いつも僕を勇気づけた
とてもとても険しく細い道だったけど
いま君を迎えにゆこう


話題:恋人との日常






題名はゆうちゃんが時々歌う歌。

前から知ってる歌だけど、彼の声がとても誠実に響くから、更に好きになった歌。







さて、昨日の話。
下ネタもあり注意ね。






食事を終えて外へ出ようとすると、先程とはうってかわって雨が降っていた。
えーってびっくりするゆうちゃんに向かって鞄から折り畳み傘を出して見せる。


あっ、ってゆうちゃんは言って、なぜか鞄から財布をチャキーンって出してきた。すごく得意気な顔。



「な、なんなんだ」

「僕にもなんかよくわかんない」




財布はしまって、小さな折り畳み傘を使ってふたりで相合い傘。足はどんどん濡れていくけど、わたしはすごく楽しい気分。

いつもはゆうちゃんが歌う歌を今日はわたしが歌ってみる。




「きみのいえへーとつづくーながい、いっぽんみちがー」



ここまで歌って歌詞が分からなくなった。
歌詞はあやふや。






「いつーもぼーくをーゆうきづけるー」


同じ傘の下でゆうちゃんが続きを歌ってくれる。




「あ、勇気づける、か。なんだっけなー、苦しめた、だっけなーって思ってた」


なにそれ、ってゆうちゃん、すごく喜んでくれた。



「まきちゃんちへの道のことじゃないの、それ!坂道だからさ、しんどいよーって」



彼は私の間違いをいたく気に入ったようで、間違いバージョンを歌ったりしていた。






「お腹いっぱいだねー」

「今日は僕もうなにも食べないよ、、」

「えー?夜おなかすくよ?食べないの?」

「うー、食べないよ、」

「どうする?夜おなかすいたらどうする?」

「うー、うー」

「夜、おなか、」

「そうなったら泣きながら寝るよっ!」

「ぷぷぷ、ゆうちゃんかわいそう」





そんな風に話してたら、雨の中に、別の匂い。
歩きながら頭のなかでその元を探す。
これはもう通りすぎたな。



「あそこだっ」


振り向いて後方を指差すとやはりあった。


「ほら、やっぱり、沈丁花」


見事探しだしたわたしのことをゆうちゃんが笑った。
 


「ほんと、まきちゃんは沈丁花感知器だな」



彼の言うとおり、この季節わたしは沈丁花感知器になる。ふたりで走っていてもその匂いが漂ってくればそのもとを探さずにはいられない。

ただ指さすだけだけど。





「あ、見て!」


彼が誰かの家の庭先の木を見て言う。


「あ、ほんとだ!」


私も見て、驚く。 



その木は白木蓮の木。

冬の間、毛のふわふわ生えたたくさんの蕾を抱えていたのに、いまはなくなっている。
そのかわりにいまは、ふわふわの芽からは想像もつかないような艶やかな真っ白の花をいっぱいに咲かせていた。



「ふわふわはどこへ行ったんだ、、」


花も確かに綺麗ではあるけど、私と彼は冬の間中そのふわふわを触って楽しんでいたから、残念な気持ちも強かった。

他の白木蓮もこの日一斉に咲きだしたよう。
どこをさがしてもふわふわは見つからなかった。


「みんな旅立ってしまったな、ふわふわ」

私が言うと、彼は真剣な顔で頷いた。






「今日は変な日」

傘を閉じてアパートの階段を上がりながら彼がしみじみと言う。

「朝は晴れて暖かかったのに突然雨が降りだすし、ふわふわはみんなして裏世界へ行ってしまった」





私は彼の後ろから家に入った。 



「うわ、真っ暗!暗すぎー。裏世界ってここのことじゃないの」




彼が笑って電気をつける。



「そうだよ、ここが裏世界」



「なるほどね、ふわふわをどこに隠したんだ」





私がふざけて言うと、彼が笑って布団を指差した。


「あそこだよ」






ふざけあったまま布団に入って、でもそのあとは静かにしていた。



布団と彼の腕に包まれて雨の音を聞いていた。
背中から包まれている。



ふざけながら大分雨のなかを歩いたから、ふたりともズボンがびしょびしょになってしまっていた。それを脱いで干した私たちはふたりとも素足だ。ひんやりした太股と太股がくっつきあっているのが心地いい。雨のなかで咲いていた、艶やかな木蓮を思い出す。




太股はひんやりしているが鼓動は熱い。
雨の音がするはずなのに、いつもより大きな音で聞こえる気がするのは変な話。
彼は何も話さないが、寝ているんだろうか。





「雨だねー」

私が小さな声で話しかけると、


「雨だね、やだな」

と彼も小さな声で答えたから、だから寝ていなかったみたい。




「そう?こうしてるときには雨が降ってる方がいいよ」

「うん、こうしてるときはね」




「それにさ、」

私はくるりと彼の方に向き直る。



「こうするのにも、雨が降ってる方がいいよ」



そのまま彼に触れる。
驚いたような彼の目が心地いい。

今日は私からすることにした。
雨が降っている日の方が、したくなるような気がする。こんな雨の夕方は特に。





雨の音の中に彼の圧し殺した声が混じっていった。





『青春の影』