蒸し暑さに目が醒めた。ぴっちりと窓を閉め切った部屋中に熱気が充満している。



「お、やっと起きたな」



枕に半分顔を埋めたまま眉を潜める西を見て武田は笑う。

武田はよく笑う。それを西はよい気持ちでは見なかった。その端正な顔に優しい笑みがのることに妙な違和感を感じるからだ。けれどそれを敢えて口には出したりはしない。ただ眉間のしわを深くするだけ。

そんな西を彼はまた笑う。武田は、仏頂面で笑顔といえばシニカルな笑みしかできない西を好んだ。



「…あのさ、武田」

「なに」

「俺、お前の顔は好き」

「顔¨は¨ってなんだよ。顔¨も¨の間違いだろ」



戯れ言を吐いて、また笑う。部屋の大気が鈍く揺れる。ゆらりと。

窓の外の赤色の空は憂鬱しか映さずに、カーテンの隙間から覗く赤を見上げて西は目を閉じた。閉じた目の奥にも赤い残光が蠢く。空がこんなにも重く見えるのは、終末が近いからだけではない。

もはや生きることは失い続けることでしかないと気づいてしまったからだ。何もかも終わりかけていると知っていても自分だけは救済されるのではないか、と西は脳の片隅でいつも夢みていた。

溜め息をわざとらしく吐き出し、寝返りをうって武田を眼球に写す。とはいえ武田の美しさは、救いだった。空を埋め尽くすすべての不幸と不吉な予感を裏切るように、眼前の武田はいつも美しかった。だから今だけと馴れ合いを選んだ。安い茶番でしかなかなくても、何もないよりは幾分ましだ。まだ、失うものがあると錯覚したいのだった。



「武田は外には出してないつもりかもしんねーけど、お前の自信過剰なとこって結構すぐ分かるぜ。お前みたいな知り合いがいたんだ」



西はいつか和泉と共有したわずかな時間を思い出していた。彼を思い出す時に決まって浮かぶのは、戦闘の作戦を指示している場面だ。西は他人に命令しているときの和泉の横顔が一番好きだった。自信に満ちたその顔は単純に美しかった。それが恋だとは思わなかった。決して口には出さなかったが、憧れに近い感情は認めていたが。

しかし、西は武田と出会って、はっきりと自分は和泉のことが好きだったのだ自覚した。でもわかったところで変わるものはない。今となっては、彼は世界のどこにも存在していない。

ぎゅっと目をつむる。空の重圧は視界を閉ざしても感じられた。それどころか重みを増していくようだった。

俺たちは終焉へ向かうだけ?分かっていても口にしない暗黙知。西も武田もよく解っている。だから今は、束の間の此処にあるぬくもりから得られるものを信じたいだけ。




「お前が俺と誰と重ねたとしても、俺は西が好きだよ。」



武田は少年の思考を遮るように、西の唇にかたちの唇を押し付けた。

開けた瞳の先に、すこし苦い表情の武田が居た。なぜだか泣きたくなった。
なけなしの思い出をなぞって感傷にひたるのは、あまりにも虚しい。