頷きかけて、いや、『彼』には見せてやりたいとも思う。とても勝手な話だが、スザクが3年も想い続けるのを身近で見てきた身としては、彼がスザクを想わずに生きていることが、不満に思えてきていた。こんな自分の気持ちこそ、スザクにも彼にも、誰にも言えないけれど。


「…ルルーシュ」


本当に、愛しそうに、スザクが呟く。大切な名前だからと、口に出せば焦がれるからと、殆ど声になることのない名前だ。頭の中は、そればかりで埋め尽くされている癖に。
子どもみたいな泣き方をするのに、子どものようにがむしゃらに求めることはしない。

5年前、スザクにドラマの話が来た時は、本人もその周囲もただただ驚いた。スザクは当時、顔出しで仕事をしたことは一度もないスーツアクターで、その上遊園地や地域の祭でヒーローショーの悪役をしているような、ギリギリでバイトではないような男だったからだ。それが、深夜帯とはいえ連続ドラマの準主役。一度は詐欺だと思って名刺を突き返したのは、正しい判断だったとスザクは今でも思っている。そして、二度目ですっかり信じ込み、二つ返事で契約書にサインしたのは、人生でも最高の判断だった。




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少しずつ、あげていきます。スザクの心情は殆ど私です。



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