話題:創作小説


当たり前の日々に。



彼女は寝付きがいいのか条件反射なのか、すぐ眠ってしまう。

数回頭を撫でると、嬉しそうに口元を緩ませ夢の中。
どんな夢を見てるのかな。
見つめてみても栗色のまあるい目は現れず、長いまつげを揺らすだけ。

綺麗な顔をしていると思う。本人は自分に自信がないのか、自己評価が極端に低い。でも、お世辞抜きにしてもきみは可愛いし可憐だし、大人になってからはもっと綺麗になったよ。

頬を撫でればしあわせそうに頬を持ち上げる。猫みたいだ。

帰宅して、ごはんを食べて、お風呂に入って、それから猫のように丸まって、ソファの上でちょこんと横になって、眠ってしまう。俺は彼女がソファから落ちてしまわないよう抱き留めて、そして枕になる。

最近の俺と彼女はずっとそんな感じで、どうやら俺の膝がお気に入りみたいだ。

慣れない仕事と暴れ盛りのこどもたちのお世話にお疲れの様子。

いっぱいお休み。でもたまには俺にも構ってね。さみしいよ。たくさん話をしたい。話を聞きたい。今日はどんなことで笑った? どんなことで悲しんだ? たまには俺のことを考えてくれた? たくさん、たくさん聞きたい。夢の中で、会えたら。

――なんて、女々しいことを考えている。

ふわふわさらさらとした栗色の髪は、きみに恋したあの日から変わらない。最初は、この髪がきっかけだったのかもしれない。俺と同じ、"普通"とは少し違う。コンプレックス。俺は、そうだったけど。彼女は違っていて、自分の髪を気に入っていた。だから魅力的に見えるのであろうか。


「ん…」

「あ」

「ん、ふふふ」


おいしいものでも食べているのだろうか。口をもごもごと動かしていた。長いまつげを相変わらず揺らして。
つけっぱなしにしていたテレビでは、グルメ番組が放送されていた。


「これか」


焼きたてのメロンパン。そんなやつ――しかも食べ物!――に負けたのかと思うと悔しくて、テレビの電源を切る。静寂の中に微かに聞こえる彼女の呼吸。ゆっくり、ゆっくり合わせて、頬に触れる。

やわらかくて、しあわせがたくさん詰まっていそうなほっぺた。ふにふにと感触を楽しめばまた笑う。


「……たかくん」

「ん?」

「おいしい」

「なに食べてる?」

「ふふふ、あんまん」

「じゃあ俺は肉まんだ」

「すきだからね」

「うん」


夢うつつなきみとの会話。意味もないようなこんな会話がなによりしあわせで。


「亜子ちゃんも、すきだね」

「大好き」

「……」


目があった。栗色の、まんまるい。いつものきみの、かわいらしい瞳。
眠っているものだと思っていたけれど、しっかりと目を開いていて。


「たかくんのこと」

「――ん」

「……ふふふ」

「……」

「だっこして」

「寝る? 着替えなくていい?」

「やって」

「……はいはい」


一緒に暮らすようになってから知ったことだけれど、亜子ちゃんは眠くなると甘えん坊になるようだ。普段はしっかりしている癖に。このギャップが堪らなくかわいい。


「オオカミさんに襲われても知らないぞ」

「私の知ってるオオカミさんはやさしいから、そんなことしないもん」


――本当に。信頼されているというかなんというか。
毒気を抜かれるこのあどけない顔。変な想像をしてしまう自分が恥ずかしくて、きみの純粋さがまぶしくて。


「服、俺が脱がしてもいーの?」

「うん、して」

「……亜子ちゃんさあ」

「なあに?」

「――。なんでもない」


もしかして誘ってる? なんて愚問、できなくて。
潤んだ栗色の瞳に見つめられ、こっそりと赤面するだけ。

一番上まできっちりと閉められたブラウスのボタン。外し慣れたはずなのに、やっぱり緊張する。


「…………。あー!やっぱり自分で着替えて!ベッドまではだっこしてあげるから。俺あっちで着替えてくる」

「…うん」


彼女にパジャマを渡してからリビングを出、俺は洗面所で着替えを済ませた。

いつも彼女のペースに巻き込まれてしまう。ほわほわとしていてあたたかくて、真っ白い。それが結構心地好い。だけれど、もどかしくもある。


「あー、襲われたいのかな。なわけないか、天然か」


顔を洗い、歯磨きまで済ませてからリビングに戻ると、眠っていた。また丸くなってソファの上。寝ぼけていたのか、パジャマのボタンを掛け違えている。それを直し、約束通り彼女をベッドまで運んでいく。少し、痩せたのかもしれない。


「ありがとう…」

「ん、起こしちゃった?」

「んーん……おやすみなさい」

「……うん。おやすみ」


栗色の髪を撫でながら、夢の中へと落ちていく彼女を見守る。手を握ればやさしく握り返してくれる。


「ふふふ、たかくん」

「……亜子ちゃん」


俺の夢でも見てくれているのだろうか。夢の中だとやっぱり恰好いいのかな?

きみが笑っていると、やっぱり嬉しい。

頬の感触を楽しみながら俺も布団に潜り込む。あたたかくて、あたたかくて。ずっとそばにいたい。
これからもそばにいさせてね。隣にいさせてね。隣にいてね。


「おやすみ」


こうして俺たちの一日が終わっていく。

「おはよう」で始まって、「おやすみ」で終わる。当たり前のことだけれど、それだけでしあわせです。