その夜はひどい雨で。
落ちる、というより叩きつけるような音がひどく心を蝕んでいた。
それで、目をつぶっても睡魔なんかやってこない時間を持て余した僕は、包まっていた毛布を上半身はぎ取って身体を起こした。
今夜の宿は木造の簡素な、けれど居心地はそう悪くない部屋だ。いつも特別に自分の部屋を取りたがらないあの人が寝るに、ちょうどよい按配(あんばい)のソファもある。
けど、起き上がった視界に映るその場所に、何故だかその姿はなかった。
(どこ行ったんだ・・・?)
普通なら手洗いか何か、気にすることはないけれど。この寝苦しい雨、その湿り気が、無性に不安めいたものをかき立てていた。
「レスカ・・・?」
呼んでみる。
バカみたいだ。子供じゃあるまいし。
でも。
「・・・・・。」
雨が耳に痛い。その、気に障るビートに心音が呼応して、苛立ちみたいな感情が胸を荒立てる。
どこ行ったんだよ!
「・・・ったく。」
仕方ないから立ち上がり、こんなことしてどうする?と思いながらも、水滴ですりガラスのように煙った窓を開けてみた。
すると、
「・・・!!
レスカ・・・?」
ベランダのように張り出した窓の淵、滝のような雨を余すことなく浴びながら、レスカはこうべをあげて立ち尽くしていた。僕の声には気付いていないようだ。
「・・・・・。」
どうしてかわからないけど、もう一度声をかけることがためらわれる。そんな僕など知らない彼女はただただ雨に打たれていて。
(なんなんだよ・・・)
これじゃまるで泣いてるみたいじゃないか。漆黒の剣士さまに涙なんか似合わないのに。
「・・・っ」
勘弁してくれよ。僕は知らないんだ。知るはずがないんだ。
(泣いてる人にどう接したらいいかなんて・・・)
「・・・・・。」
手持ち無沙汰みたいな気分のまま無言で見つめていると、その視線にやっと気を留めたらしい、レスカがこちらを向く。
「ユヒト・・・すまない、起こしてしまったか。」
「・・・・・。」
静かに言葉を落としたその顔に、涙らしきものは存在していなかった。でも、こう雨が激しくてはその推測も真実味がない。だからといってストレートに尋ねる気にもなれず、僕は黙ったまま部屋の中に入った。
「ユヒト?」
追いかけるように窓枠から身を乗り出すレスカ。の頭に、乱暴にタオルを放り投げてやる。
聞きたいことが山ほどあるような気がしたけど、それを具現化するには至らなかった。やっぱりよくわからないんだ、うまい接し方ってやつ。
だから、
「風邪なんか引かれたら困るんだよ。シャワーでも浴びてきたら?」
「・・・・・。ああ。」
不器用なやりとりなら彼女だってそう。いつもそうだから、このわけのわからない時間もこれで終わりだ。そう思ったのに。
「ユヒト・・・。」
ふいに名前を呼ばれて、それから。
「ありがとう。きみに出会えて本当によかった。」
「・・・っ!?」
唐突な言葉。意味がわからない。
「な、なんだよそれっ?」
思わず慌てたような返答になる。けど相手の方は微笑んで、
「雨を見てると思い出すんだ。いいことも悪いことも。きみに出会ったのも雨、故郷を出た日も雨。私の人生の転機には雨が付きまとう。」
「・・・・・。」
そういえば、僕はレスカがジュノーを出たきっかけを知らない。何があって、どんなことを経て僕の元へたどり着いたのだろうか。
悪いこと、とは何なのだろうか。
「少なくともきみとの出会いはいい方向に運んでくれた。」
「・・・!」
心の中の疑問に答えるような返答。驚く暇もなく、
「ありがとう。」
「・・・・・。」
やっぱりわからない。
レスカの胸の内も、それに対する答えも。
でも、最後もういちど微笑んでから歩き出す後ろ姿を見ていたら、何もかもどうでもよくなった。
あのひとは泣いてなんかいなかったし、意味の解せないことを言うのはいつものことだ。それに、
(雨が嫌いじゃないんだった、レスカは。)
雨降りに涙を思うなんて、考え方としては常識的すぎる。彼女も、僕も、変人なのにさ。
「・・・・・。寝よ。」
目をつぶるとすぐに睡魔が襲ってきた。
そうだ。
僕も雨が嫌いじゃなかった。
*END.
突発短編(´∀`)vV
雨とレスカの因縁は本編にも後々出てくるのですが、これはそれを暗示するような感じで。前に書いた「雨の日の魔法」の続きとして読んでいただければ幸いです。
ユヒトの一人称って書きたかったのでたのしかったぁ☆