〜プロローグ〜
"連綿と続く現実なんてものは物語とは到底言えない"
それが僕の持論だった。
中等過程を終え、"清純な青春を謳歌したい"と望んで意気揚々と高等部に臨んだのは丁度今から3年前のこの頃だったのを僕は良く覚えている。
まぁそんな淡い夢物語は文字通り淡い夢でしかなく、"語るに足りない。取るにも足らない。"そんな日々が僕を待ち受け、僕はそれを甘んじて受け入れ、甘んじていた事を忘れてそんな日々に慣れ親しみ、浸かるどころか溺れていった。
しかしながら、そうやって過ごしている学生生活にだって終わりはくる。
僕は《最上級生》という新しい肩書きを得ながらも、迫る卒業と大学受験の間で今まで通り夢のない揺るぎない平凡な日々が続くのだろうと勝手に憂いていた。
「結局、代わり映えしないじゃないか…」
そんな事を勝手に憂い、
そんな事で勝手に鬱ぎ、
損な事だと勝手に考えていた。
そんな折りにあった話。
こんな僕が彼等と出会った話。
損な僕等が壊れ、乞いて、救われた話。
この話は、希望や愛の詰まった夢物語なんかじゃない。
この話は、お涙頂戴のおセンチでなければ、腹を抱えて笑える道化噺でもない。
この話は、華麗に捕らわれるお姫様もいなければ、毎回敵を一蹴する正義のヒーローも存在しない。
そんな僕等の小節の無い小説のような詳説の始まり始まり。
〜番外短編〜
第一章
《?????》
唐突であり、些かではあるが、まず始めに僕――"レオン・アキヤマ"の紹介をば。
レオン・アキヤマ。玲音・秋山。身長176糎。体重69000瓦。来月で18を迎える只の私立学校高等部4年生。ほんの数日前にちょっとした出来事で徒の人間でなくなった只の学生。以上。以て終了である。
そんな只の学生である僕は今、学校から家への帰路に着いている。
交通を確認し、大通りを"最近購入したばかりの新しい自転車"で横切り、誰も通行していない路地を"最近購入したばかりの新しい自転車"で抜け、"最近購入したばかりの新しい自転車"で坂道を下っている。
これは自慢話かもしれないが、…いや、もう立派な自慢話なのだが、この自転車は相当使い勝手が良い。
6段階可変式のモーターサイクルで、今の僕は坂道を下っているが、結構な傾斜も楽に漕いで上ってゆける。正に"文明の利器"の名に恥じない代物だ。
正直、ハンドルの前方に取り付けられている物入れ用の籠が少々カッコ悪く見えるが、その点を差し引いてもお釣りがくるくらいのスペックと需要がある。
勿論、コイツにはちゃんと名前もある。好きなスポーツ選手の名前を捩って《ビクトリービースト》、略して《ビクター》と銘打った。「何処をどう略した」と言われれば、返答に困るが、とにかく《ビクター》と銘打ったのである。
きっとイカした名前だ。愛車のコイツ(ビクター)も喜んでるさ。きっとね。
「ホント、便利な時代になったもんだぜ」
二十歳にも満たない歳不相応な発言をする僕を乗せて、《ビクター》は坂道を下る。
下るに連れて徐々に速くなるスピードは、"下り坂だから"などという理由だけではなく、ある理由の為に家路を急がなければならないからだ。
向かい風を切りながら、目的の為にそのスピードは緩めない。
いや違うか。その表現では些か語弊がある。"緩めない"と言うよりは、一定のスピードを、一定の高速を保っていると言った方が正しいのかもしれない。とは言っても、ブレーキの効く範囲での話なので、見る人からすれば、「いや、遅いよ」と突っ込まれてしまうくらいのスピードなのだ。現に先程から、ブレーキが一定のリズムを刻むかのように"キーキー"と音を立てている訳なのだし。
僕が一定のリズムでブレーキ音を立てさせてる訳なのだし。
「やっとか…」
坂を下る途中、眼前にチラリと見える建物。百十四坪程の三階まである一戸建ての建物。そこが目指すべき我が家。愛すべき我が家。つまり、マイスイートホームである。
坂を下り切り、そこから我が家に続く200メートルの直線を下り坂で出たスピードを活かして、(見る人によっては、普通に走行しているように見えるかもしれないが)爆走する。
"3…2…1…"
内心でカウントダウンを刻んだ後にブレーキを効かすと、耳障りなブレーキ音が辺りに響き渡り、我が家の敷地の前でピタリと停まる。
まさにジャストタイミング。きっちりきちっと、きっかりしっかり我が家の真ん前停車。
「……ふぅ」
「ったく、ウルせーなー!!」
先程の耳障りなブレーキ音同様、辺りに響く罵声。突如として、僕へ浴びせられた罵声。
振り返って見ると、そこには、僕よりも長身で、ガタイも良く、自慢のブロンズヘアをワックスでカッチカチに整え、オールバックを決め込んでいるヤツがいた。何かに付けて、決め込んでくる僕の友人がいた。小脇に何かを抱え、何かに付けて、決め込んでくる僕の友人がいた。
「何だよ、ミゲル。来てたのか?」
《ビクター》…もとい、マイ自転車から降り、ヘルメットを外し、何故か仁王立ちしながらしたり顔を決めて込んでいる友人と対面する。
「"来てたのか"は無ェーだろ?昨日、約束してたブツを持って来てやったんだ。少し労ってもらいたいもんだね」
「"約束のブツ"?…あぁ、確かアニメのDVDだっけか?」
そう言えば、そうだった。
友人であるミゲルから、「泣けるから!海外のアニメは泣けるから!絶対に見ろよ!!」と薦められ、半ば強引にアニメを見るハメになってしまったのだった。
遡っては、それが昨日の事。
正直な話、アニメや映画なんてモノを見るような趣味は、生憎持ち合わせてはいない。
だからと言って、友人の薦めるモノを無下にする事もできない。そんな非情さも生憎持ち合わせてはいない。きっとね。
「あぁいや、悪かったな。態々持って来てもらって」
「そんな事、気にすんなって!親友だろ?」
「そうだな。なら、甘えさせて貰らうぜ、親友」
「おう!」
互いに拳同士を軽くぶつけ、その後互いに握手をする。
これが僕等のいつも通りの挨拶。
これが、12年の間、変わらない僕等の挨拶。
「んじゃ早速、お前の部屋でコイツの鑑賞会だ!!」
ミゲルは、ニカニカと満面の笑みを見せながら、小脇に抱えていた、恐らく例のアニメが入っているだろうバッグを指差す。
その屈託の無い笑顔たるや、"無邪気な少年"を彷彿させる域にまで達している。
こんな時はいつも、アニメ一つでこんなにも人は輝かしく、爽やかで、純心そうな笑顔になれるのかと心底思わされる。
まぁ、テカテカでカッチカチのオールバック野郎なんだけど。
「えぇっと…、悪いなミゲル。今から少しヤボな用で行く所があって…」
「な、何だと…!?」
早速、友人の誘いを無下にしてしまった。悪いな親友。世の中はきっと非情ばかりなんだ。きっとね。
「そういう事だから、悪いな」
「おいおい、頼むぜ親友…」
「埋め合わせは後日するから…な?」
「いや良いさ。仕方無ェーって事よ。タイミングが悪かったんだろうよ」
「ホント、済まないな」
「ホントだぜ!!"ヤボ用"だっけか?親友よりそっちを選ぶなんて一体、何処に何しに行くつもりなんですかねぇ?」
怪訝そうな顔に不躾な質問。というか、顔がさっきの笑顔から様変わりし過ぎて笑えないんだが?
あの笑顔は何処に消えたんだよ?
「それが、僕のクラスに風邪で休んでる人がいて、"その人に今日のACP用カリキュラムの時に配られた分のレジュメを届けて欲しい"って先生の方から言ってきてね」
「ハァ?そんな面倒な事受けなきゃ良いじゃねェーか」
「そうかも知れないな…。只、訳あってそう言えないんだ…」
そうだ。
そう言えない。
僕にはそう言えない。
そう言えない訳がある。
そう断れない訳がある。
これだけは無下に出来ない訳がある。
ちょっと前に僕が怒って、起こったある件の顛末。それが転じて、結果的に断れない訳なのだから。
とはいっても、僕自身が勝手に"恩返し"の気持ちで、"償い"の気持ちで動いているだけなのだけど。
「コレばかりは断れないよ」
「ハァー…」
大きなため息を吐いたかと思うと、ミゲルが急に、それでいて無理に肩を組んでくる。
「まーた何抱え込んでだよ!?」
「痛って!!」
「また前みたいに一人で抱え込むのは、無しだからな!!分かってんのか!?」
「分かってる!!分かったから、離せって!!」
受け答えの最中、スクラムの態勢からコブラツイストの態勢に変わる。僕は半分笑いながら、ミゲルの腕をタップし続ける。
「良し!ならいい!いいか、忘れるなよ?一応、俺だってお前の親友なんだからな!!」
コブラツイストを解き、僕の背中をミゲルは二度程強く叩く。
彼なりの気遣い。彼なりの優しさ。ありがたい話しだし、ありがたい事だ。"持つべきモノは、親友"とは良く良く言ったものだ。言い得ている。実際、彼に助けられた事なんて、両手足の指じゃ数えられない程だ。本当に"親友様様"というやつだ。
「大丈夫さ。ありがとな、ミゲル」
「おう!」
ミゲルがニカッと先の笑顔に戻り、「ニッシッシッ」なんて笑っている。調子の上がり下がりというか、ホントに表情がコロコロ変わるヤツだ。
それがミゲルの長所なのだろうけど。
「ん?どうした?」
「いや、何でもないよ」
「何だよー?人の顔をジロジロ見たりしやがって!!」
今度は、拗ねて怒った顔。
眉逆八の字。口への字。
ホント、面白いヤツ。
「ハハッ、何でもないって」
友人弄りも程々に、僕も成すべき事へと行動へ移す。
「さてと、僕は一度着替えてから出発するとするかな」
「なぁレオン。結局、そのレジュメは誰に渡しに行くんヤツなんだよ?」
「あぁコレか。コレはうちのクラスの委員長にだな…」
「委員長だと!?」
間髪入れずに、大声を上げ、ミゲルは顔をこちらへ近付ける。
「な、何だよ急にッ」
「お前のクラスの委員長って確か、シェリル…シェリル・アルフォードじゃないかか!?」
「何だよ?委員長のこと知ってるのかミゲル?」
「………」
ミゲルはしばらく黙り込み、その後急に肩をヒクヒクさせ「ククク…」と何故か笑い始める。
「…ミゲル?」
「…へぇ〜、なるほどねぇ〜。何時からお前は俺達の学園の…」
素早くこちらの肩に手を伸ばすミゲル。がっちりとミゲルに肩を組まれ、半身が拘束されたように動かなくなる。
「何時からお前は俺達の学園の天使であるシェリルと仲良くやりやがってんだ!こんチクショー!!羨ましいそ!このヤロー!!」
「な!?ご、誤解だミゲル!!放せって!!痛い!痛い!!」
ミゲルのもう片方の手で頭をグリグリされなが、気付けば僕は何故か笑っていた。
そんな些細な日々に罅が入るなんて、この時の僕は一辺たりとも考えてはいなかった。
いや、考えることが出来なかった。
これまでは、詳説の始まりの始まり。
ここからが、詳説の始まり。