隷従クオリフィケーション(赤速)
整えられた爪を見る。繊細な飾りの施された、銀の鑢で爪を研く。ベッドの端で脚を組んで、長い睫毛が瞳に陰る。
くれてやったリップは、使ってくれているらしい。仄赤く艶めく唇が指先に近付き、ふっと息を吐き屑を飛ばす。
それだけの所作。それだけの所作であるのに、何故俺は心臓を掴まれたように捕らわれているのだろうか。
「何を見ている?」
「……いや?」
視線だけをこちらに寄越し、速水はまた爪弄りに戻る。神経質なまでの作業だ。だが、それが美しい。
自然と、奴の足元に座る。床から見上げる表情は、やはり美しい。
速水悠斗は繊細な男だ。と、思う。造形の繊細さもあるが、精神の繊細さも美しいと思う。
電車の中で見かけた時、美しい男だと思った。幼さを残した横顔に、細く整えられた眉。寄せられた眉間、不機嫌そうな唇。シャツから覗く鍛えられた腕、吊革を持つしなやかな手に嵌まる整えられた爪。完璧な男だと思った。
夢世界で見えた時、その心の繊細さを見た。己の正義を持ちながら、暴力を伴う青春をしてみたいという願望。
きっとこいつは、味を教えれば堕ちてくれる。そう思った。
だから俺は、ベッドの中でとことん甘やかした。したいと願ったことは何でもしてやったし、俺が気持ちいいと思う事をたくさんしてやった。望むことは叶えてやり、欲しがるものは与えてやった。
「速水、俺はお前を好いている」
爪を研く手が止まる。
組んでいた脚を両手で包み込み、骨の間をなぞるように触れる。ぴくりと丸まる指先にそっと唇を寄せ、上目遣いで笑う。
「俺を支配してくれ、悠斗」
速水は、表情を変えなかった。興奮したような唇を引き結ぶ表情でも、侮蔑したような眉をひそめる表情でもなかった。
「支配してくれ、か……」
爪先をついと浮かせ、俺の顎を持ち上げる。その表情は、穏やかで優しげな、微笑みだった。
「口調がなっていないな」
ぞっとした。背筋に衝撃が走った。心臓を奪われた。鼓動が痛い。呼吸が荒れる。脳が、指先が冷えていく。それなのに、俺の情欲は首を擡げている。
「主人には相応の言葉を使うべきだろう? それとも、使うべき言葉を知らないか?」
親指が器用に唇を撫でる。思わず舌を出そうとして、顎を持ち上げられる。
「言ってみろ、その唇で。それがお前の望みだったのだろう?」
脳を溶かす熱に、視界が滲む。興奮に、唇の端がつり上がる。
才能があるとは思ったが、ここまでとは思わなかった。俺が今まで出会った中で、最高の主人だ。
「俺を、支配して下さい……」
満足げに笑う顔が、最高に美しい。
さすが、俺のマジェスティだ。